第106話「他校それぞれの強み」
「急いで!今ならまだギリギリ間に合うわ!」
演奏を終えた奏太たちは控室に楽器を片付け、急いで客席に向かった。奏太たちが関係者通路を出て客席に着くと、すでに舞台設営は終わり、入場した江沢高校の生徒たちがチューニングをしているところだった。
「よかった、間に合った...」
「他のお客さんの邪魔しないように後ろの方の席に座ろうぜ。」
奏太たちは自分たちが入ってきた扉の近くの席に座った。
2校目に演奏するのは女子校の江沢高校。県大会では優勝である“フェスティバル賞”を獲得した強豪校である。
「さて、どんな演奏するのか...見せてもらおうぜ!」
「ああ」
奏太たちはプログラム順の関係で聴くことのできなかった学校。それだけに、期待も高まった。
ーさっきの演奏も悪くなかったけど...結局一番は私たち江沢だって見せつけてやるわ...!
江沢高校の来海璃子は、舞台で楽器を構えながらそう心の内で唱え、指揮者の合図に合わせて演奏を開始した。
江沢高校の実力は最初に演奏されたポピュラーソングの演奏でも十分に伝わってきた。まず何と言っても音が綺麗で繊細なのだ、旋や中川の評論を聞いて彼女らの武器が“音色”であるということは事前に知っていたが、実際に聴く彼女らの音は“綺麗な音”と聞いて奏太が想像していた音の10倍は綺麗なのだ。しかも、そんな綺麗な音色がポピュラーソングにもうまく馴染んで、それまで聴き慣れたそれらの曲が今まで全く気づかなかったような美しさを持って耳に流れ込んでくる。
ーすげえ...マンドリンなのにマンドリンじゃないみたいだ...
奏太は、自分が今まで演奏してきた自分のマンドリンの音色と、江沢高校の生徒たちのマンドリンの音色があまりにも違うことに驚き、彼女らの演奏にのめり込んだ。
ポピュラー曲の演奏が終わると、続けざまに江沢高校の部最後の曲、“交響的前奏曲”が始まる。これは、ウーゴ・ボッタキアリによって作曲されたマンドリン合奏曲のひとつで、冒頭から惜しげもなく出される美しい旋律と、独特なハーモニーによって聴衆の心を引き込んでいく人気曲である。江沢高校が県大会で演奏した曲で、奏太たちにとって初めて聴く演奏である。
演奏が始まると、細い風のような心地よいトレモロで旋律が歌われ、聴衆の心を一気につかむ。その後、複雑な和音とともに曲が進行し、どんどん盛り上がっていく。高音パートから低音パートまで、それぞれが自分の出番となると主張し、楽曲を大きく盛り上げるが、音量が大きくなっても決して音が汚くなったり乱暴になることがない。奏太たちは曲の美しさも相まって演奏に見惚れてしまった。
楽曲には和声やテンポの変化によって大きく雰囲気の変容する場面が多く登場するが、そうした場面を過剰すぎず、不足もない形で自然に表現することのできる江沢高校の演奏はまさに繊細で、その絶妙な表現力に、多くの観客が心を奪われた。そして、観客の心をつかんで放さないまま、曲はまるで落ち着いた人の呼吸のように穏やかに幕を閉じる...
演奏が終わると、指揮者は振り返って自信を持った顔を聴衆に向けた。彼女のお辞儀を見てようやく我に還った観客は大きな拍手を送った。
「すごかったな...俺らの演奏とは全然違う...」
横で拍手しながらそう呟いた糸成の言葉を聞き、奏太は悔しがって答えた。
「た、確かにすごかったけど...俺らとは方向性が違うだろ...!」
そう言いながらも、奏太は内心、彼女らの演奏に大きな衝撃を受けたのだった。今まで自分が触れてきたどの演奏とも違う“凄さ”が江沢高校にあるということはもはや明白であったからだ。華やかさ、派手さだけが表現ではない、繊細な表現でも聴き手の心を掴むことができるという事実を知ったことは奏太にとって大きなショックであった。
「なるほどね...相変わらず高校生らしくない演奏をしやがるな...、精神年齢の高い、大人な表現だ。」
江沢の演奏のクオリティには中川も唸った。
その後に演奏したのは雄ヶ座高校だった。男子校の強みを活かしたパワフルな表現と、それを活かすための計算で楽曲を組み立てている、まさに江沢とは真逆の魅力が武器の演奏であった。コンサートとしてこの2校が連続することは、まさに静と動といえる面白さがあった。
そして雄ヶ座高校の演奏の後は郷園だ。奏太たちは郷園の演奏はこれまでも意識して何度も聴いてきたため、演奏に驚く、ということはあまりなかったが、大人数であっても相変わらずピッタリと音の合った演奏には大きく心を奪われた。ただ、中でも、県大会でも披露した“ギリシャ狂詩曲”の演奏における、マンドリンソロの演奏で、奏太たちは驚いた。演奏をしたのがコンマスの2年生だったからだ。
県大会では結果を出すためにプロレベルの実力を持つ旋が演奏していたソロであるが、今回はコンクールのように結果の出る本番ではないため、本来のコンマスが演奏する形に戻したということなのであろうが、奏太たちが驚かされたのは今回演奏したコンマスのソロも、十分に上手かったということである。もちろん並べて比べれば旋の方が上手いということにはなるが、特に断りなしに彼の演奏だけを聴けばコンマスも十分コンクールで戦える水準にはある。それでも彼がソロの演奏を旋に譲ったということは、それだけ先日のコンクールには懸けていたのだということだろう。
ーこれでも、...これだけの技術があっても旋がいたらコンクールではソロを譲るのかよ...
奏太はそう心の中で唱え、郷園の技術水準の高さ、また旋の技術の高さを改めて痛感するのだった。
郷園の演奏が終わった後、奏太たちは温かい拍手を贈った。コンマスの2年生をはじめ、演奏を終えた郷園の生徒たちは満足げな表情で客席を見ていた。
「さあて、急ぐぞ。この後はすぐに合同合奏だ!」
「あ、そっか!」
「15分間の休憩が終わったら入場だ!」
奏太たちはこの後に控える自分たちの出番を思い出し、慌てて客席を立った。そして周りの迷惑にならないように気をつけながらホールを出ると、関係者通路へと向かった。
奏太たちが控室に戻ると、演奏を終えたばかりの郷園の生徒たちがちょうど戻ってきたばかりというところだった。奏太は旋の方を見て、無言でじっと目を見つめ、無言で手を叩いた。旋も奏太の目を見て、彼の言いたいことを何となく察すると、ニヤッと口元を緩めた。
「そいじゃ、...行こうか」
こうして奏太たちは楽器の準備を整えると、控室の扉を開けた。この後は合同ステージだ。
お読みいただきありがとうございます。
今回の楽曲引用は以下の通りです。
・交響的前奏曲(Preludio Sinfonico)(Ugo. Bottacchiarii=ウーゴ・ボッタキアリ/1879~1944:イタリア)
「交響的前奏曲」というタイトルの曲は複数の作曲家が書いているため、「ボッタキアリの交響的前奏曲」などと、作曲者名と併せて書かれることも多いです。ちなみに、「ボッタキアリ」という名前は第91話で「“仮面”序曲」を紹介する際にも編曲者として一度登場しています。マンドリン界ではかなり重要な作曲家の一人です。筆者の好きな作曲家の一人であるため、今後も登場する可能性があります。
参考音源
https://youtu.be/idenPxMBKM4




