アークという男
「グギャアアアアア‼」
断末魔を上げながら、巣に蔓延っていた魔物のボスが倒れ込む。
よく見れば周りには無数の魔物たちが臓物を散らせながら絶命していた。その光景を作ったのはアークと呼ばれる1人の冒険者。
倒れ込んだ魔物を無機質な瞳で一瞥した後、彼はゆっくりと魔物の巣を出て行く。エリスと別れてから、僅か20分程度の出来事であった。
「……外れか」
仕事を完遂したにも拘らず、そこに喜びの色はなかった。
冒険者という者には、序列がある。依頼達成率、戦力、危険度、様々な要因を考慮してギルドが順位を付けているのだ。
その中でも、一桁台の序列に入る者はギルド専属の冒険者として特別な依頼が与えられる。彼はそこに所属する者だった。
アークの序列は7位。
甘いルックスと温和な態度を活かして効率的に情報を得る手腕も評価されたが、アークの真価はその戦闘力にある。
二振りの剣を卓越した技量で使いこなし、魔物を瞬く間に討滅する姿から彼はこう呼ばれた。
『十字の破滅』アーク、と。
今回の依頼は表向きは村長からの要請という形ではあったが、実際には違う。
この村の付近には元々魔物がいなかった。
しかし、1人の少年が伝説と言われた勇者となった事で突然出現したのだ。
彼の任務は出現した魔物と勇者の因果関係を調べ、またそこにいる魔物が強力な種であるかどうかを確かめるモノであった。
だが蓋を開けると魔物も大したことがなく、結果としては杞憂だったと言えよう。村人達からしてみれば、大変な脅威であることは確かだったが。
「早く……」
そんな中アークの頭にあったのは、勇者と魔物の関係性や、この依頼を指名してきたギルドの思惑など――ではなく。
「エリスに、会いたいな」
1人の少女の事だった。
アークという男は小さな頃から全てを持っていた。
有り余る才能と、誰もが褒めちぎるルックス。
冒険者として大成した後はそこに財力まで加わる。
彼に会えば、皆はアーク様と賞賛し女性は何も言わずとも擦り寄ってきた。
そんな現状に――彼は心底嫌気が差していた。
彼の才能を欲しがる者。
彼の財産や彼のルックスに惹かれ媚び始める女達。
誰も彼もが、彼の表面だけの要素に惹かれていき彼そのものを見ようとはしなかった。温和な態度で人々に接する裏で、アークの心はそんな人々に失望し冷め切っていく。
この村に来た当初も村人たちはアーク様と崇め、村の女性達は我先にと擦り寄ってきた。何度も見た光景にうんざりしながらも、笑顔を作り、優しい対応で皆の心を掴んでいく。
だが――その中に、彼女が居たのだ。
少し遠くから、アークの事を睨みつける少女を彼は発見した。
変人エリス。
みながそう言う、変わった少女に彼は興味を惹かれた。
『やぁ、君』
そう言って話しかけた後のエリスの反応を見て、益々彼は興味を持った。
『またお前かよ!? いいか、俺はな……チヤホヤされて当然ですみたいなお前の容姿が大嫌いなんだよ‼』
『はん、イケメン様はいいよな。表面が整ってりゃ誰からも騒がれるんだからよ。でもな、ああいう連中が見てるのはお前の容姿だけであって中身じゃねぇからな? 勘違いすんじゃねぇぞ。……けして負け惜しみじゃねぇからな!? わかったか!』
『お前……ホントよく会うな。待ち伏せでもしてんのかと怖くなるわ。しっかしお前も物好きな奴だよな、俺と話したいなんて……変わってるぜ』
彼女は彼の容姿に媚びなかった。
彼女は彼に対して、けして物怖じしなかった。
エリスは……彼を、1人の人間として見ていた。
いつしか、アークはエリスと話すのが楽しくなっていた。
自分の持っているモノに何1つ惹かれずに、1人の人間として見てくれている彼女が――眩しく見えたのだ。
『エリスちゃんは私の事が、そんなに嫌いか?』
『お前の容姿は好かねぇよ。でも、嫌いかって言われると……今は違うかもな』
『違う?』
『だって、お前良い奴じゃん。話して見て分かったけどよ、お前はすげぇ良い奴だ‼ だから、お前の容姿は大嫌いだけど――お前自身は、嫌いじゃねぇよ』
『――――』
アークはずっと見て欲しいと思っていた。
上っ面ではなく、自分自身を誰かに見てもらいたかった。気づいてもらいたかった。
冷え切っていた心が、失望で溢れていた怒りが。
彼女の笑顔によって浄化されていくような感覚がした。
一筋の涙が、自然と彼の頬を伝う。
それは歓喜の涙。埋もれてしまった自分を引き上げてくれた、感謝の涙。
『お、おい! 何泣いてんだよ!? 男が泣くもんじゃねぇぞ。容姿か? 容姿を馬鹿にされて泣いたのか? そんなの気にすんなよ、俺って変人だし、お前はイケメンだから大半の奴が認めるっつーか……あ、えーと。とにかく泣くんじゃねぇよ‼』
慌てて勘違いする彼女の優しさが胸に沁みた。
この頃からかもしれない。
エリスの事を、アークは愛おしいと思うようになっていた。
過ごした時間は2ヵ月にも満たない日々であったが、彼は自覚してしまったのだ。
――エリスを好きになってしまった事を。
しかし彼女は勇者の幼馴染で、彼の帰りをずっと待っていると村の人達から聞いてしまった。エリスと勇者カイトはお互いを好き合っているのだと。
「何でも手に入れてきた私が……けして手に入らない者を、好きになるなんてな」
寂しさと、少々の悔しさを込めたような小さな声でアークは呟いた。
出来る事なら、エリスをこの村から連れ出したい。
自分を理解してくれた彼女を、自分の物にしたい。
気を抜けばそんな欲望がアークに襲い掛かってくる。
そんな想いを必死に封じ込めて、アークは村に向かって歩き出す。
例え、報われぬ想いでも良い。もうすぐ会えなくなってしまっても構わない。
今はただ出来る限りエリスと話し、別れの刻までエリスとの時間を楽しみたい。
そんな想いを胸に、アークは笑顔を作る練習をする。
「エリス……愛してる」
無機質な世界に色が付く切欠となった、少女に対する愛を紡ぎながら。
アークは村へと戻った。
次回、憤怒。
お楽しみに。




