悪夢!?
「聞いてくれ――実は前日、魔物の巣を見つけたんだ」
アークと過ごす日々も、いずれ終わりが来るのは分かってた。
村の近くにいるであろう魔物を始末するのが、あいつの仕事だからな。
そして、それが多分今日なんだと思う。
笑顔のあいつが珍しく真剣そうな顔で、いつも駄弁ってる俺の所に来た辺りから予想は付いてたぜ。まっ、しゃーねーわな。
「今日……片付けようかと思ってる」
「そっか。んじゃ行って来いよ。元々そのためにここに来たんだろ?」
「うん、まあそうなんだけど。この村で……いや、君と過ごす日々が存外楽しかったから名残惜しい気持ちが強いんだ」
「気持ちわりぃこと言うなよ……それに、別れの時が来るなんて最初から分かってた事だろ?」
「ごめん。確かに分かっていたことだったんだけどなぁ。自分が一番驚いていると言うか……本当に不思議な子だよ、エリスちゃんは」
「知るかよ。ほら、さっさと行けや!」
「はは、相変わらず手厳しいなぁ……ちょっとくらいは寂しがって欲しかったけど。それじゃ、サクッと退治してくるよ!」
「おう、気を付けてな」
暗い表情から一転して、元の爽やか君に戻ったアークは俺に手を振った後に凄い速度で村を出て行った。人の事言えねぇけど、あいつも大概変人だ。
あんだけイケメンならさっさと街に戻っても女にモテまくりだろうに。落ち込む理由が分からんわ。
まさか、ホントにあいつもホモとか……? いや、あんま考えたくねぇな。こんなざわついた気持ちになるのはカイトだけで十分だぜ。
しっかし、冒険者か。俺もなってみたい気持ちはあるんだよなぁ。せっかく転生したってのに、なんのイベントもなく村で一生過ごすのなんてつまらんだろう。
カイトの奴には悪いが、マジで村を出る事も考えていた。
前世で生かした知恵をフルに活用して、億万長者になるって言うのも手堅いぜ。
「おい、エリス。お前、最近来た冒険者と仲良いじゃん。恋人になったカイトの事を見限ってもう別の男に乗り換えてんのか? 正直、尻の軽さにガッカリだわ」
気持ち良く未来の設計を立てていると、またしてもダールの糞野郎が茶々を入れて来やがった。しかも変な勘違いまでしてるし、馬鹿だろこいつ。
「ぎゃはは‼ 男みたいな言葉遣いして、とんだビッチだよなー」
「カイトの奴も可哀想に。こんなビッチに惚れちまってあんな宣言するなんてよぉ」
ダールの言葉に、ここぞとばかりに隣の取り巻き共も便乗してきやがった。
目上の者に対する態度がなって無さ過ぎだろ。
しかも俺がビッチだとか……とんでもねぇアホ共だぜ。
「俺とカイトは何でもないっつーの。てめぇらこそ、下衆の勘繰りが過ぎるんじゃねぇのか? 欲求不満かよクソガキが」
「なんだと?」
「勇者の幼馴染だからって、大きな口を叩くじゃねぇか」
「へっ、口だけなのはてめぇらだろ。いつも群れねぇと俺が怖くて悪口も言えないってか?」
「言わせておけば、このアマッ!」
煽りに弱すぎる取り巻きの一人が、拳を握り込んで俺に迫ろうとする。
すると、意外な事にダールの奴がそいつを手で制した。
「おいおい待てよ。弱っちい女なんかに手を出したことが分かったら、オレらが悪者にされちまうだろ? そんな口だけの雑魚の挑発に乗るなよ」
見下したような口調でそう話すダールの言葉に、キレた。
この俺が――弱者だと?
「おいおい、ダール君よ……昔、俺にボコられて泣いて帰った奴が随分な口の利き方をするじゃねぇか。カイトの目の前で、お前をボコった奴の顔をもう忘れちまったのか? 笑っちまうよな、イジメようとした相手から逆にボコボコにされるなんてよぉ!」
カチンと来たので、奴の口癖を真似て煽り返してやった。
その言葉は禁句だったのか。ダールの顔から小ばかにするような雰囲気が消え、睨むような視線となる。真実を教えてやっただけだってのに、怒りっぽい小物野郎だな。
「……いい加減、グチグチと昔の事で威張るのはやめとけよ」
「なんだなんだ、怒ったのか? ダール君は人を煽るのは好きな癖に自分は嫌だってか? そんなんだからいつまでもガキなんだよ、てめぇは」
「なら、試してみるか? 今でもオレがお前より弱いのか」
「おう、やってみろよ。群れなきゃ何も出来ねぇ奴に負けるかよ」
「言ったなエリス。それじゃ、邪魔の入らねぇところに行こうぜ」
挑発だというのは分かっていたが、男には引けない戦いというのものがある。
ダールの奴をこてんぱんに叩きのめし、舐めた態度を改めさせる必要があった。
だから俺は、ダールの奴に言われるがまま、村から外れた人気のない廃屋まで付いて行った。
***
「ここなら滅多に誰も来ねぇし、邪魔は入らねぇぜ」
「そうかよ。良かったな? てめぇの泣きっ面が見られなくて済んでよ」
「……エリス、まだわかってねぇのか。自分の立場って奴が」
「御託は良いから、さっさと掛かって来いよ」
カンフー映画で見たような手をこちら側にクイクイと向けるような挑発をした。
何か強者っぽくてよくね、こういうの。一回やってみたかったんだよな! だが、ダールは失笑するように鼻で笑い始めた。
よく見れば、ダールだけではなく廃屋の入り口に突っ立っている2人もなにやらニヤニヤと笑っている。こいつらの仲が良い理由が分かった気がするわ。なんというか。
「へへっ……ホントにお前は、馬鹿な女だな」
「な、何笑ってんだよ。気持ちわりぃな……来ねぇならこっちから行くぞ?」
「ああ、こいよ。たっぷりと分からせてやるからよ」
「余裕かましてられるのも、今の内だぜッ‼」
油断してるダールの傍まで、俺は高速で駆け寄っていく。
カイトと小さな頃から追いかけっこをして鍛え上げた脚に付いてこれねぇだろ? 案の定、ダールの奴は驚いた表情をしていた。
馬鹿が、人を甘く見てるからこういうことになるんだ。
駿足の勢いから放たれる拳――細い腕だからと侮ることなかれ、昔はこれより更に細かったがダールの奴をぶっ飛ばせたんだ。当時より格段にパワーアップした打撃力に奴が耐えられるはずがねぇ。
普段は手加減して腹に叩き込むところだが、今日の罵倒は許しがたいものがあったので顔面を狙った。人をビッチだの、カイトの恋人だの気持ち悪い事言いまくった罰だ‼ 少しは反省しやがれ。
俺の怒りのパンチがダールを打ち抜き、奴は泣きべそを掻きながら取り巻き共と一緒に俺に謝る。それで終わるはずだった。
俺も鬼じゃない。ちゃんと謝れば許してやるつもりだった。
ガキをちゃんと叱ってやるのも大人の務め、みたいな気持ちもあったんだ。
でもそんな思いとは裏腹に、俺の全力の拳は驚くほどアッサリとダールの奴から受け止められていた。
「あっ……え?」
「なあ、ようやくわかったかエリス? 自分の立場って奴が」
「う、うそだ。お前、一体どんな修行をして」
「何もしてねぇよ。つーか、何でまだ気づかねぇの?」
「な、なに言ってん、だよ」
「お前みてぇな普通の女が――男に敵うわけねぇだろ‼」
「ひっ……‼」
ダールの怒号にビビり後ろに下がろうとしたが、受け止められた拳を逆に凄まじい力で握り返された俺は下がり切れずに体勢を崩し倒れてしまう。
そして奴は――そのまま俺に覆いかぶさってきた。抵抗しようとしたが両手を組み敷かれ、全く身動きが取れない状態にされる。
「やめろ! 放せよ!」
「それはだめだろエリス。まだ勝負は着いてねぇんだから」
組み敷いている手をなんとか退かそうと力を振り絞ったがビクともしなかった。
まさか、ダールの奴がこんなに強くなっていたなんて思わなかった。
いや、違う。甘く見ていたのは俺の方だったんだ。
昔勝ったからっていつまでも弱者扱いして。その挙句にこの様だなんて、どんだけ情けねぇんだ。
「わかった、ダール……俺の、負けだ。いつまでも昔の事で馬鹿にして悪かった。今のお前は、俺よりも強くなってたんだな。認めるよ……ごめんな」
「…………」
「だからもう、勘弁してくれ」
自分の方がイキっていた等と認めるのは屈辱的な事ではあったが、結果は結果だ。いくら性格が悪いとはいえコイツが俺より強い以上、あの時の発言は俺が間違っていた。
馬鹿にしていた俺を下して、コイツも溜飲が下がっただろうと思った。
だけど押さえつけている手の力を弱めてくれる気配はなく。
それどころか、奴の鼻息がどんどんと荒くなっている事に気付いた。
「な、なあ……謝ったんだから、そろそろ放して――」
「おいおい、負けたんなら勝者に従うのが筋ってもんだろ」
ニヤついた声でダールはそう言うと俺の顔に近づき、唐突に頬を舐めたのだ。
「ひゃっ!?」
余りの気持ち悪さに、普段出したこともない様な声が出てしまう。
男に顔を舐められるなんて、当然ながら体験することもしたくもない出来事だ。
「へっ、へへ。なんだよ、普段は男みたいな言葉ばっか言う癖に……そういう声も出せるんじゃねぇか。お前もやっぱり、女って事だな」
「ダール……? 冗談は、やめろよ?」
「謝るとか、謝らねぇとか、どうでもいいんだよ。そんなに詫びる気持ちがあるなら、お前の身体でたっぷりとオレを楽しませろ、な?」
耳元でそのおぞましい事を囁かれた俺は、暴れた。
男に犯される――考えたことはなかったわけではないが、そう言う危機は盗賊やならず者など危ない連中くらいなものだと思っていた。
仲が悪かったとはいえ、村で一緒に育った人間からこんな事をされるなんて想像もできなかったのだ。目の前にいるダールが、急激に怖くなった。
「だ、だれか‼ 助けてくれッ‼」
「こんな所に誰も来ねぇから無駄だって。そんな暴れんなよ、エリス。おい、お前らも手伝え」
身体をバタバタと動かしあらん限りの力で叫んでいたが、ダールの取り巻きに両脚を押さえつけられる。両手も両脚も動かせなくなった俺は、身をわずかによじる事しか出来なくなった。
「しかし、こいつ、マジでこんな場所まで付いてきましたね」
「危機感ない所為で、犯されちゃうねぇ? なあ、エリスちゃん」
「なっ……てめぇら、最初からそんなつもりで?」
「今まではカイトの奴が邪魔で何だかんだ動けなかったからな。お前はカイトを護ってきたつもりだったんだろうが、実際は逆だったわけだ。けど、あんなアホな誘い込みで引っ掛かるなんてホントお前って馬鹿だな」
「それよりダールさん! 俺達も後で楽しんでも良いんですよね!?」
「ああ。オレがたっぷりと楽しんだら、お前らもエリスの身体を好きなだけ使っても構わねぇよ」
「ひゅー、さっすがダールさん。どこまでも付いて行きます!」
「おい、聞いただろ。ダールさんが終わったら次は俺らの番だからな? 良かったなエリス。今日だけで経験豊富な女になれるぜぇ?」
ゾッとするようなことを言われて、頭の中が真っ白になった。
――男に犯される。頭に浮かんだ言葉が現実となろうとしている。
「やめてくれ……っ! お願いだから、やめ――」
「うるせぇよ‼ 喋る時は喘ぐときだけにしろや‼」
「――……んぐっ! んんん――!」
とうとう口まで塞がれ、どうしようもなくなってしまう。
身体はビクともせず、不快な手の感触が身体を撫でまわしてきた。
ああ、こんなことなら……カイトの気持ちに少しは応えてやれば良かったかもしれない。こんな奴らに汚されちまうくらいなら、ずっと。
「ふ、ぐっ……うぅ……」
「なんだよ、泣いてんのか。大丈夫だって、すぐに気持ち良くしてやるから」
「カイトの奴もびっくりするだろうなぁ。村に帰ったらあのエリスがダールさんの女になってたなんて知ったら」
「世界を救う勇者様は忙しいからな。エリスの面倒くらいはオレが見てやらねぇと可哀想だろ?」
「流石ダールさん。次期村長に相応しい男っすね!!」
俺の身体を触りながら、笑顔で雑談する男達。
やがてその手が、胸にまで伸びてくる。
ああ――この悪夢は、いつ終わるんだ。
たすけて、カイト。




