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マンドリニストの群れ  作者: 湯煮損
第14章「他校と自校」
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第107話「あたたかい演奏」

 予鈴が鳴り、合同コンサートもいよいよ最後の部である合同ステージに差し掛かる。合同ステージは1年生合奏、2年生合奏、全体合奏の3つの順になっており、それぞれ1曲ずつ曲目がある。(ただし、全体合奏にはさらにもう1曲アンコールが加わるため、実質2曲である)


 予鈴を聴いてステマネの指示で入場する。1年生合奏の始まりだ。奏太たち1年生の生徒たちは緊張したようなぎこちない様子で自分の座席に座ると、おそるおそる調弦を始めた。

「あはは。みんな緊張してる。頑張れ〜」

客席でそう言って微笑ましそうに呟いたのは水島だった。

「私たち、客席に来ちゃったけど大丈夫かな?休憩無しで入れ替えなんでしょ?」

横で少し不安そうに言ったのは和田だった。というのも彼女らはこれから始まる1年生合奏の演奏1曲の後はすぐに出番になっているからだ。

「そうね、でも大丈夫じゃない?他校の子っちもみんなこっそり客席に来てるし。」

「そーよそーよ!なんのために私たち楽器を廊下に準備して万全の状態で来たのよ!椅子の入れ替えの時間もあるし、最短で戻れば全然間に合うよ!」

「...それもそうね!雅典(まさのり)も“結構いい演奏になってるから期待しとけ”って言ってたしこの演奏を聴かないのは損よね!」

そんな山口と永野の考えを聞いて、和田は納得して落ち着いた。


 水島たちの見守るなか始まった1年生合奏は、一生懸命に取り組む1年生の様子がとてもかわいらしく、お客さんの反応もよかった。演奏が終わった後の奏太たちの表情は、演奏前の不安そうな様子とは一転し、何とかやり遂げた安心感のようなものに変わっていた。2年生に頼れない、自分たちだけで演奏するステージは、彼らにとって大きなプレッシャーであったが、何とか乗り越えることができたようだ。

「みんな緊張してるみたいだったけど、中川くんの指揮をガン見してるのが一生懸命で可愛かったよねえ〜!!私感動しちゃった!」

「...ほらほら!感動している暇はないわ!すぐに移動よ!」

「あああそっか!」

1年生の演奏の感想を微笑ましそうに語る水島の手を引っ張って、永野たちは急いで客席を飛び出した。彼女らが舞台裏に戻ると、もうすでに舞台の準備が整い、入場直前の状態だった。

「はああ!!間に合った!」

「演奏の余韻に浸る間もないわね...!」

息を切らしながらそう呟く和田たちのもとに、中川がやってきた。

「お前ら遅いぞ。」

「あ、なかっち」

「そのあだ名はやめてくれ。ほら、チューニングしといたぞ。」

中川は水島からの気安いあだ名を恥ずかしがりながら、二人に楽器を渡した。

「えー!?ほんとに!ありがとう!」

水島は中川の気遣いに喜び、自分のマンドラを受け取って嬉しそうに小躍りした。

「ほら、お前のも。」

「あ、ありがとう雅典...」

和田は少し照れながらマンドリンを受け取った。

「今の演奏良かったわよ...」

「サンキュ。後でアイツらにも言ってやれ、きっと喜ぶぞ」

和田に自分の指揮した演奏を褒められ、中川は簡単にお礼を言うと、そっと微笑んでその場を離れた。


 2年生ステージは1年生ステージに比べてやはりとても安定していた。演奏にも自信があふれており、2年生としての威厳を保っていたように感じられた。奏太たちもこっそり客席から演奏を聴いており、その演奏の隙のなさに感動した。



 2年生合奏の後は、いよいよプログラム最後の曲となる。奏太たちは客席から舞台裏に戻り、自分の楽器の準備をした。総勢100名を超える今回のメンバー全員が参加するステージというだけあって、舞台の設営でかなりの時間がかかっていたため、戻ってからチューニングの確認をする時間は十分にあった。

「いよいよ本番だね。」

奏太がチューニングをしていると、横から和田が声をかけてきた。

「あ、和田先輩!今の演奏よかったです!」

「ありがと。今回の演奏は最初全然練習にも来なくて奏太くんたちには迷惑かけちゃったわね。」

「いえいえ、先輩が残ってくれて僕は良かったですよ」

奏太の言葉を聞いて、和田はホッとした。

「今日の演奏を見ててね、私。何だか安心しちゃったわ。私がいない間にも1年生は頼もしくなってくれたなって思って。入部したばかりのみんなの様子を思い出したら何だか感慨深くなっちゃって。」

「...やめてくださいよ、まるで退部するみたいな...」

和田のしみじみとした言葉に、奏太は苦笑いした。

「あはは、退部ジョークよ。私もみんなの演奏を聴いて刺激を受けたから、もちろん引退まで続けるつもりよ。7月までのあと半年間、改めてよろしくね。」

和田はそう言って自分の頬を叩き、自分を奮い立たせた。

「はい!僕からもよろしくお願いします!」

奏太はそう言って威勢よく返事をしたものの、和田の“あと半年”という言葉が頭の中に少し響いた。2年生の先輩たちの引退が半年後に迫っているという事実は今まであまり考えてなかったからだ。

 和田と話をしてから少し表情の変わった奏太を見て、奈緒は心配して声をかけた。

「どうしたの?いつもやる気満々のアンタがそんな顔してるの珍しいじゃん。」

()()さん...、」

奏太はそう呟いてから奈緒の顔を見て、ひとこと言った。

「頑張ろうな...」

「え?あ、うん。...って私の名前〜!!“()()”だってば!」

奏太のそんなしみじみとした顔を見て、奈緒は呆気に取られてツッコミが遅れた。


ー考えてなかった、でも先輩の引退は確実に近づいているんだ。俺たちも1年生だからっていつまでも先輩に頼ってはいられないんだ。1年生合奏の時だけじゃなくて、先輩たちがいる演奏でも俺たちはもっと頑張っていかないとダメなんだ...!


奏太はそう頭の中で唱え、改めてこれから始まる演奏へのやる気を高めた。






 入場すると、改めて人数の多さに圧倒された。100人を超えるマンドリンオーケストラ、滅多に味わうことのできない演奏を体験できるということは演奏者にとっても観客にとっても大きな喜びだった。この人数になると、各々のチューニングでも相当な音量になる。客席で見ていた奏太の父、大橋浩(おおはしひろし)は全体を見渡して一言呟いた。

「これはすごいな。俺らの時はこの規模の演奏は見たことも聴いたこともなかったな。」


 指揮者の合図によって演奏が始まる。曲目は丸本大悟氏作曲の“茜”。夕焼けを思わせる叙情的な旋律が美しく、ノスタルジックな雰囲気が楽曲全体に感じられる名曲だ。規模の大きい曲ではないが、もともとの編成にフルートパートがあり、各校の吹奏楽部の賛助を含めての演奏となる。100人以上という人数から、楽曲全体の暖かさが伝わり、確かな厚みを持って聴衆の耳に届く。

 この曲はマンドリンオリジナルの楽曲のため、奏太は今回の選曲で初めて知ったのだが、聴きやすい旋律のためか、昔聴いたことのあるような親しみを覚える。耳馴染みの良い旋律を演奏すると自然と心が温まるようだ。

 終盤で転調し、一気に曲が盛り上がる。ここは人数の多さからか圧倒的な厚みを感じ、多くの観客が感動したようだった。ドラマチックなフレーズが終わると曲は再び静かな場面に戻り、そよ風のような心地よい和音の流れとともに幕を閉じる。


 演奏が終わり、立ち上がって客席を眺めると、会場いっぱいにはちきれんばかりの拍手が鳴り響き、奏太は一つの演奏会をやり遂げた達成感と幸福感に包まれる感覚を得た。止まらぬ拍手に応えて演奏したアンコールをもってこの日の演奏会は本当に終演となったが、奏太にはこの時の客席の眺めが心にしっかりと刻まれたのだった。観客の温かな拍手が楽曲の温かさと相まって感極まったためだ。

 今後どんなに素晴らしい演奏をすることがあっても、きっと奏太はこの日の景色のことを忘れないだろう。

お読みいただきありがとうございます。今回で合同コンサートが終演となりました。


2021年9月1日追記


今回の楽曲引用

・茜(丸本大悟)

“虹彩”“マンドリン協奏曲”に続き、三たび丸本大悟さんの作品です。


参考音源

https://youtu.be/4dFEOqaPZNU

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