エリスに相応しいのは
村に戻ったアークはすぐさま異変に気付いた。
どこを探してもエリスの姿が無いのだ。
偶然を装っていたが、彼はエリスの行動を分析し彼女が居そうな場所はすべて把握していた。
にもかかわらず、見つからない。
……普段いるはずの場所に、その人が居ないというのは何かがあったということだ。事態を深刻に受け止めたアークは、懐から小さなキューブ状の代物を取り出した。
最高遺物 ロケート・セル。
序列1桁台の者達に渡される、特殊な探索装置である。
本来の用途は、ギルドにとって重要な要人を警護する際に使う物だ。その性質上、一度設定するとその人物以外は探せなくなるため、使用する際は慎重な判断が必要となる。
当然ながら、村娘程度の存在に使って良いモノなどではない。
そんな事はアークも分かっていた。
――――しかし、彼は躊躇なくソレを起動する。
「探索対象――エリス」
冷静にエリスの探索を設定していく。
しかし、よく見ればキューブを握りつぶしてしまいそうなほどその手は震えていた。彼は心底怖かったのだ。ようやく好きになった女性に、良くない事が起こってしまったのではないのかと心配で心配で堪らなかった。
「エリスだ、早くしろ……さっさと、彼女を見つけろッ‼」
いつも余裕のある態度で、穏やかな彼は其処にいなかった。
胸騒ぎが止まらず、焦燥感ばかりが募る。こんな感情は、アークにとって初めての事であった。
無限とも思えるような――しかし実際は5秒程度の待ち時間でロケート・セルはエリスの場所を割り出した。現在位置は、村はずれにある廃屋の中と出て来る。
「廃屋……なぜそんなところに?」
疑問に思ったアークだったが、その足はすぐに目的地に向かって駆けていく。
この時のアークには、もはや依頼も勇者もギルドの事も頭になく、ただエリスの事だけを考えていた。彼女の無事を――――
杞憂であって欲しい。
何事も無ければそれでいい。
いつものように、偶然にしては出会いすぎだろうと……呆れながらも優しい笑顔を私に向けてくれればそれでいい。
神速の動きで移動しながらも、アークはそんな事を願っていたのだ。
だが、廃屋まで着いた彼が勢いよく扉を開けると――そこには。
信じられない光景が待っていた。
自分を認めてくれた、エリスが。
心から愛しいと初めて思えた、かけがえの無い少女が。
――3人の悪漢共から襲われていたのだ。
いつも笑顔だったその顔は涙で濡れており、乱暴されたのか服ははだけ、エリスの透き通るような白い肌が露わとなっていた。
2人の男達はエリスの両脚を抑え込み、リーダーと思われる男は彼女に馬乗りとなって組み敷いている。
思い描いた中でも、最悪の光景だった。
突然扉が開いたことに驚いたのか、興奮していた3人組はみな入り口のアークを凝視する。アークの姿を確認すると、ダールは舌打ちをした。
「ちっ、せっかくエリスの身体を堪能しようって時に、余所者が邪魔しにくんじゃねーよ」
アークに投げかけられる言葉は、醜悪そのもの。
かつてないほどの怒りがアークを襲った。いや、もはや怒りなどというものではなく――それは殺意であった。
「おいおい、聞いてんのかよ。つーか確かお前って、親父から依頼受けてここに来たんだろ? だったら、息子のオレに対して逆らうのは不味いよなぁ? だからよぉ、黙っててくれねぇか?」
必死に殺意を抑え込んでいる傍から、殺したくなるような言動を取り続けるダール。全身を震わせながらも、アークはなんとか殺意を抑え込もうとした。
……だが。
「黙っててくれたら――お前も後で、エリスの奴を滅茶苦茶にしてもいいからさ」
その一言で、アークの中の何かが切れた。
ダールが次の言葉を紡ぎ出そうとした瞬間、アークの姿が一瞬にして消え彼の目の前に現れた。
「へっ……?」
瞬間移動でもしたのではないかと思われる速さに、呆気に取られているといつの間にかダールの身体がエリスから離れ宙を舞っていた。
凄まじい勢いのまま彼の身体は廃屋の壁に激突し、そのまま倒れ込んだ。倒れ込んだダールの周囲には衝撃で折れたと思われる彼の歯が無数に散らばっている。
「は? えっ、ダ、ダールさん?」
「なに、が……起こった?」
取り巻きの2人はまだ状況が理解できずにいた。だが無理もない。彼らからしてみれば、いきなりダールが吹き飛んで壁に激突したようにしか見えなかったのだから。
「なあ、お前達」
そんな2人に、アークの冷たい声が響く。
「いつまで、その薄汚い手でエリスに触っているつもりなんだ……?」
到底かなわない肉食獣を怒らせてしまったような、原始的な恐怖が2人を襲う。それだけアークの纏っている空気は異様であった。今まで彼がここまで人に対して敵意をむき出しにした事は一度も無い。
「早く、ここから消えてくれないか? そうじゃないと――お前たちの事を殺したくて仕方なくなってくる」
「ひっ、ひぃぃ……!」
「わ、わかりましたぁああ! すぐ消えますからっ! だから殺さないでぇ‼」
殺意で塗り固められた瞳で睨まれると、恐怖で股を濡らし腰を抜かしていた2人はすぐに立ち上がり、気絶したダールを連れて廃屋を出て行く。
静まり返った部屋に残されたのは、エリスとアークの2人だけとなった。
しばらく泣きじゃくっていたエリスであったが、落ち着き始めるとまた強気な口調に戻ってアークに照れくさそうにお礼を言った。その様子は、どことなくホッとしているように見えた。
そんな彼女を見ながら、アークは自分の考えを大きく変え始めていた。
あと少し、本当にあと少し遅ければエリスは今頃あの悪漢たちから身体を弄ばれ、酷い辱めを受けていた。なのに、そんな恐ろしい目に合っていたというのに、恋人の勇者は彼女を助けもせず呑気に魔王退治などに興じている。
……実に、不愉快だ。
肝心な時にエリスを助けに来ない男などのために、何故彼女を諦めなければいけない?
私なら、例え何があっても彼女を護ってみせる。その覚悟もあるのに。
暗いほどの情念を胸に抱きながら強く、彼はそう思った。
アークの瞳に炎が宿る。
それは、嫉妬と欲望の火であった。
あたふたと、なにやら顔を赤くしながら必死に喚き出すエリスを見て彼は決意する。
必ず彼女を不甲斐ない勇者から奪い、幸せにして見せると。
そう、勇者から――エリスを寝取ってやるのだと。