百三十六日目、もう一人
四字熟語じゃねぇ。当てはまるモノなかったんだ。
「ホントウニ? オワッタノ?」
不意に誰かの声がした。
どこから声がしたのか見てみても誰もいない。次第にくすくすと笑い声がしてきた。
「いやですわ。私はここですわよ、兄さま。」
「なっ!?」
声がしたのは桜田の方。
しかしてそこに桜田は立っていなかった。
いや、正確には桜田が確かにいたんだけど桜田が立っていたんじゃなかった、っていったほうが正しいか。
「ああ……兄さま……!」
桜色だった髪は、烏の濡れ羽色のように真っ黒となっていた。
それどころか、体の色も白だったのが少し黒くなっている。
全部が、黒い。いや、性格は見たところ黒くないが。
「さ……さく……ら……」
「にぃぃぃ――――さぁぁぁ――――まぁぁぁ―――――!!!」
満面の笑みでこちらに駆け寄り、そして抱きしめる。
うぉっふ……これは……!
(すさまじい……胸の……圧力!!)
せ、成長している、だと……!? この娘、できる!
「兄さまっ! 兄さま兄さま兄さま兄さまっ! 会いたかった、ほんとに会いたかった!」
「お、おい、お前は…………一体……」
「私のことはどうでもよくて……兄さま、本当に、」
とりあえずこの娘っ子を引き離そうと力を込める。
「ちょ、とりあえず、は、離れろ! はーなーれーろーっ!」
「離したくても離しませんわ! 兄さまと私はずっといっしょですもの!」
「だとしてもこれじゃ動けねぇだろーがっ!」
とりあえず離す。うぉう……すごい馬鹿力……。
「んで、お前は何者なんだ?」
「何者とは失礼ですわね。私は『桜田ハル』ですわ。」
「……いや、普通の桜田はそんな話とかしねぇから」
「え? ……ああ。」
桜田(黒)は納得したようにぽんと手を打ち、
「もといた人格の桜田ハルでしたら、もういませんわよ」
「……なに?」
「元々いたあの人格は、不安定でしたの。この体が持っていた力も、上手く制御できませんでしたし。」
「もといた人格はどうなった?」
「消えましたわ。きれいさっぱり」
※――――
(「うぇぇぇぇぇぇぇえええええええええええええええええええええい!?」)
私はちょ、さっきからカルチャーショックばかり受けてるんですけど!? ていうか何であの私動いてるの!? まさかの別モノ!?
ていうか私消えてるんですかーっ!?
「きえ……た……?」
「ええ。ですから私が、」
「ふざけるな」
「……はい?」
「ふざけるな、と言っている」
会長が珍しく静かな口調だ。
「いいか、俺が連れ戻しに来たのは、かわいげのねぇ胸だけでかい桜田ハルであって、お前のような胸は大きくてもかわいげのある桜田ハルを連れ戻しに来た訳じゃねぇんだ」
胸だけでかいってどういう事だ。
と、胸を押さえつつ反論。
「ですが、消えてしまったものを元に戻すわけにはいかないでしょう? 消えてしまったモノは消えてしまった。そう受け入れるしかないんですの。」
こいつマジで殴りてぇ。
「でも、お前が嘘をついている、となったら?」
「そんなことより、私を本物と認めてください。じゃないと、私は私では無くなるのですから。」
そんな事ってどういう事だ。そんな事って。こっちは人格消える一歩手前なんだぞコラ……ってうぉぉい!
「兄さまに本当に会いたかった……。」
気づけばあの黒いの、胸のリボンほどいてねぇか!?
「な……?」
「あの女が兄さまに殴る蹴るの暴行を、あの女の目線で見ていた際は、どう殺してやろうかと思いましたわ。」
わーわーわーっ!
そろそろ最終回手前だというのになんだこの露出シーンはーっ!
「ですが、今この体は私のもの。もう、じゃまをするあの女はいませんわ……兄さまが受け入れてくれないというのであれば……。受け入れてくれるまで、攻め続けてあげますわ。」
そう、と続ける。つーかいまかちって音しなかったか!? なぁ! まさか……!
「か・ら・だ・で♪」
(「ここは健全な非18禁の世界だぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああっ!!」)
見ればブラジャーとってるし!! だめだってそんなことやっちゃ!
「……どんなことをされても、お前は桜田じゃねぇからな」
「まだ、納得してくれませんの? 私は、あなたを愛しているというのに。」
気持ちわりぃぃぃいいいいいい!! 気持ちわりぃよぉぉぉおおおおおおお!! 耳がっ! 耳が腐る!!
「……悪いんだが、俺はお前を好きになれないな」
「そんな……。」
あ? 何なんですか、これ? どこのラブモノですか?
「だから」
「なら、兄さまに強制的に私を桜田ハルだと認識しないといけませんわ。」
「は?」
やぁぁめぇぇぇろぉぉぉおおおおおお!!
そうつっこみながら私は私の体につっこんでいく!
すると。
※――――
「…………?」
桜田の体が止まった。
いや、静止した、と言った方がいいか。まるでビデオの一時停止をリアルで見ているようだ。
「にしても……」
さっきの桜田……あれはもう一人の桜田、ってことでいいのか?
でも……。
「受け入れろ、か」
一つ、つぶやいて、
「やっぱむり」
結論を出した。
※――――
「…………ここは?」
窓を見てみると、夕方。すでに烏が鳴いている。
どこかの空き教室なんだろうか。黒板が暗く、そして夕日によって明るく映し出されているところがある。
床はリノリウムではなく、フローリング。ここはまるで……。
「学校じゃん……」
どういう事? と思っていたら。
「ここはあなたの精神世界ですわ。」
背後からした声にはっとなり、振り向くとそこにはあそこにいた黒い私がいた。
……ぐむむ。
「? どうしたのですの?」
「いや、こうやってみると、少しばかりそっちが大きいなぁ、って……」
「まあ。」
優雅に微笑む私。くそう。なんなんだ、こいつ。すごくむかつく。
「それはともかく、精神世界って?」
「文字通り、あなたの頭の中ですわ。普段なら雑多なものが多く転がっているのですが、今は……台分ときれいな状態ですわね。」
むぅ。まるで私の頭がごちゃごちゃしているみたいに言うな。
「まぁ、どの頭の中もごちゃごちゃしていますが。」
「そうなんだ。……そういえば、体はどうなってるの?」
あれから目を開いてみたらここにいる訳なんだから体の方はどうなっているのか。
会長が変なことを働いていなければいいんだけど。
「とまったままですわ。なにぶん、一つの体に二つの人格が乗っている。上にもともと一つ余計な力が乗っかっている訳なのですから体がオーバースペックで止まってしまった。俗に言うパソコンのフリーズ状態のモノですわ。」
そうなんだ。
「何はともあれ、完全に消滅していなかったのですね。」
「消滅かなんかはしらないけれど、ずっと空中浮遊してたよ」
少しばかり私死んだのかとばかり錯覚したけどね。
と小声で付け足した。
「にしても……なんで消えていなかったのですの? 私がきちんと入念にやっておいたはずなのに。」
「知らないよ。でもね」
私は目の前にいる私に言った。
「私はもう、私の偽物なんかに負けない。私が桜田ハルなんだから」
「……どうやら何か、勘違いをしているようですわね。」
「なにおぅ!?」
ふぅ、と目の前の私は嘆息を吐いた。
「私は偽物なんかではありません。正真正銘、混じりっけ無しの桜田ハルですわ。」
「なっ……わ、私、そんな口調じゃない!」
「でも私は本物。……ううん。言ってみれば私はあなたの本心、ということなのかしら?」
「本心?」
そう、と、目の前の私はまたうなずく。
「私はあなたが本当にしたいこと、やりたいことができる。私は本当の私。だから体は私のモノなのに……なんであなたが使えるの? 不公平じゃない。」
「だって、私が本物だもん」
「だから私も本物……はぁ」
あ、なんかすごい馬鹿かこいつと言わんばかりの目をされた。
「まあいいですわ。要はあなたに消えてもらうだけですし。そんなわけで……消えてくださいませんか?」
「嫌だね」
私が構えたときにはすでにもう一人の私は、
「……あれ?」
いない?
「こっちですわ。」
後ろに回り込んでいた。
「ぐげっ」
そのままちょっとのけぞり、すぐに後ろを向いた。
けど、やっぱり誰もいない。
「な……なんで?」
「こっちですわ。」
また後ろから攻撃。
のけぞる。
振り返っても相手はいないの繰り返し。なら。
「目をつぶってみよう」
目に頼らずに、少し気配だけで相手を探ってみることにした。
…………
………
……
「アホですの?」
「ぎゃふっ」
思いっきり真正面から蹴りをかませられる。その調子で壁にぶち当たり、肺から空気が漏れる。
くそう……。
「はぁ……弱い。弱すぎますわ。あなた。こんなモノが私だなんて……幻滅にも程がありますわ」
「ぐぅ……」
でも。
「そこにいるんだよね?」
「え?」
惚けている間にがっと私に組み付く。
「くっ……!?」
「へっへっへ……厄介だったんだよね、こうやって目に追いつけない人を探すのって」
要は缶蹴りだ。見つからないなら獲物をむき出しにする。かっさらおうとした鬼を見つけて一網打尽にする。
「これで、見つけた」
「でも、あなたも動けませんわよ?」
「あ……」
そうだった。
「おばかさん。」
もう一人の私は飛び上がる。私も同時に倒れ込もうと落ちるが、その前にもう一人の私によって上に蹴られる。
私の体は天井にぶつかり、そのまままた空気を絞り出して床の上に落ちる。
「馬鹿ですわね。私を見つけられたことは賞賛に値しますが、私を倒さなくては意味がないでしょう?」
ぶっ倒れて動けない私に私は話しかけてきた。
「とにもかくにも、ここであなたは倒れていなさい。――これで、終わりだから」
そう言って手刀を突き出す。確かに人一人蹴られる力があるんだからそんだけの力で胸をえぐられたらたまったモノではない。
……これで、
「終わりですわ。さようなら。姉さま」
――終わりなのか?
「なっ!?」
私は突き出された手刀を胸に来る寸前でつかんだ。
そうか――。そうだよね。
「ま、まだ立てるんですの?」
「うん」
「くっ……こうなれば、徹底的に倒して、立てなくなったときに」
「いいんだよ」
「あなたを倒し……え?」
「いいんだよ。そんなことしなくても」
悟った。
だってあの子……。
「私を今、姉さま、って呼んだよね?」
「え? あ……」
「そっかー。おねぇちゃんだったのかー、私」
しみじみ考える。そうかー。姉かぁ。やべ、なんか超いい感じ。
「ち、違いますわ。私はあなた、あなたは私なんですの! ですから、姉とか妹とか……」
「でも、あなたは私の後に生まれたんだよね?」
正確には私の中で、だけど。
「う……」
「だったら、おねぇちゃんの言うこと、聞けるよね?」
「うう……」
私は何も言えなくなってとりあえず抱きしめた。
「え……?」
「ちょーっと超展開だけど……。いいよね」
「え……え?」
「昔から言うでしょ? 姉妹仲良く、って」
「え……あ……?」
「だから、喧嘩しないで。もうどっちが消えるとか、そんなのどうでもいいから」
「う……うう……」
私は私に優しく言い聞かせ、そのまま頭をなでた。
「だから……帰ろう?」
次回は、いよいよ……?