87 全員ここで死ぬんだよ!
広大なその世界には・・・獰猛なモンスターが蔓延り、人々はいつ彼等が襲ってくるかもしれないという恐怖に怯えながら暮らしていた。
だが、山の中に建てられた・・・コルマタ村は違った。
険しき山中にある為魔物の襲撃を受けることも無く、そこに住まう人々の生活は平和そのものであった。
この日も、村人達は村の中心に集まり・・・のんびりと過ごしていた。
「むむむ・・・。」
紫色のローブを纏った怪しげな男が、青い水晶玉を難しい顔で睨み付ける。
その正面では丸々太った婦人が不安そうな目で息を飲んでいる。
そして、男は勢い良く頭を上げた。
「出た、出ましたよ奥さん・・・貴方のダイエットは・・・上手く行きます!」
「あら、本当に!?良かったわあ〜!」
にやぁ・・・っと口紅まみれの唇を緩める婦人。
すると、それを見ていた周囲の人々は次々笑い声を上げた。
「おいおい、間に受けるもんじゃねえよ!」
「そいつの占いは殆ど外れるんだ。信じるだけ馬鹿だぜ。」
「な・・・!!」
ローブの男、占い師は怒りに燃え上がりそうになったが何とかそれを留めた。
(くっ・・・ああそうさ、そんな丸々脂肪をたっぷり貯めたオバサンがちょっとやそっとで改善される訳ない、占いにもダイエットは失敗するって出たよ。・・・でも占いってのは幸せな方へ導いてなんぼだろ?少しは嘘も混ぜてかなきゃ商売にならねえんだよ。)
大きく深呼吸。彼は平静を取り戻す。
だが次の瞬間、ギャラリーの一人が口にした言葉に占い師は爆発した。
「へっへっへ、なんなら占いの結果を逆に考えた方がまだ当たるんじゃねえのか?」
「な、な、な・・・何だとぉっー!!!分かった!そこまで言うなら正真正銘本気で占ってやろうじゃないか。・・・そうだな、すぐに結果がわかるものがいい。明日の村の様子でも見て、天気をズバリ当ててやる。」
そう言うと占い師は目を血走らせ水晶玉を凝視した。
周りの者達はまたその様子に楽しそうに笑う。
「ほーっ、そいつはおもしれえじゃねえか。よしやってみやがれ。」
「そこまで言うんだ、ハズしたらなんか景品を出してもらおうじゃないか。」
「むむむ・・・。え?・・・なんだこれ。」
突然、占い師は動揺した様子を見せ始めた。
そしてすぐにその顔が青ざめていく。
「牙獣族の・・・群れだ。・・・ああ、あああ・・・!!これは・・・!!」
「あん?」
すると、占い師は勢い良く立ち上がった。
邪魔なローブを剥いで大きな声で叫ぶ。
「大変だ!!明日魔物の群れがこの村を襲い来る・・・!!みんなみんな殺されちまう、今すぐ逃げないと!!」
「はあ?何言ってやがんだ。この村は山のど真ん中にある、魔物の襲撃なんか受けた事ねえだろ。」
「ああ、でも今回は違うんだ!!奴等はかなり上位の牙獣族なんだ・・・賢く、山を登るくらいどうってことない。むしろそれで俺達が油断してると分かってるんだろう。」
迫真の表情で言う占い師だが、次の瞬間皆は笑いの渦に包まれた。
「おいおい、冗談ならもっと楽しい物にしてくれよ。」
「お前さんのホラ話は嫌いじゃないが、あんまり縁起でもないのは関心しないな。」
「嘘じゃない!!・・・いや、嘘を付いた事もあった。でも今回の占いは本当なんだ!!頼む、信じてくれ・・・。」
崩れる様に項垂れる占い師。
皆は笑うのを辞めると深く溜息を付いた。
「・・・行こうみんな、休憩はこの辺にして仕事に戻ろう。」
明日はもっと面白い話を聞かせてくれ。
そう言うと皆は散って行った。
「違う・・・本当なんだ、信じてくれ・・・。」
掠れる様な声で占い師は絞り出した。
・・・暫くしてから、彼はまだ誰かが自分の近くにいるのに気付く。
ヴァルマルスが無表情に彼をじっと見ていた。
「なんだあんたは。この村の住民じゃないな。・・・へへっ、聞いてただろ、とっととこの村から離れた方が良いぜ。」
「・・・ああ。だがそれがわかっていながら、お前はそうしないのか?」
「そうだな、こんな俺の事をインチキ野郎扱いする村なんて放って置いた方が良いかもな。・・・でも、嫌いじゃないんだよ。どんなに嘲る事はあっても、ここの連中は俺を村の仲間と認めてくれるんだ。」
ゆっくりと立ち上がり、占い師は服に付いた砂を払った。
「占い師なんてのは嫌われ者だ。真実の過酷な未来を伝えればデタラメ扱い、虚構の幸せな未来をでっち上げても結局は後で嘘つきと呼ばれるだけ。・・・散々な目に遭ったよ、各地を追われ・・・牢にぶち込まれる事もあった。」
「・・・そしてこの村へ来たのか?」
「ああ。そしてこの村でも嘘つき扱いは変わらなかったが・・・それでも奴等は村から追い出したりはしなかった。それはそれでひょうきん者として受け入れてくれたんだ。おかしな奴等だろ?・・・でも良い奴等なんだ、だからどうしても・・・死なせたくない。」
「・・・。」
ヴァルマルスはそれをじっと聞いていた。
するとそこで占い師はハッとした様に照れると、慌てて水晶玉を手にした。
「へへっ、らしくねえ。・・・そうだ、あんたも俺の事が信じられないってんなら一つあんたの事を占って言い当ててやる。そしたらとっととこの村から出てくんだぜ。どれどれ・・・。」
じっと水晶玉に意識を集中する占い師。
だが彼はここでまたしても・・・いや先程以上に、動揺の顔を浮かべた。
「あ?なんだあんた・・・!?どうなってやがる、若かったり老いていたり・・・過去の記憶が滅茶苦茶だ。まるで何度も何度も人生を繰り返しているみたいに・・・!」
「・・・っ!」
その言葉にヴァルマルスは一瞬驚愕の表情を見せたが、すぐにそれを隠すようにくるりと背を向けた。
「何を言っている・・・何度も人生を繰り返すだと?そんな事がある筈無いだろう。どうやらやはりお前は嘘つきの様だな。・・・まあ、言われずとも消えてやるさ。俺には関係の無い話だ。」
「ああ、待ってくれ!あんたは・・・!?」
しかし占い師の声も聞かず、ヴァルマルスは何処かへ走り去ってしまった。
それから・・・占い師は再び村人達に懸命の説得を試みた。
が、やはり彼等は話を聞き入れる様子は無い。
仕方なく占い師は魔物の襲来に備える道を選んだ。勝てる筈は無いが、それでも何もせずに村の者達がやられるのを見ている訳にはいかなかった。
武器替わりの農具を集めて、村を即興のバリケードで覆う。
当然それは一人でこなせる作業の量では無かった。
深夜になっても半分も終わらず、彼は疲労困憊だった。
(うっ、しまっ・・・!!)
ふと足を滑らせ転びそうになる占い師。
そんな彼の体を誰かが支えた。
・・・それは村の住民だった。
見ると、一人ではない。
沢山の村人達が農具を手にしていた。
「ちっ、仕方ねえ・・・今回だけお前の嘘に付き合ってやるよ。みすみす村を明け渡すのも癪だしな。その代わり嘘だったらひでえぞ。」
「みんな・・・!!」
そしていよいよ来る夜明け。
なんとか完成させたバリケードの中で、村人達は武器を構える。
敵の襲来に息を飲みながら・・・。
・・・。
・・・。
・・・。
だが、いつまで待っても魔物の群れは来なかった。
「何でえ、なんも来ねえじゃんか。」
「んだよ・・・やっぱりまた嘘か。」
呆れ出す村人達。
武器を下ろし始める彼等の中で、占い師だけが緊張を続ける。
「待て、待ってくれ!!奴等は間違いなく山のふもとから来るんだ。変だ・・・様子を見てくる。まだ警戒を解かないでいてくれ!!」
そう言うと彼は山から駆け下りて行った。
おかしい、嘘つき扱いされようとも自身の占いは外れた事はない。
そう思いながら走る占い師は・・・『それ』を見つけた。
最初は一つ、二つ・・・やがてその数を増していき・・・最終的に百近くを占い師は確認した。
牙獣族の、死体だ。
そしてその中に、一つだけ傷だらけの人間の死体が混ざっていた。
恐らく彼がこれをやったのだろう・・・たった一本の剣を握り締める彼の手には、『87』の文字が刻まれていた。
占い師は理解した。彼はきっと命を懸けてこの村を守ったのだ。そしてまた次の世界に旅立っていったのだろう。・・・占いで見た、彼の過去の様に。
「何だよ、何が嘘つきだ・・・。嘘つきはお前じゃないかっ・・・!!」
わなわなと震えながら、占い師は叫んだ。