第9話「本入部と自己紹介」
すでに入部届を提出していた二人だがその後の2週間も新歓にはかかさず通い、一通り全てのパートを体験した。時間が経つにつれ、周りの他の新入生にも徐々に届を出し終え、すでに楽器も希望を絞って一足先に練習している様子の生徒が増えてきた。
そして、2022年4月22日、本入部の日がやってきた。
奏太と糸成がいつも通り音楽室を訪れると先輩たちの手によって既に会場の準備が済んでいた。この日はこれまでの体験の時の椅子が向合わせになっている座席とは異なり、教室の前方と後方に椅子が人数分まとめて並べられていた。二人の他にもう既に何人か新入生が来ており、それぞれ緊張しながら時を待っていた。美沙も既に来ており、別の女の子と話をしている。
「誰だっけ」
なんとなく見た事のある人だったので奏太は糸成に聞いた。
「お前相変わらず人の名前覚えるの遅いな、同じクラスの高木奈緒さん。紺野さんと仲良いよ。」
「へえ うちのクラスからの入部、まだ他にもいんのかな」
「さあね。それより俺は他に男子がどのくらいいるのか気になるな。これまでの体験では圧倒的に女子率が高かったから。」
糸成はそう言ってもう一度全体を見渡すと他の男子を見つけて奏太に合図した。
「おい、これから一緒にやってく相手だし挨拶に行こうぜ」
「そうだな!」
二人は見つけた他の男子生徒の方に向かった。その生徒はメガネをかけていて頭が良さそうだった。髪の毛もしっかり整っており育ちの良さを感じさせる。
「良かった。他にも男子がいた!僕は1年5組の赤石学。よろしくね。」
向こうもこちらに気づくと微笑むと話しかけてきた。
「こちらこそよろしく!」
二人も挨拶を返すと軽く自己紹介した。
「何パート志望?」
奏太が尋ねると彼は少し考えてから答えた。
「うーんまだ確定じゃないけど体験ではいつもマンドリンやってたよ。」
「なるほど、じゃ1stか2ndだな!俺1st志望だから同じになったらよろしくな!てかなんなくても!」
学はそれを聞くと嬉しそうにうなずいた
「ああ!是非!」
ここで糸成があることを聞いた。
「赤石くんは新入生どのくらいか聞いてない?あと周りに誰か知り合いで入る人いない?」
「んー、正確な数字は聞いてないけどおととい入部届出しに行ったときに今年は多い方だって先生が言ってた。去年が少ないのもあるけどこんな入ってくれて嬉しいよって感謝された。」
多いらしいと聞いて糸成はニヤリと笑った。
「そっか!どんな人がいるか楽しみだな。」
こうして二人は新たに仲良くなった学と共にその日の活動が始まるのを待つことにした。
しばらくすると出ている分の椅子全てに新入生が座り終わり、先輩たちも徐々に自分の座席に着き始めた。結局男子はあれから2人増え、自己紹介など話を交わして仲良くなったので一緒のところに並んで座った。
メンバーが一通り揃って座席に着くと山崎先生もやってきて入り口のところで壁に寄りかかった。それを確認すると高橋が立ち上がって話を始めた。
「1年生の皆さん!改めて入部ありがとう!君たちを迎えることができて大変喜ばしく思います!今日は入部1日目ということで自己紹介をします!是非全員の名前を覚えて帰ってね!」
それを聞いて糸成が他に聞こえない声で奏太に耳打ちする。
「じゃあお前は一生帰れないな」
「先輩話してるから黙ってろって」
奏太はムッとして少し笑いながら返した。
「とりあえずこっちから自己紹介するから1年生はそれを参考にして簡単に自己紹介してね!じゃあ2年生からいこっか!」
そういうと高橋は座って2年生の端に座っている人に合図した。それを受けて2年生の先輩は立ち上がると挨拶を始めた。
「1st2年の和田美恵でーす!えっと好きな食べ物はラーメンです、中学の頃は柔道部でした!」
「出た、逆らったら殺される次期コンミス!」
「ははは」
益田がガヤのように少し盛り上げた。
「あと去年何答えてたっけ…あっそうだ!好きな寿司のネタはサーモンです!いっぱい入ってくれて嬉しいです!よろしくね!」
ー寿司のネタ…?
唐突の寿司ネタの話に学の頭の中ではてなマークが踊った。
続いて横に座っていた水島の番だ。
「こんにちは!ドラ2年の水島咲子です!えっと何答えよっかな〜好きな寿司のネタはイクラです!」
ーそれ残すんだ…
その後も2年生と3年生の先輩全員がそれぞれ自己紹介を済ませたが例によって全員好きな寿司のネタを紹介した。3年生最後は部長の高橋でそのまま司会に入った。
「寿司のネタはなぜかこの部活では自己紹介の伝統になってるんだよ。ということで1年生もよかったら答えてね?じゃあ早速いこうか!そっち側でまとまってる男子からいこっか!」
いきなり狙い撃ちされたので1年生男子グループの中で一番端に座っていた生徒から立ち上がって自己紹介を始めた。
「初めまして!1年2組の浅田大喜です!お笑いが好きでモノマネとかよくやってます!」
「みたーい!」
早速水島が食いつき、大喜は少し照れつつも流行りの芸能人のモノマネをして笑いをとった。その後ちゃんと(?)寿司ネタも紹介した。ガリが一番好きらしい。このボケはイマイチだったのであまり笑わなかった。
次に自己紹介したのは始まる前に奏太たちと仲良くなった男子のもう一人で大喜と同じく1年2組の澤田敦だ。
「僕の名前、「敦」って書いて「ダン」って読むんです。初見だとほぼ読んでもらえません。」
彼の名前の話に一同から少し驚きの声が上がった。奏太も呟いた。
「へー「ダン」っていう名前なんだ。」
「お前さっき聞いただろ…」
相変わらず人の名前を覚えられない奏太に対し糸成がツッコミを入れた。
その後1年生全員が自己紹介をしたが結局全員好きな寿司ネタを答えた。部員の自己紹介が終わり高橋が再び司会で今度は山崎先生に話を振った。
「続いて西田高校マンドリン部出身にして指揮者および音楽指導をされていてホットケーキが大好きで散歩が趣味の国語科の山崎先生による自己紹介です!」
「おいおい君が言っちゃったら紹介することもう無いじゃないか」
「…寿司ネタ」
「ウニ」
「...」
山崎先生は自己紹介 (?)を終えると簡単に部活の説明をしてから今後の活動について話し始めた。
「1年生の皆さんは明日土曜に楽器決めを行います。午前だけどとりあえず10時頃ここにきてもらいます。早く決まれば楽器ごと親睦を深めて練習に入り、お昼に解散って形になるかな」
それを聞いて高橋先輩が補足する。
「毎年そんなすぐには楽器決まらないからみんな覚悟してきてね!」
楽器決めがだいたい揉めるということを聞いて一同は少し不安になったが新しく参加する部活の様子がすごくアットホームだったのでそれぞれが今後の活動に期待を寄せてその日は活動を終えた。次の日はいよいよ楽器決めだ。
次の日、奏太と糸成は集合時刻の10分前ごろに音楽室に到着した。靴箱で上履きに履き替えて戻ると既に来ていた先輩たちが改めて出迎えてくれた。
「いよいよパート決めだね!ふたりとも希望は決まってるよね!」
ふたりは笑顔で答えた。
「はい!バッチリです!」
小野はニッコリと笑って言った。
「素晴らしい!パート決め、頑張ってね!」
「…頑張る?」




