第100話「部内恋愛」
美沙と奏太が本殿の参拝の列に並んでいる頃、奈緒と糸成は屋台の近くのベンチに座っていた。奈緒は自分の作戦が上手くいき、糸成と二人になれたことに満足し、ご機嫌な様子だった。そんな奈緒を横目に見ながら糸成は飲み物を飲んだ。
ー高木さんは紺野さんからもう少し回るのかかりそうって連絡があってしばらく別行動になったって言ってたけどそれにしちゃ結構長いよな。ひょっとして何か他に意図があるのか?...もしや...
糸成は飲み物を飲み干すと、何かに気づいて口を開いた。
「ねえ、高木さん。」
「あひゃい!...あいや、はい!!」
それまで黙って飲み物を飲んでいた糸成から突然名前を呼ばれて奈緒は少し慌てて返事をした。
「ありがとな。高木さん。」
「え、ええ?な、何が?」
何のことかわからない様子の奈緒を横目に見て糸成はクスッと笑って続けた。
「ソウタのことを考えて一芝居打ってくれたんだろ?」
「...はい?」
糸成にそう言われ、奈緒の頭ではクエスチョンマークが踊った。
「俺には誤魔化さなくて大丈夫だよ。あいつが紺野さんのこと好きだって話したのは俺だからな。奈緒さん、あいつのために気をつかってあの二人が二人っきりになれるようにしてくれたんだろ?」
糸成はそう話して真剣な表情で奈緒の目を見つめた。
ーえ?あ、いや。別にそういうことではないんだけど...
奈緒は無論、どちらかというと自分が糸成と一緒になりたかったからそれぞれに軽く嘘をついてこの状況を作り出したのであって、奏太が美沙と二人になれたのはあくまでオマケだったのだが、全く違う方向に解釈する糸成に、思わず苦笑いした。そんな奈緒の心境は夢にも思わず、糸成は話を続ける。
「高木さんは、ソウタの気持ちを優先してくれて。なんでアイツにそんな協力してくれるのか、俺には分からないけどさ。アイツの代わりに俺から感謝させてくれ。...ソウタの恋を応援してくれてありがとう。」
「...そうじゃないよ。」
「え?」
糸成の話を聞きながら奈緒は次第に我慢ができなくなってきた。
「そうじゃなくて!私が糸成くんと二人っきりになれるようにしたのはね!!実は...」
「あれ?ナリちゃんじゃん!」
「え?」
奈緒が我慢の限界をむかえてもらしかけた本音を遮ったのは奈緒の後ろから現れた一人の男の人だった。
「たけにい!?」
「え?誰!?」
その若者を見て反応した糸成を見て、奈緒はびっくりして振り返った。
「よう、久しぶりだなナリちゃん。」
「何やってんだたけにいこんな所で!」
「何って、初詣よ。」
その若者の横から、同じくらいの年齢の女性が答えた。
「ちょっと糸成くん!誰なのよ!この二人!」
全く状況が掴めない中、奈緒は顔を赤くして糸成の背中を叩いた。
「これは失礼お嬢さん、ナリちゃんがいつもお世話になってます。」
困惑する奈緒に優しく挨拶をしたその男に奈緒は慌てて答えた。
「“ナリちゃん”って呼び方...ひょっとして糸成くんのお兄さんですか!!?」
ーやだ、よく見るとかっこいい!私のお義兄さんになるかもしれない人...
「違う違う!俺のいとこだよ!いとこ!!」
「どうも!ナリちゃんのいとこ、春日武史です!」
武史はそう言って、爽やかに挨拶した。
「い、いとこだったんですね!!失礼しました!私は奈緒って言います!」
「ナオちゃんか!よろしく!ひょっとしてナリちゃんの彼女?」
「そ、そうです!!!」
「ちげえよ!!」
どさくさに紛れて答えた奈緒に糸成は激しくツッコミを入れた。
「ハハハ!ナリちゃん、恥ずかしがらなくっていいのに!初詣に女子と来る、それはもうそういうことにしとけばいいだろうに?」
「だからマジで違うんだって!そっちこそ悠季さんと来てんだろ!」
「そりゃ俺たちは結婚してるからな。」
「まあね。」
武史とその妻の悠季はそう言って顔を見合わせて微笑んだ。
しばらくしてやっと落ち着くと、糸成は改めて奈緒を紹介した。
「...とにかく、この人は彼女でもなんでもなくって、部活の同期だよ。マンドリン部の!」
「あー!なるほど!部活の!」
「え?どういうこと?イトナリくん。このお二人はマンドリン部と関係あるの?」
糸成が“マンドリン部”という名前を出したことで妙に納得した二人を見て、奈緒は不思議に思って尋ねた。
「ああ、この二人はうちのマンドリン部の卒業生なんだ。」
「ええ〜〜!!!?ホントですか!?」
唐突な事実に奈緒は驚いて思わず大きな声を出した。
「本当よ。私たち49期、...なんて言うと年齢バレちゃうわね...」
武史の妻、悠季はそう言って苦笑いした。
「ハハハ。年齢なんて仕方ないさ。ナリちゃんは何期になるんだっけ?」
「...俺たちは64期だよ。」
「うわっ、覚悟はできてたけどやっぱ若いなあ!!!」
「...」
「...そいじゃ俺たちは邪魔だろうからそろそろ行くよ。」
しばらく話してから武史はそう言って悠季の方を見た。
「だからそういうんじゃないって!!」
糸成は顔を赤くして誤魔化した。
「ナリちゃん、今年も全国行くんだろ?」
「そのつもり、県大会は突破した。」
「そっか、なら出れるな。県大会を突破したら基本的に全国には出れる。」
「そうなんですか?」
「ああ。地方予選は予行練習のようなもんだ。基本的には全団体全国大会に推薦される。」
「知らなかった...」
意外そうな糸成たちの顔を見て、武史は微笑んで続けた。
「今年で全国の出場は何年目になる?」
「...確か今年で15回目だったはず。そうだ!今年は15年連続優秀賞を獲れるかが懸かってるって言ってた。」
「そっか」
糸成の話を聞いて、武史は少し考えてから話し始めた。
「こんなことを言うとプレッシャーになるかも知れないけど、せっかくだから言っとく。実は連続優秀賞の1回目を獲ったのは俺たちの代なんだ。」
「えっ!?そうだったの!?ってことは山崎先生が赴任したのってたけにいの時!?」
「ああ。山崎先生は俺たちが2年生の時に異動してきて、俺たちは11月の大会で県大会を突破したんだ。」
「すごいな...それは知らなかった。」
「それから1度も全国大会出場を逃したことがないって知って、俺たちは結構びっくりしてるけど、俺たちが獲ったことでナリちゃんたちが連続優秀賞を狙う手助けになったって考えると、凄く嬉しい気分だよ。15年間続いてきたものを絶やさないようにしないといけないみたいなプレッシャーはあるかも知れないけどさ、先輩たちはみんな見守ってるから。自信持って自分たちの力出してきてくれよ。」
「分かった。ありがとうたけにい!俺たち、15年連続優秀賞を達成できるように、今年頑張るよ!」
こうして糸成と武史は硬く握手をしてから別れた。
武史たちの姿が見えなくなって、糸成が一言つぶやいた。
「すっげーこと聞いたな。」
「ええ。」
奈緒も満足げに答えた。
「部内恋愛で結婚したなんて素敵。」
「...話聞いてた?」
糸成のいとこ「たけにい」こと「春日武史」が登場しました。そしてそのいとことその妻「春日悠季」がマンドリン部の卒業生だと明かされました。以前糸成がマンドリン部を知ったきっかけだと言ってた親戚とは彼のことだったのでした。しかも彼ら、山崎先生が赴任して以降初めて全国大会への出場を果たした代という事で、結構重要な代です。
いずれまた出てくると思います。今回は顔出しという事で。
そういえば奈緒は口が滑って本音が出そうでしたが、武史の乱入もあり糸成には気づかれなかったようです。奈緒の恋はいつか実るのか。
あと、武史の説明にもあった通り、県大会では上位6校が次の大会に進めるという事でしたが、地方予選では基本的に全団体全国大会に推薦されます。ですから県大会を突破した時点で全国大会まで出場は約束されたものといえます。(実際の大会でも実際にそういう地域があります。そうでない地域もあります。)




