その頃、勇者は
時はエリス達が港町に着いていた頃まで戻る。
煩わしく引き留めようとする王都から抜け出した勇者カイトもまた故郷の村へと到着していた。
「ああ、懐かしいな……」
村の入り口まで着くと、カイトはしみじみと呟き目を閉じる。
思い出すのは、エリスとのかけがえのない思い出ばかり。
虐められていた自分を助け出してくれた最愛の幼馴染。
少し乱暴な言葉遣いをしているが、本当はとても心の優しい少女だという事をカイトは知っている。屈託のない彼女の笑顔にカイトが救われたのは一度や二度の話ではなかった。
「……随分待たせてしまったけど、ようやく帰って来たよ」
魔王を倒し、世界を救った英雄となった今でもカイトの気持ちには一片の変化もない。
聖女と呼ばれる女性から告白されたこともあった。
旅先では、様々な美女から言い寄られたこともあった。
その全てを歯牙にも掛けず、2年間、ただ魔王を倒す為だけに冒険を続けてきたのだ。そうしなければ、幼馴染の少女に会いに行けないから。魔王を倒すまで待っていると言ってくれたエリスの気持ちをカイトは裏切りたくなかった。
もう、遮るものは何もない。
小さな頃から焦がれ、憧れ、救ってくれた幼馴染と結ばれ夫婦として穏やかな暮らしをする事がカイトの望みである。
勇者としては余りに小さな。だがカイトにしてみれば、夢にまで見た大きな望み。
そんな事を考えながら村の中を歩いていく内に、彼は自然と笑顔となる。
勇者となり、王都へ行ってから一度も笑ったことがなかったカイトに……ようやく笑顔が戻った瞬間であった。
***
カイトを見るなり村の人々は歓声を上げ彼を称えた。
「カイト君! 君はこの村の誇りだ!! 今日は皆で世界を救った勇者様を祝わせて欲しい! 本当に……よくぞ無事に帰って来てくれた! 君なら必ず成し遂げられると、信じていたよ!」
村長はカイトの姿を見るなり褒め称え、彼の滞在を願った。
偉大な勇者を生み出した村として多額の支援金を国から貰っていた村長にしてみれば、彼の存在は色々な意味で救世主と言っていい。
そして、今回カイトが帰って来たのをチャンスとも捉えていた。
あわよくばこの村の誰かと結婚させ、住まわせてしまえば経済的にも防衛力として見ても村は安泰だと考えていたのだ。
しかしカイトからしてみれば自分を虐めていた息子になんの注意もせず見て見ぬ振りをしていただけの人間と分かっていたため、熱く語る村長を白けた眼差しで一瞥した後、特に話も聞いていなかった。
大勢の村人が英雄の姿を見ようと、押しかけている中……肝心の少女の姿が見えない事にカイトは疑問を抱いた。
(こんな時エリスだったら、真っ先に駆けつけて来てくれるはずなのに……どうしたんだ?)
エリスがどこかに居ないのかと確認のために目をやると、勇者から見つめられた村の女の子達は脈があると勘違いしカイトへ擦り寄ってくる。
うっとおしい女共に囲まれ、埒が明かないと思ったカイトは村長に聞くことにした。
「村長さん、ちょっと聞いても良いですか?」
「おお、なんでも聞いてくれカイト君! 村もここ2年で大分変ったところもあるからね。これも全て君のおかげで――」
「……エリスの姿が見当たらないようなのですが、彼女は今どこに?」
そう聞くと、それまで笑顔だった村長は気まずそうな顔となり沈黙する。
心なしか、他の村人達も顔色が悪くなったようであった。
「村長さん?」
「エ、エリス……は、ちょっと色々あってな。ははは……」
脂汗を浮かべながら目を泳がせている村長の姿を見たカイトは、エリスに何かが起こったのだと理解した。途端にカイトは鋭い眼差しとなり、厳しい目を村長へと向ける。
「それは、どういうことですか? エリスはどこです? 僕の幼馴染になにかあったんですか?」
「いや、それは……その」
「お願いします、教えてください。彼女は、どこにいるんですか?」
「カ、カイト君……! その話はまた後にして食事でも……」
「エリスは、どこにいるッ! いいから答えろッ!!」
「ひっ……!」
エリスについて頑なに話そうとしない村長にイラついたカイトが怒号を上げると、先ほどまで騒いでいた村人や傍に寄っていた女の子達は恐怖しカイトから距離を取った。
魔王を倒した勇者の怒り、その気迫にただの村人が耐えられるはずもない。
村長は小便を漏らし、その場にしりもちを着いてしまった。
そんな中、カイトの傍に寄ってくる1人の女性がいた。
「まずは、おかえりなさい、カイト君。随分と……逞しくなったわね」
「……あなたは」
「やっぱり、あの子がどうなったのか知りたいわよね。カイト君は、昔からあの子の事が好きだったもの。ううん、それはあの子の方も……同じだと思っていたのだけど」
カイトに悲しい顔を向けながらそう告げて来たのは、エリスの母、マリーだった。少しやつれた様な表情となった彼女は、そのままカイトと目を合わせる。
「カイト君には、凄く辛い話になると思う。……それでも、知りたいのよね?」
「はい、僕はエリスに会うために帰って来たんです。だから教えてください。僕が居なくなった後、彼女に何があったのかを」
決意を込めたカイトの目を見たマリーは、軽く溜息を付く。
そして、ゆっくりと話し始めた。
「エリスは……あの子はね――他の男性の伴侶となってしまったの」
自分の娘が他の男に寝取られ、幼馴染の少年を裏切った、最悪の話を。