第13話「ホールで聴く演奏」
そして2022年5月1日 日曜日、郷園中学高等学校の定演当日。西田高校の生徒たちは会場である学校の門の前で待ち合わせをした。
「あっ二人ともこっちだよ!」
すでに待ち合わせ場所に到着していた小野が奏太と糸成に手を振った。
「こんにちは!これで全員ですか?」
二人は待ち合わせ場所に駆け寄り、挨拶をした。見るとすでにほとんどの部員が来ていた。
「いや、“ガリ”がまだ来てないな。」
高橋が苦笑いで答えた。
「知ってます…」
相変わらずの遅刻癖だ。
「もうまもなく開場だしもうちょい待ってこなかったら先入ろっか、こんなこともあろうかと開場前を集合時間にしといたから開演には間に合うだろ。」
高橋は時計を見ながら呟いた。
「郷園は学校で定演をやるんですね。私中学で吹奏楽部だったんですけど定演は文化会館を借りてやりましたよ。」
美沙が珍しがって聞いた。
「そうね〜郷園は私立で設備にお金かけてていいホール持ってるからね〜!ウチはボロいから当然毎年ホール借りてるよ。その分違うところに部費を使えて羨ましいよね!」
小野が少し不満そうに説明した。
奏太が美沙の私服に気をとられてあまり話を聞いていなかったことには糸成だけが気づいた。
「それにしても」
小野は今度は奏太の方を見て続けた。
「奏太くん随分ラフな服装で来たね〜!学生のとはいえ一応クラシックの演奏会に半袖半ズボンで来るなんてなかなか度胸あるよ。」
「えっそうなんですか?高橋先輩もそうじゃないですか」
「カズキはパリピだからね〜」
ーそういうもんなのか?
「俺こういう演奏会とか初めてでどう見たらいいのかわかんなくて。先輩的に今回の見どころってなんですか?」
奏太が質問すると小野は考える間もなくすぐに答えた。
「そうね、やっぱりウチとは大分スタイル違うしそういうところ見ても面白いけど最初ならやっぱり迫力に圧倒されると思うよ。私たちがこないだ演奏した“メリア”とかと違って“演奏会”っていう場でちゃんとしたホールで大曲を聴くのはすごく印象に残ると思う。こないだも言ったけど中学から高校まで5学年分の部員が一緒に演奏するから人数も多いし悔しいけど長くやってる分一人一人の実力が桁違い。」
先輩は説明しながらチラシを見て最後付け加えた。
「それに、最後の曲…これを高校のマンドリン部でやるなんて、初めて聞いた…」
それを聞いてチラシを見た奏太には曲のことはよく分からないが小野の言い方からすごい事らしいというのは十分伝わった。
その後、高橋の予想通り大喜は開場して5分後に慌てて現れたので全員で中に入ることにした。係員の指示に従って(と言っても先輩たちは慣れているので案内なしにどんどん進んだが)進むと「講堂」と書かれたホールに着いた。既に多くのお客さんが来ており、話し声でにぎわっていた。
「どのあたりがいい?よく見えるのはもちろん前だけどホールの音響の関係で音は後ろの方がいいの!」
「一番前!」
奏太が即答した。多分先輩の説明をほとんど聞いて無い。
「そうだね!最初は間近で見た方がいいかもね!私たちも演奏者にエールを送る意味を込めて高校の演奏会は最前列とる風習ちょっとあるかも!」
「演奏者を威圧するの間違いだろ…最前列に集団でいたらいくら郷園といえどさすがに緊張するって」
同調した小野に高橋が呆れて言った。
「でも、まあこのプログラムだったら1年生は最前列行った方がやる気出るかもな。」
最後に付け加えたのもあって結局1年生は最前列に座ることになった。2、3年生もなるべくその近くということで2列目に座った。
「俺初めて郷園高校入ったよ。こんな設備あるなんてすごいな。公立とは金の使い方違いすぎ。」
奏太が設備に唖然としているのを見て横にいた学が口を開いた。
「僕は何回か来たことあるよ。あまりいい思い出じゃ無いけど…」
「えっ」
「僕小学校の時に中学受験して落ちてるんだ。父さんがエリート進ませたがってて勝手に願書書いちゃって…僕は友達と同じ中学に行きたかったから手抜いてわざと落ちたら怒られた。それで勉強に集中させるって言って習ってたピアノもやめさせられたんだ。今はテストの順位がいいからマンドリン入部させてもらえたけどね。」
学の受験事情の話を横で聞いていた糸成も話に入った。
「そうだったんだ!確かにマナブ成績いいもんな。今思い返すと入学式の代表挨拶マナブだったしこないだの定期試験も順位1位だった!すごいよ。」
「えっ入学式のことまでよく覚えてるね…!少し恥ずかしいな。」
「そりゃこいつは分析屋だからな」
学は少し照れたが奏太が糸成をいじったのを見て笑った。
そして13:30、ついに開演時間となりチャイムが鳴った。雑談をしていた奏太たちも話をやめて舞台に釘付けになった。
舞台袖の扉が開き、メンバーが入ってきた。男女比としては女子の方がかなり多かったが男子も20人近くいた。
それぞれのチューニングの音がしなくなったのを確認するとアナウンスが始まった。
「本日はご来場いただきありがとうございます。これより郷園中学・高等学校マンドリン部の定期演奏会を開演します。」
「さすがに人数多いな。」
大喜がささやいた。
椅子は確かに沢山あった。パンフレットによるとメンバーは60人近くいるようだった。後ろには打楽器もあり、賛助としてプロの打楽器奏者が入っていた。
「始めにお送りいたします曲はホルスト作曲、組曲「惑星」より“木星”です。」
アナウンスが最初の曲の曲名を言った。
(木星…!?いきなりクラシックの編曲なの!?)
一曲目から本気の選曲に美沙は驚きを隠せなかった。
指揮者が入ってきてお辞儀をした。生徒指揮だった。指揮台に登り、生徒たちをみると大きく手を広げて演奏を始めた。
演奏は見事だった。正直クラシックの名曲をマンドリンで再現できるのか、60人の学生演奏でぴったり合わせることができるのか、そんな疑問は全く持って愚問であった。冒頭の16分音符の連続からコンマ1秒のズレさえなく、後から入ってくるパートの重厚感、そしてティンパニーの音量にもビクともしない。オーケストラ全体が大きなひとつの楽器のように統一感を持っていた。場面転換の解釈も絶妙で原曲のイメージをまったく崩さなかった。まさにプロのオーケストラ顔負けの名演と言っていいだろう。
第1部の演奏はその後も素晴らしく、逆に第2部はポピュラーステージならではの学生らしいステージとなった。そして第3部の1曲目“国境なし”(マネンテ)の演奏が終わり、いよいよ最後のプログラムとなった。しかし演奏はすぐには始まらず、係員が椅子を持って出てきた。
「ん?なんだ?いまさら人が増えるのか?遅刻でもしたのかな」
大喜はその様子を不思議そうに眺めた。後ろで見ていた小野は表情を変えずに呟いた。
「ついにきたわね。3部に入ってから“国境なし”に出ずに満を持して登場とは流石ね。」
係員は椅子を指揮者とコンミスの横に置き、出て行った。そしてアナウンスが始まった。
「大変お待たせいたしました。早いもので続いてお送りする曲が最後の曲となりました。最後にお送りいたします曲は…」
「“マンドリン協奏曲”です。独奏は高校1年 剛田旋です!」
アナウンスが終わると同時に舞台袖から一人の奏者が片手にマンドリンを握りしめて堂々と入ってきた。客席から大きな拍手が起こった。そして指揮者の横の、舞台上で最も目立つ席の前に行き、立ち止まって客席を少し眺めた。そして、しっかりとお辞儀をして椅子に座った。
「…独奏?」
奏太は初めて来た合奏の演奏会で初めて聞く「独奏」と言う言葉に疑問を持ち、思わず小さく呟いた。その様子を後ろから見ていた小野は周りの迷惑にならないくらいの声量で奏太に教えてくれた。
「“協奏曲”って言ってね、今出てきた彼が主役。合奏全体が“伴奏”なの。高校で演奏されるのは少なくとも私は初めて見た…」
「合奏なのに主役がいるんですか…」
「ええ、協奏曲では基本的に独奏者は絶対。上とか下って言い方は不適切かもしれないけどもちろんコンミスや指揮者より上よ。」
奏太はそれを聞いて独奏者をジッと見つめた。
「コンミスより上…」
そして、ついに演奏が始まった。
今回の楽曲引用は以下のとおりです。
・「組曲「惑星」より“木星”」(The Planets “Jupiter”)はGustav Holst=グスターヴ・ホルスト/イギリス:1874-1931)が作曲した管弦楽曲です。
ご存知「木星」です。この曲はマンドリンオーケストラでも度々演奏されます。
日本では歌モノとしての印象が強いかもしれませんね。
参考音源
・原曲
https://youtu.be/T0Fx24Xzc3U
・マンドリン編曲版(編曲者により細部が異なる場合があります)
https://youtu.be/l7igN2CTekI
・独創的序曲「国境なし」(Senza Confini, Ouverture Originale)はGiuseppe Manente(=ジュゼッペ・マネンテ/イタリア:1867~1941)が作曲した楽曲です。第1章で登場した「メリアの平原にて」と同じ作者の楽曲でこちらも人気が高いです。
参考音源
https://youtu.be/xdWLaHMvrFw
・マンドリン協奏曲(丸本大悟)
第8話の“虹彩”と同じく、丸本大悟さんの作品です。技巧的なマンドリン独奏がカッコいい作品です。
参考音源
https://youtu.be/DxT7ZRy11kU




