1 暗い・・・余りにも
何も思い残す事なく、ヴァルマルスは息を引き取った。
・・・はずだった。
どういう訳か、彼はまた目を覚ました。
それも今まで居た所とは明らかに違う、モヤに包まれた様な妙な場所でだ。
そしてそこにいた・・・神の一人だと名乗る少年は説明した。
死んだ筈のヴァルマルスの身に何が起こったのかを。
「おめでとう、君はまだ死なずに済むぜ。『異世界転生』・・・つまり、君は新たな命を与えられて別の世界でまた生まれ変われるって訳さ。おまけに思うがままの好きな力を一つ手にしてね。きっと夢のような人生をやり直せると思うぜ。」
「・・・。」
疑問をぶつけるでも歓喜するでも無く、ヴァルマルスはただ俯いた。
まるで厄介事にでも直面した様に。
「なんだよ、浮かない顔だな。こんないい話無いだろ?望みを言ってみろよ、ある程度の制限は付くかもしれないけど、最大限叶えられる力をプレゼントするぜ。」
しかしヴァルマルスは黙ったまま何も答えようとはしなかった。
死ぬ時も、何も悲しくは無かった。何の望みも未練も無かったのだから。
だから今・・・何か願いがあるとすれば・・・。
すると少年は、何かを察した様に笑った。
「あくまで黙りか、よっぽど転生が気に入らないのかな。・・・ああそうか、分かったぜ。君・・・死にたいんだろ?」
「・・・!」
心中を看破され、無表情のヴァルマルスの顔は僅かに揺らいだ。
「ははは、なるほど。そりゃあまた根底から異世界転生自体が間違ってるって事ね。・・・まあ、『死ぬ事が望み』ってのは大して難しい願いじゃないさ。漠然とした力とかを求められるよりはずっと簡単に叶えられるよ。」
少年は目を閉じると無邪気な顔で続けた。
「・・・いいよ。ぴったりの力をあげよう。本当にそれで願いが叶うかは君次第かもしれないけど。まあ・・・きっと呆れるくらい叶うよ。」
すると突然モヤだらけの空間は歪み始めた。
「さあ、じゃあ行こうか・・・素晴らしい異世界ライフを満喫してくれよな。グッバイ・・・。」
気が付くとヴァルマルスは、また更に別の場所・・・いや、世界にいた。
未知なる生物や全く異なる文化・・・更にはこれまでの世界では考えられぬ様な特異な力が存在する世界だ。
そしてヴァルマルスにはその世界で活躍するだけの力があったのだろう。
・・・しかしそのどれもがヴァルマルスの心を動かす事は無かった。
彼はもう生きる事など望んではいなかったのだから。
生きる事はあれほど困難だったのに、その逆を手にするのは余りにも簡単だった。
ほどなくして・・・ヴァルマルスは二度目の生涯を終えた。
・・・。
だが、話はこれでは終わらなかった。
またも目を覚ましたヴァルマルスは見覚えのある空間にいた。
モヤのかかる、居心地の良い様な悪い様な不思議な空間。これは・・・。
「初めまして、ヴァルマルス。女神・・・私の存在を指し示すにはその言葉が妥当でしょう。この度貴方は・・・。」
しかし、ヴァルマルスは言葉を遮りいきなり女神の両肩を掴んだ。
「わあっ!?何ですか!?」
「『異世界転生』か・・・!?」
「え?ええ、その通りです。これから貴方に起こるのはその異世界転生です。しかし何故貴方がそれを・・・。」
「既に俺がそれを一度経験しているからだ。・・・つまり、俺が死ぬのはこれで二度目という事だ。」
「な、何を言っているんですか?・・・異世界転生できるのは、どんな者であろうと一回きりのはず。長い神の歴史の中でそんなイレギュラーな事態が発生した事は一度も・・・。」
しばらく悩んだ末、女神は再び口を開いた。
「いや、もしかすると・・・。貴方は死ぬのは二度目だと言いましたね。では、最初の転生の際に神に何を願いましたか?」
「何だと・・・?」
神に願う事、それは死ぬ事だった。
そして神はそれが叶うぴったりの力を与えると言った。
悪戯な・・・笑みを浮かべながら。
(まさか・・・!)
ヴァルマルスに一つの仮定が浮かんだ。
神は願いを屈曲させて叶えたのかもしれない。
彼の望みを・・・『死による終わり』では無く『死ぬ事自体』と捉えて。
すぐに、湧いた疑惑は確信に変わった。
「神が俺に与えたのは何度死んでも生まれ変わる力か・・・!何度でも死を味わえる様に・・・!」
自身の考えを確かめるべく、ヴァルマルスは再び新たなる世界に降り立った。そして、命を絶った。
それが誤りである事を願っていただろう。
だが思いは虚しく・・・彼は再びモヤのかかる空間で目を覚ます。
「ホッホッホ、我は神なり。少年よ、随分と浮かない顔をしているがもう心配ないぞ!オヌシは新たな世界に生まれ変わり薔薇色の人生を送り直す事が出来るのじゃ!!」
「・・・何でもいい、早く送ってくれ。」
陽気に話す神と名乗る男とは裏腹に、ヴァルマルスは静かに答えた。
・・・。
それから・・・ヴァルマルスは終わりを迎えるべく何度も生まれ変わり続けた。
繰り返す転生の中で自身を見失わないように、手の甲に転生した回数を刻み付け、父が与えた『ヴァルマルス』の名前だけを胸に抱いて・・・。
異世界転生には様々な法則があった。
転生の際には神に一つ能力を渡される。そしてその力はその世界で死した時消えた。消えないのはこの永遠に生まれ変わる呪いのような力だけだ。
どんな環境に転生するかはランダムである。見ず知らずの家庭の赤子としてゼロから産まれることもあれば、一定の年齢から全くの他人の人生を引き継ぐ事もある。
そしてまるで突然湧いたかのように森の中などに降り立つ事もあった。
だが肉体自体は元々の体のままだった。同じ成長をし、同じ姿形となる。
そしてヴァルマルスの力は転生先に関わらず元々いた世界の頃のままだった。
どうやらヴァルマルスの元の世界は異世界の中でも強い方の様で、これにより転生した世界の人々の力の平均によっては無敵にも近い力となる事もあった。
それらを踏まえた上で、ヴァルマルスは死を目指した。
死に方を変えたり死ぬ年齢を変えたり。
何か特定の目的を成さねばならぬのかと世界を救ったり、あるいは仇なす者として討たれたり・・・。
いっそあらゆる繋がりを持たなければと洞窟の奥地で孤独に一生を終えた事もあった。
とにかく、思い付いた事全てを。
・・・だが何をどうしようと・・・ヴァルマルスが永遠の眠りに付くことはなかった。
そして終わりを諦めた繰り返す転生の果てに・・・彼は一つの答えに辿り着いた。