これまでの旅
夜になり、森で野宿をすることに決めた2人は軽い食事をした後に睡眠を取ることにした。周りに魔よけの結界石を置き、アークはテントを2つ張ろうとする。
だが、それを見たエリスは彼の肩を軽く叩きながらこう言った。
「これくらいの広さなら2人でも寝れるだろ? 普通の女ならともかく俺にそこまで気を遣わなくてもいいって! 一緒に寝ようぜ!」
「いや、しかし……テントで君と一夜を過ごすというのは……」
「相棒なんだし、別に不思議な事でもないだろ? あっ! さてはアーク……お前、夜にこっそりエッチな本でも読もうとしてるだろ。そういうのは共有しようって約束したじゃねぇか!」
「そんなものは持ってないし、そんな約束もしていない」
「んだよ、ノリわりーな……つーかさ。もしかして、あれか? 俺と一緒は嫌とか、そんな単純な理由だったりするのか……?」
2年の旅を得てそれなりに彼と親しくなれていたと思っていたエリスは、もしかしたら嫌われていたのかも知れないと思った途端、不安げな表情となる。
好きな女性からこのような表情を見せられては、流石のアークも堪ったものではない。
「分かった! わかったから、そんな悲しそうな顔をしないでくれ」
「別に、そんな顔なんてしてねーし……」
「……はぁ。伴侶の事を、嫌いになるはずがないだろ? 私が君を嫌う事などあり得ないから安心してくれ」
「っ! そ、そうか! あっ……いや別に俺は気にしてなかったんだけどよ? やっぱ一緒に行動する以上は嫌われてるのは不味いとかそういう理由でな……」
あからさまに明るい顔になるエリスを見て、本当に単純でわかりやすく……そして純粋な女性だとアークは改めて思ったのであった。
***
「おれは、おくまんちょうじゃに……むにゃむにゃ」
「……はぁ、やはりこうなるのか」
寝相の悪いエリスは、一緒に眠って早々服をはだけさせアークにしがみ付くような形で眠りこけていた。17歳となり、女盛りとなった彼女の柔らかな身体を押し付けられたアークは眠る事も出来ず頭を抱える事となる。
「本当にもう少し、自分の魅力を自覚してくれ……」
溜息を付きながら、アークはこれまでの旅を振り返る。
ある酒場では、泥酔したエリスが軽薄そうな冒険者から部屋まで連れ込まれそうになっていたことがあった。
『うははぁ! おぉーい、アーク……ひっく……ちょっと酒飲んでたら酔っぱらっちまってなぁ! そしたら親切なこの人が部屋まで送ってくれるって言うからぁ、お世話になってまーす!』
『ひひひ、安心しろよ、エリスちゃんは俺が隅々まで面倒見て――ぐはぁ!』
『帰るぞ、エリス』
あの時は部屋に連れ込まれる寸前で間に合ったが、もしも助けるのが遅れれば彼女の身体は無事では済まなかったであろう。
また、ある街では。
『おーい、アーク!』
『ん? どうしたんだエリス、その首輪は』
『へへっ、さっきあそこのオッちゃんからタダで貰ったんだ! なんでも付けるだけですげー防御力を発揮する優れものらしいぜ』
『……ちょっとここで待っていてくれ、私からもお礼を言ってこよう』
『おう、じゃあ俺はそこの店で飯食ってるわ!』
彼女が付けていたのは、隷属の首輪だった。
持ち主の意志により、いつでも苦痛と服従を強いる事が出来る違法な首輪だ。
『ぐげぇ!――ゆ、ゆるじでくれ、魔が差しただけなんだ』
『さっさと所有権を破棄しろ。そして二度とエリスに近寄るな、このクズが』
アークは男を痛めつけ強制的に支配権を破棄させる。その後、首輪も処分した。肝心の被害者になりかけていたエリスはとても不満げだったが……。
別の街では、強力な媚薬入りの飲み物を飲まされそうになっていたり。
この前など、領主の愛人になる契約書にサインさせられそうになっていた。
「…………」
無防備なエリスを狙う存在は、余りにも多い。
純粋無垢な善意を向けても、それを欲望で汚そうとする男達には彼女の優しさは届かないのだ。
押し付けられた身体からはとても良い匂いがした。
愛するエリスの、匂い……アークとて男だ。
好きな女性にこんな事をされれば、当然反応してしまう。
だが、彼は不屈の精神でそれを抑え込む。彼女を狙う男達の醜悪な欲望を見て来たからこそ、自分だけは純粋な愛を向けようと決めたのだ。
それでも、時々アークはこう思ってしまうのだ。
もしも――無防備で寝ているエリスを好き勝手に出来たならばどれほど……。
「……本当に勘弁してくれ。私にだって、限界はあるんだぞ?」
腹いせに寝ている彼女のほっぺたをつつくと、可愛らしい反応が返ってくる。
しばらくの間、アークは微笑ましい表情でそんな彼女を見つめていた。