美しき少女
「はぁ、はぁ、……ここまでくりゃ大丈夫だろ」
「クソが、いきなり暴走イノシシに襲われるなんてツイてねぇぜ」
息を荒げ、汗だくで森の中を彷徨うのは2人の冒険者達だ。
港町まで移動する途中、魔物に襲われ森へと逃げ込んだ彼らは、自分たちの運の悪さに悪態をついた。
「とりあえず、街道に戻るのは危険だ。このまま森の中から街を目指そうぜ」
「くそ、喉がカラカラだ、水持ってねぇか?」
「いや、先ほど襲われた際に荷物を全部置いて来ちまった」
「あー、マジでツイてねぇ……」
意気消沈しながらも、2人は森の中を進んで行く。
草むらをかき分けながらしばらく進むと、開けた場所へと出た。
すると、そこには――湖があったのだ。
「ありがてぇ! 天の助けだ!」
「丁度いい、ここで休んで行こうぜ」
そのまま顔を湖に突っ込ませ、2人は喉を潤した。
特に喉が渇いていた方の男が、しばらく顔を水から離さずにいると、先に顔を上げていた男の方から焦ったような声で呼びかけられた。
「お、おい! あれ見ろよ!」
「ぷはぁ! なんだよ、今それどころじゃ――」
余りにしつこく呼びかけられたので、一旦水から顔を離した男が一言言ってやろうと、顔を上げると。
そこには、一糸纏わぬ姿で湖に入っている少女がいたのだ。
太腿辺りまで水に浸からせる少女の姿を見て、案外浅い湖だったんだなーと頭の片隅でそんな事を思いながらも、男達の目は他の部分に釘付けだ。
腰ら辺まで伸びている金の髪はキラキラと輝き、透き通る様に白い肌は、水に濡れた姿と相まって大変艶めかしいものであった。
2人の男はしばし、状況も忘れその光景に魅入られた。
棒立ちで見ていると、やがて少女が見られている事に気づいたのか彼らの方へと視線を移す。儚げな瞳と若干のあどけなさが残る可憐な表情を向けられ、男達は息を飲んだ。
「あ、俺達は……」
「…………」
1人の男は何か言い訳をしようと口を開こうとするも、視線は未だ少女の身体に釘付けであった。もう1人など、無言で息を荒げている。
そんな中、自らの身体を隠しもせずに少女は男達の方へと歩いていく。
少女の行動にぎょっとした2人であったが、悲しい男の性なのか、怪しいとは分かっていても徐々に近づいてくる彼女の魅力的な姿から目を離せずにいた。
手を伸ばせば、その白く美しい2つの果実を掴めそうな位置まで少女が近づくと、突然笑顔となり彼らにこう言ったのだ。
「おっ、こんな所に人が来るなんて珍しいな! お前らも水浴びに来たのか? 今日、クソあっちぃもんな……嫌になるぜ全く」
儚げで清楚な見た目からは考えられないような粗暴な言葉が口から飛び出す。
普通の状況ならば、その事に驚いたかもしれない。
だが、彼らが驚いたのは少女の警戒心のなさだ。
襲われるなどと微塵も思っていない無垢な笑顔を向け、フレンドリーに接してくる彼女に対して男達は。
(なあ、……こいつ、ヤっちまうか?)
(こんな場所には、どうせ誰も来ねぇ……逃す手はねぇよな)
下腹部を熱くし、暗い欲望を滾らせていた。
ゲスびた笑みに変わった男の1人が、穢れを知らぬであろう少女の身体を汚してやろうと手を伸ばした。キョトンとした表情のまま、その場を動かない少女に男の手が触れようとした、瞬間。
「――私の連れに、何をしようとしている?」
後ろから、底冷えするような恐怖の声が響く。
興奮した欲望が一気に冷め、2人が後ろを振り向くと……そこには、美丈夫とも言えるような男が立っていた。
しかし、冒険者を長く続けている彼らは本能的に悟ったのだ。
この男は、とてつもなくヤバい奴であると。
「もし、彼女に何かするつもりなら――哀れな屍が2つ出来る事になるな」
背中の剣に手を掛けながら、死刑宣告が告げられた。
憎悪とも呼べる眼差しが2人に向けられ、無意識に男達は全身を震わせる。
「ま、待ってくれ! 俺達、街道で魔物に襲われてよ。ちょっと迷い込んだだけなんだ!」
「悪かったッ!! すぐに消えるから……勘弁してくれ!」
「……とっとと、行け」
美丈夫の一言を聞いた男達はすぐさま脇を通り抜け、脱兎のごとく駆けた。
姿が見えなくなっても、彼らはひたすら走り続けた。
その様子は魔物に襲われた時よりも、遥かに切羽詰まっているようであった。
***
「エリス! 一体君は、何を考えているんだ!」
「いや、なにをって……なんでそんな怒ってんだよ?」
ただでさえ暑くて嫌になるってのに、うるせぇ奴だなぁ。
つーか、水浴びしてただけなのに急に怒鳴るんじゃねぇよ。
「君は余りに警戒心がなさ過ぎる! 自分がどれだけ魅力的な女性なのか考えて――」
「いや、考えすぎだろ」
ダールみたいな変人ならともかく、俺みたいなのを襲う奴なんかいないってのに……心配しすぎなんだよアークは。大体、この2年間色んな場所を旅したけど襲われたことなんかねぇしな!
むしろ、どこの街でもキャーキャー言われてるてめぇの方が魅力について考えろや。未だにああいうの見せられると腹が立つんだよ、クソがッ。
しかし、アークと一緒に旅に出てから2年か……結構経ったな。
結局、億万長者にも有名冒険者にもなれてないが、今の生活は楽しいぜ。
俺の特殊スキルでアークの奴もめちゃ強くなるのか、どんな魔物でも片付けられるようになったしな。相性ばっちりじゃねぇか、俺達ってばよ!!
たまに、「お前見てるだけじゃん」とか勘違いした事抜かす奴もいたけど、俺が居るからアークはこんなに強くなれてるって事を分かってもらいたいもんだ。
「エリス!」
過去の武勇伝を思い出していると、またアークの怒鳴り声が聞こえた。
俺がだらしない格好とかすると、毎回こんな感じなんだよなぁ。
「まだ何かあるのかよ!? なんだよ!」
「……その、そろそろ服を着てくれないか」
「ん? あっ……」
素で忘れてたわ。
変なモン見せてごめんな……。