伴侶
伴侶……冒険者にとって、その言葉はまさに愛の告白そのものである。
だがそれも無理もない。自分と共に歩み、危険な冒険に付いて来いというのだ。相応の覚悟と、その人物に対する好意がなければ到底できる事ではない。
無論、アークは無数の女性達から伴侶になりたいと求められたことはあった。同業者の女性冒険者達、たまたま寄った村の娘達やらはては貴族の令嬢にまで求婚されたこともある。
その全てを断ってきた。
容姿と力しか見ない同業者の女性。
覚悟も無いのにミーハーな気持ちと勢いだけで告白してくる村娘。
自分とは住む世界が違う、危険な匂いに惹かれただけの無知な貴族令嬢。
どれもこれも、アークにとっては共に歩むに値しない女性ばかりだった。
そんな彼が――まさか自分から女性に愛の告白をする事になるとは思わなかったであろう。おそらく一番驚くのは過去の彼自身であることは間違いない。
「私の伴侶として、共に生きてくれないか」
「えっ? アークの……パートナーって……それって」
彼が想いを告げると、案の定エリスは困った顔をした。
当然の反応だ、エリスには勇者カイトという想い人がいるのだから。いきなり愛の告白などされても迷惑なだけだろう。そんなことはアークも承知の上であった。
「俺、カイトの奴と約束してて」
勇者に対する一途なエリスの反応を見て、アークは嫉妬心が吹き出しそうになる。そんな醜い感情を必死に抑えて、なおもアークは彼女を説得した。
決死の説得を続けていくうちに、エリスはやがて考え込むような仕草をする。
アークの熱い気持ちを理解はしたが、勇者に対する恋心を考えればすぐに決められるような事ではないのだろう。可憐な少女には、荷が重すぎる決断であった。
(頼むエリス。私を、選んでくれ……)
自分のやっている事の酷さは、アーク自身が1番良く分かっていた。
なにせ、相思相愛だと思われる勇者の幼馴染を奪おうというのだ。これが物語ならば、断罪されるべき悪として描かれるに違いない。
しばらく悩み続けていたエリスが、やがて顔を上げるとアークを見つめ。
「そ、そんなに……俺が必要なのか?」
何かを確かめるように、アークへと問う。
それは――愛に偽りがないのかと試しているようにも見えた。
「君が傍に居てくれなければ、私にとって今後の人生は全て無意味だ。それくらい、君の事を必要としている」
「えっ……、そんなに? この力、マジでやべーな」
「エリスッ! どうか共に生きてほしい! 私の、伴侶になってくれ……」
アークという男を良く知っている者達が、彼の必死なこの姿を見れば、おそらくは驚きを通り越して目を疑うであろう。柔らかな態度を取りつつも、けして一線を越えさせないような強かな彼の面影はここにはなかった。
頭を地に擦り付け、ただの村娘に縋りきった姿は――なんと情けなく、人間らしい事か。
「土下座なんてすんなよ、アーク。顔を上げてくれ」
心のどこかで勇者には勝てないであろうと思い始めていたアークに、優しい声が掛かる。顔を上げてエリスの方を見ると、彼女はまるで女神のように優しい笑顔を彼へと向けていた。
「お前の気持ちは良く分かった。ちゃんと、伝わったからさ」
「じゃあ、やはり……君は」
この笑顔は、最後に彼女が見せてくれた慈悲であると思った。
やはりエリスの心は勇者のモノで、自分はこれから断られるのだと……アークはそう思ったのだ。
だが――彼女が次に告げて来たのは。
「だからな、その。俺の事がそんなに必要なら……アークのパートナーになっても、いいかなって……」
「えっ?」
「あっ、その代わりと言っちゃなんだが、色々とお前のコネ……じゃねぇや、知り合いにも俺を紹介して――――」
望んでいた言葉が、絶対に手に入らないと思っていた女性が自分を受け入れてくれた。放心していたアークだったが、やがてその表情には喜びが満ちる。
今までの人生で、これほどの幸せを彼が感じたのは初めての事であった。
「エリスッ!」
気持ちが爆発したアークは、自分の伴侶となってくれたエリスを思い切り抱き締める。
自分の事を分かってくれた理解者である少女を、二度と離してなるものかと言わんばかりに。優しく、それでいて情熱的なほど彼は彼女の温もりを求めていた。
「うぎゃぁぁ! いきなり何すんだよ!?」
「驚かせてすまない! でも、君が受け入れてくれたことが……嬉しくて。本当に、ありがとう。必ず幸せにするからっ」
「いやまあ……お前のパートナーになるのは俺としても悪くない話だったしな。気にすんなって……とりあえず、これからよろしくな!」
屈託のない笑顔を見せてくるエリスに、この上ない愛おしさをアークは感じた。
それと同時に、この少女を自分の伴侶に出来た幸せを噛みしめる。
けれども、一株の不安がまだ彼には残っていた。
「だが……勇者の事は、いいのか?」
それは、想い人である勇者カイトの事だ。
自分を選んでくれたことは嬉しかったが、彼女がどうして勇者を選ばなかったのか不思議でならなかった。
「ああ、確かに待ってるって言ったけどよ……良いんだ。どうせあいつは、今頃ハーレムでも作ってるだろうし、俺の事なんかとっくに忘れちまってるさ」
「……」
遠くを見つめるような表情でそう呟くエリスを見て、アークはとんでもない勘違いをしていた事に気が付く。
そう――勇者にとっては、幼馴染であるエリスの存在など自分を囲う多くの女性の1人に過ぎなかったという事が、分かってしまったのだ。
エリスの様子からして、普段からおざなりな態度で彼女に接していたことが良く分かる。風の噂では勇者はとても真面目な青年という話だったが、とんでもない軽薄な人間だという事がアークには分かってしまった。
一途に想っている幼馴染を放置し、魔王退治に託けて女漁りをしている愚者。勇者とは、そういう男だったのだ。そうでなければ、純粋なエリスがハーレムを作っているなどと言うはずがない。
(クズが……)
アークの中で、勇者に対する評価が最低まで落ちた瞬間である。
幼馴染の純情を弄び、村に縛り付け挙句自分は女遊びをする……男の風上にも置けない最悪のクズ。そんな男に対して、もはや何を遠慮する必要があるのか。
(エリスは、私のモノだ。貴様の様なクズには二度と触らせない)
例え勇者が取り戻しに来たとしても、愛する人は絶対に渡さないとアークは固く誓う。もしも目の前に現れたならば、エリスの愛する相手は勇者などではなく自分なのだと、直接教えてやるつもりでいた。
だが、アークはまだ知らない。
エリスを村から奪い去ったこの行為によって、後にとんでもない事が起こってしまうことを。
最愛の幼馴染を寝取られた勇者の――絶望が幕を開けようとしていた。
エリスを寝取られた()カイトの怒りは…怖いよ