七十六日目、チチ ハハ イエニ カエル。
この間は取り乱してすみませんでした…。
「…はぁ…」
私は目の前にあるフォトグラフィー集に再び目を落とした。
そこには、幼き日から見守り続けてきた、お嬢様の姿があった。
「…お嬢様…あの頃よりご立派になられましたね…」
そんなことをふと思っていたとき、
ぶぶぶぶぶぶぶぶぶ! ぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶ!
ぴっ。
「…はい井宮です。―――え? ほ、本当ですか!? ―――はい。―――はい。わかりました。お嬢様をお連れして、今すぐそちらに向かいます」
「…と、言うわけでお嬢様。今からお屋敷に行きましょう」
「何がどういう訳か全然わかんないんだけど」
そう言いながらもリヤカーで移動中。今回は活動が休みでよかったです。
「…家に旦那様と奥方様が帰られているそうです」
「田中さん!! スピードもっと出して!! 制限速度は気にしない方向で!!」
んで。
制限速度を大幅に無視して帰ってきた。
そして家の中へとはいると…。
「しぃぃぃぃぃぃーおぉぉぉぉぉぉぉぉーん!!!!!」
「てぇぁっ!!」
「ノブシっ!!」
ちょび髭の茶色のスーツで赤色のネクタイ、ワカメな頭の旦那様…柊臙脂さまがいつものごとく紫苑様の鉄拳を食らって仰向けにKOされました。
ま、いつものことなので気にはとめませんが。
「…くくくっ…腕を…あげたな…紫苑…。幼い頃には…三十センチしか…とばせなかったのに…」
「あらあら? お父さん? ついにマゾに目覚めたのかしら? このままちょうどいいから昌介のところに郵送で送ろうかしら?」
「うわーん!! 朱鷺ぃぃぃぃいい!! 娘がついに反抗期に入ったよぉぉぉおおお!!」
「…いつものことでしょう」
私はあきれながらも腰のあたりにしがみついた旦那様をはがした。あぁ…服が…旦那様の訳のわからない液で穢れてしまいました。
…新しいのを買わなければ。
「ちょ…朱鷺さん!? いまなんか…いやな思考が頭の中にダイレクトで流れ込んできたんだけど!?」
「…それは旦那様の被害妄想です」
「絶対ちがうぅぅぅうううう!!!!」
「ほらほら、お父さん。いい加減に静かにしてくださいねぇ? …あまりにもうるさいと、その口、縫いますよ?」
そしてどこからともなく紫苑様を少し大きくなさられたかの容姿を持つ、まさしくトップモデルがごとき容貌を持つは奥方様の柊浅葱さま。
この容姿で世界各国の首脳や、一国の王子にプロポーズをされたとか。まさしく、世界三大美女のうちの一人に加えられるはずだ。
「あ、浅葱ぃ!? す、スマン…」
「わかればいいんです。わかれば」
「お母さん! お帰り!!」
「ただいま。紫苑。寂しくなかった?」
「うん!」
「よかった…」
と、ここまではいい感じになってきている。
さて…もうそろそろお昼ご飯の時間ですね。仕込みをしなければ…。
と思って立ち上がり、厨房の方に出かけようとしたとき、
「あ、井宮さん? 今日のお昼は外食にするから、準備はしなくていいわよ?」
「…左様ですか」
「ならば! 私が超絶においしいフランス料理の店に連れて行って」
「行かなくていい」「それ以上無駄口をたたいたらその口、接着しますよ?」
「…朱鷺さん…一緒に…食べに行く…?」
「結構です」
「間髪入れずに言ったぁぁぁぁぁああああ!?」
滝のような涙を流しながら臙脂様は屋敷の奥へと行ってしまわれました。
まぁ。静かになりましたね。
「やっぱり日本に帰ってきたらこれよねぇ!」
「お母さんこればっかり食べてるよねぇ…?」
「…奥方様。高カロリーの食事は肌に悪いと思われます」
「いいのよ。今からその分運動するんだから…すいませーん。おかわり」
「はいっ! …牛丼追加ぁぁぁぁぁあああ!!!」
「牛丼追加ぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!」
「牛丼どんどん追加ぁぁぁぁぁぁああああ!!!」
ここはアサギ屋。
奥方様が紫苑様に頼んで柊グループ食品部門の第一番目に開かれたお店でもあります。
牛丼は国産、輸入、何であろうとも入ってきています。副業で肉のバラ売りも行っているんだとか。
ちなみに奥方様の隣には牛丼のお椀がすでに五つほど重ねられています。
「ん〜♪ おいし。やっぱり牛丼は日本の物が一番いいわぁ」
「そうなんだ…」
「外国の物は、ちょっと甘かったり、辛かったりするけど、日本の物が一番ね!」
…一応読者の方に断っておきますが、このことについては私もあまりよく知りません。あくまで奥方様個人の意見です。あしからず。
「お母さん…食べ過ぎじゃぁ…」
「んー…でもねぇ…さすがに食べ過ぎだったかしら…?」
…奥方様。
さすがにお椀が天井につくほど食べる(約三タワーほど)のはさすがに異常かと…。
これだけ食べてよくあの体型を維持できるものですね…。
「よーしっ! 運動するわよー!」
「「おーっ」」
と言うわけで以降の移動は車(さすがにリヤカー移動はまずいので東京フレン○パークで当てたパジェロ)ではなく、歩きになった。
しかし…。なぜにこの人は太らないのだろう。
私はおもむろに自分の胸と、奥方様の胸を見比べてみた。
「大丈夫。井宮さんには、井宮さんなりにいいところを持っているから」
…紫苑様。それは私とご自分の胸を見比べてから言ってくださると、うれしいです。
「やっぱりお買い物は楽しまなきゃねぇ!」
「うん!」
そう言って私たちは大手ショッピングモール(無論柊グループ所属)で買い物をすることにした。
まずは服。
「どうかな? 井宮さん。似合うかな?」
「…すてきです。お嬢様」
白いワンピースと麦わら帽子…!
清楚で可憐さがさらに引き立てられ、まるでそこには一粒のダイヤモンドが…!
「井宮さん? これはどうかしら?」
「…意外さがあって、すごいですね…」
革ジャンにワイシャツ。ジーンズにサンダル。
この人は普段はそんな格好はしないのだが…。
でも。何というか…こう…似合っている。いつものぽわぽわ感が漂っておらず、シャキーン!! としている感じである。
「さて…井宮さんも着替えないとね?」
「…え? い、いや…私はこちらの方が勝手がいいので…」
「遠慮しない、遠慮しない!」
そして私はいつものメイド服から無理矢理チェンジされた。
今現在着ている服はTシャツに短めの破れたジーンズ。そして髪は後ろにポニーテールでまとめられており…って…ちょっとまずくないですか? これは…。
「…井宮さん」
「…なんでしょうか。紫苑様」
「…神○火織って知ってる?」
「…ここはあえて、存じていません」
「…うん。ならよかったよ…」
「あらぁ。そこにおるんは、アサちゃんやないかえ?」
「あーっ! 嵐子ちゃん!!」
ちょっと休もうと喫茶店にふらりと行ってみたら、いつぞやの昌介様の家に遊びに…もとい、お見舞いに行かれたときに会われた萩嵐子様と昌介氏がいた。
さすがに二人とも、ラフな格好…ではなかった。
「嵐子ちゃん着物好きだねぇ」
「これ着ていると、心がおちつくんえ」
「そうなんだぁ」
「ぼそぼそ)紫苑、母さんと浅葱さん、知り合いなの?」
「ぼそぼそ)嵐子さんはお母さんと同じ大学のサークル仲間よ」
「そうそう。嵐子ちゃんコーラスに行ってたよねぇ」
「あの頃はええ思い出どすなぁ」
「うんうん。たまに銃持った人たちが押しかけたりしたよねぇ」
「あの頃は大変やったなぁ…」
…いったい何を経験したのだろう。
「…旦那様。ただいま戻りました」
「ご苦労様。朱鷺さん」
…旦那様が仕事モードだ。何を話すのやら。
「朱鷺さん。この間柊グループの倉庫から研究サンプル第三十六番のノートが無かったんだ」
「…この間、それにまつわる事件を報告はしたはずですか」
「あぁ…それだけならまだいい。ただ…」
「ただ?」
「その他にもいろいろな研究サンプルが無くなっているんだ」
「なっ…!?」
私は驚愕せざるをえなかった。
何せ柊グループの特別研究管理金庫にはごく限られた人間しか入ることができないし、厳重な警備システムだって起動している。
そんな編み目の中を…何回も行き来した…?
「…井宮さん。私たちはまた、出かけてくる。早いうちに戻ってくるかもしれないがね」
「…左様ですか」
「もしも、紫苑が危ないことに首をつっこもうとしたときには…」
「存じています」
私は間髪入れずに旦那様を見つめた。
「私の命に代えても、紫苑様はお守りします」
旦那様は口をゆるませ、
「…それを聞いて、安心したよ」
穏やかに言った。
「あ、そうだ。近々新しいメイドが入ってくるかもしれない。そのときには、井宮さん、頼むよ」
「…わかりました」
私は浅く礼をした後、旦那様の部屋を出て行った。