ヒロインは俺!?
30歳になった頃、俺は車に跳ねられて死んだ。
青信号だったのに、急に突っ込まれたら回避できるわけねぇべ?
遠ざかる野次馬共の声と共に意識を無くす。即死だったのか痛みとか何も感じる事がなかったのがせめてもの救いかもな。そんなわけで、死んだんだよ俺は。
じゃあ今は天国かって……? それが、違うんだわ。
何しろ。
「今日も遊びに行ってくるぜ、母さん!」
俺は、生まれ変わったからだ‼
いや、この場合転生って言うのか? 詳しい事はわかんねぇや。この世界が何処なのかもわからん。1つ言える事は、第二の人生がまた始まったわけよ。何故か死ぬ前の記憶を持ってな。
なんにせよ俺は俺としての自我を持ったまま、今も生きてる。それで充分だろ?
だけど、ちょっと変わっちまったことも何個かあってな。
まず一つ目は――
「もう、エリスったら……またそんな言い方を。貴女は女の子なんだから、乱暴な言葉遣いをしてはダメじゃないの」
「う、うるせぇ! 俺はこういう喋り方が性に合ってるって毎日言ってんだろ!」
「もっとお淑やかにしなきゃ、カイト君から嫌われちゃうわよ?」
「あいつとはダチだからへーきだって! あんまり心配すんなよ‼」
――今の俺は、性別的に言うと女って奴なんだ。
あくまで性別的にな? 正直、今でも俺が女として生まれ変わっちまったなんて信じられねぇけどな。ちなみに心はバリバリ現役の男やぞ。
んな事を考えながら、出かける準備をし始める。
そんな中、ふと鏡を見ると、そこに映っているのは金髪ロングをした美少女……っぽい何かだ。
俺としちゃ生前の自分を知ってるだけに、この中身が俺であると考えた瞬間から、鏡に映る女が可愛いなどと思う気持ちは欠片も無くなっちまった。
……それにしても、髪も随分伸びたもんだぜ。
もう肩ら辺まで来てるじゃねーか! 邪魔くせぇ。
糞ウザいから切りてぇ気持ちはあるんだけどな。切ると色々うるさく言われるから何となく伸ばし続けている。ロン毛の男の気持ちが良く分かる人生を味わう事になるとは思いも寄らなかったわ。
いつか絶対切るけどな。坊主になって両親を驚かせてやるよ。
二ッと少し悪い笑みを浮かべた後、俺はそのまま勢いよく外へと飛び出した。
***
「あ、エリス。おはよう」
「おっす、カイト‼」
このナヨナヨしてそうな優男は、幼馴染のカイト。
ちいせぇ頃から一緒に居て、何かと行動を共にするダチだ。
性格的には、少し内向的で俺としかあんま話さない内気少年って奴よ。
顔は悪くねぇんだから、もっとシャキッとすりゃ友達一杯できそうなのにな。
ああ、ちなみに俺は見た目と言動がかけ離れすぎてて周りのガキ共からは村八分状態だ。ガハハッ! 笑い事じゃないが、女の子女の子するぐらいならこの方が全然マシだぜ。
「よし、今日も剣術稽古しようぜ、カイト!」
「エリスは相変わらずだね」
「なんだよ、俺が剣を握ったらおかしいとでもいうつもりか?」
「ううん、そんなことないよ。でもエリスって結構華奢な方だから、身体を壊さないか心配で」
「あぁん、華奢だぁ? お前なぁそんなこと! ……あるかもしれねぇけど、そこは男の気合みたいなアレで、な!!」
「エリスは……女の子だよね?」
「う、うるせぇ! いいから、このウッドソードを取りやがれ!」
「ウッドソードって……これ、木の枝……」
「ああもう、こまけぇことは良いんだよ!」
内気な割に細かいんだよなこいつ。
まあ、精神年齢が30+15過ぎのおっさんが木の枝で15歳の少年とチャンバラを楽しもうとしてる方がよっぽどアレなんだけどな。やべ、泣きそうになってきた。
思えば超インドア派の俺は友達も出来ずに、小さい頃に外に出てこうやって友達と遊ぶ行為とかした事が無かったんだよなぁ。
この世界では家に居ても糞つまらんから、こうして外に出てるけどな。
少年の頃に戻ったみたいで、なんだかいいよなこういうの。
……少女になっちまってるのが、本当に残念だ。
もし俺が男なら、カイトの奴とちょっと大人の会話もしてやったというのに。
くっくっく、少年には少し刺激が強い話になっちまうか。
それはそうと、こうして本気のチャンバラが出来るのも俺が住んでいる環境のおかげでもある。
のどかな村の近くにある森の中だからこそ、気兼ねなく叫んだりチャンバラなんて恥ずかしい遊びも出来るんだよ。
「さあ、行くぞカイト‼ 今日こそ俺から一本取ってみろよ!」
「え~、エリスは強いからなぁ」
微妙にやる気の無さそうな上に、隙だらけな姿のカイトに俺は木刀もとい、しょぼい木の枝で痛くならない程度に斬りかかろうとした。
だが――その時だった。
俺の背後の草むらが音を立てたのだ。
「あん? 誰だよ、脅かそうとしても俺には効かな――ッ!?」
どっかの子供が俺を驚かそうとしていると、そう考えていた。
でも、そこに居たのは子供なんかじゃなくて、狼の姿をした凶暴な魔物だった。
「グルルルルルル」
牙の生えた口から涎を垂らしながら、俺を舐めるように見つめてくる。
確かに、魔物がいる世界だとは聞いていた。
でも、ここら辺にはいないって言われたんだ。
だからこそ俺は、カイトを誘って2人で森に来て……。
馬鹿野郎、が。不用心過ぎたんだ。
俺達2人はまだ子供で。
こんな凶暴な魔物の前では、2人とも餌になるのは明白だった。
俺の所為だ。俺だけならともかく、このままじゃカイトの奴まで命を落とすことになる。累計45年生きた俺と違い、あいつはまだ15歳だ。こんなとこで死なせるには若すぎる。
震える全身を必死に抑え込んだ。
年長者として、子供を護る勇気の様なものが僅かに湧いたのかも知れない。
「……俺が囮になるから、お前は村にいる冒険者のおっちゃんを呼んできてくれ」
冒険者をやっていた人が俺の村に住んでいる。
魔物退治なども昔やっていたそうだから、おっちゃんを連れてくればこいつを倒してくれるはずだ。小さな石ころを握って、俺は後ろにいるカイトに行くように合図を促す。
「エリスは……どうするの?」
心配そうな声色で言ってくるが、時間がねぇんだ。
不安げに答えれば、きっとカイトの奴は心配して動けなくなりそうだと思った。だから俺は、いつも通りの明るい声でこう言ってやった。
「もちろん、こいつをぶっ倒してすぐに村に戻るって。安心しろよ、俺はつえ―から、こんな犬っころに負けねぇよ」
恐怖を必死に抑え込み、笑顔で告げた俺はそのまま石ころを犬の化け物に投げつけてやった。決断を早くしないと、怖くて泣いちまいそうだったからな。
「行けよッ! お前が居ると足手まといなんだ! 俺に任せて、早く村に戻れ!」
俺が叫んで森の奥へと走ると、化け物は俺についてきた。
よし、上手くいった。後は……あとは、どうすっかな。
ははっ、考えてねぇや。行き当たりばったり過ぎだろ俺。
ともかく、抗うだけ抗って――
抗う暇などなかった。気づいた時には左腕に強烈な痛みが走り、俺は倒れ込んでしまっていた。
スピードも、パワーも、何もかも勝てるような相手じゃなかった。
「い、いだい゛……ちぐしょう、おまえっ! あぐっ、いだい゛よぉ……」
特に痛みに強くもなかった俺は、本当の少女のように泣いてしまう。左腕は肉が抉られ、右手で傷口を抑えると信じられない程の激痛が走った。
嗚咽と、涙で呼吸が激しくなる中、魔物はゆっくりと俺に近づいてくる。
――――俺を、食べるためだと理解してしまった。
「や、やめろっ……や、やべでくれ……たべないで」
「グルルルルルルル――!」
「ひぃっ、く、くるなぁ……こないでっ! やめ、やめで」
ガチガチと勝手になる歯。肉を抉られ、激しく痛む左腕の傷。
そして、迫る死の恐怖に――俺は。
「し、しにだくない……せっかぐ、また生きられたのにっ……。あ、あ……だれか、たすけてっ! たすけてくらひゃい!!」
みっともなく叫んだ。恥も外聞もなく助けを呼んだ。涙と鼻水を垂れ流し、血の臭いを辺りに漂わせながら。絶叫をし続けた。
だけど、当然誰も来るはずがなく。
じゅるりと魔物が口元を舌で舐め回すと、今から獲物を食べる喜びに満ちたような顔で――俺に襲い掛かってきた。
「くるなぁ、やだ、やめ――――あぁぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
飛び掛かってきた魔物を見て終わったと確信した俺は断末魔を上げながら、目を瞑り震えた身体を丸めた。来るべき激痛。生きながら喰われる恐怖を感じながら、どれほどの時間が経っただろうか。
来るべき激痛も、喰われる痛みも一向に来ない。
それでも恐怖に支配された俺は、目を開ける事が出来なかった。
もし目の前に大口を開けた魔物がいたら。
そう考えると、何も出来なくなっていた。
「もう大丈夫だよ。エリス」
そんな時、安心感のある声が耳元から聞こえたのだ。
聞き覚えのある声に反応した俺が目を開けると。
そこには、木の枝で魔物の首を斬り落としている――カイトの姿があった。
「えっ、カイ、ト? どう、して?」
「エリスが死ぬかもしれないと思ったら急に身体が光り出して、力が湧いてきたんだ。そして、君を傷つけていた魔物を見つけたら頭に血が上って……いつの間にかこうなっていた」
「はは。なんだよ、それ。まるで、主人公みてぇ、じゃん」
「ホントに遅れてごめん、エリス。痛かったよね……すぐに治してあげるから」
息も絶え絶えに話していると、カイトがゆっくりと俺を抱き寄せ肉が抉れた左腕に手をかざす。すると、白い光が走り一瞬で傷が塞がっていった。
明らかに、何かの物語の主役である。
「マジかよ……カイト、お前」
「エリスッ!」
「お、おい、ちょっ、と」
んで傷を治されたと思ったら、何故かカイトの奴から強く抱き締められていた。
めちゃんこ嫌な予感しかしない。いや、助けてくれたのは嬉しかったけどよ。
「気づいたんだ。僕にとって、エリスがどれだけかけがえの無い存在なのかを。君が死ぬかもしれないと思った瞬間。全てが色褪せるような感覚に陥った」
「ま、待てよカイト。俺らはダチだろ? そりゃかけがえのない存在って言われるほど友情を感じてもらうのは嬉しいけどよ」
「……これは友情なんかじゃ、ないよ」
「お、おい……なあ、話を」
「――僕は、エリス。君を愛してるんだ」
「ひぃぃ‼」
「僕の――恋人になって欲しい」
「ひぃぃいいいいいい!」
恐れていたことが現実となった。
いくらカイトでも、野郎のお嫁さんコースは絶対に御免被りたい。
だけど、何故だろうか。
なんでカイトから抱き締められていると、こんなに胸がドキドキするんだ?
それにこいつ、優男みたいだとおもったら結構身体もガッシリしてて――って!
うわあああああ! いやだ、男にときめく男になんてなりたくねぇ‼
うそだうそだうそだ!! 俺はホモなんかじゃねぇぞ!?
メスオチなんて、絶対にしてたまるかッ!!!
テンプレ満載。
とりあえず、毎度のことながら不定期更新です。
それでも良ければ……暇つぶしにどうぞ!