百三十二日目、阿鼻叫喚
阿鼻叫喚……阿鼻地獄の苦しみを受けて泣き叫ぶ事。
(転じて)地獄のような悲惨な状態の事。
または、非常な苦しみに落ち込んで叫び、救いを求めるさま。
阿鼻地獄とは無間地獄ともいい、仏教で言う八大地獄の最も苦しい第八。
猛火や熱湯に絶え間なく責められるという、最下最苦の地獄。
……え? 何でこれを使うのか? しかもなんか意味ちがくね?
……気にしたら負け、だと思いたい……。
ギリギリと鋼鉄がこすれあう音が聞こえてくる。
それを見ていた私は嘆息をする。
これが、ウメの弟子か、と。
やはり無理矢理にでも彼を引き留め、実験に協力させれば良かったか、と今頃になって後悔していた。
別に、私にとっては人が死のうと関係はない。自分が作り出したアレが、どこまで通じるのか試してみたかっただけ。
幼い頃から私はモノを作ることに長けていた。
彼が作ったモノはとかく丈夫にできており、壊れる、ということがあまりなかった。
だからモノ作りに携わる仕事をしてみたい。その思いからこの場にいる。
強く、頑丈。
それこそが私の理念だった。
「……そろそろか」
もうそろそろ予定では向こうの部屋の最終調整に向かわなければならない。
そこでは一応私の雇い主……春山基が今か今かと首を長くして待っている。
もともと、この催し物は私が無理を言って承諾してもらえたもの。
承諾をもらったとき、雇い主は一言、
「……じゃあ、とびきり頑丈なモノにしておいた方がいいね。彼が本気を出したらおっかないから」
と言っていた。
だから今回も鋼鉄に鋼鉄を重ね、さらに固く、堅く、硬くした金属だ。
……まあ、頭部を破壊されたことは素直に驚いたが。
それでも、アレを壊すまでには至らなかったようだ。
「……がっかりです。秋原雁且」
彼女も所詮、それまでだったという事……
ばきゃり
※――――
「あー……耳が痛い……鼓膜破れてないですよね……?」
少しふらふらしながらエレベーターから無事に脱出をして、地下通路を走ってます。
「早いところ会長さんに追いつかない、と……」
開けたところに出たとき、そこにあったのは……。戦場。
ただ、多数対多数ではなく、
一人対一体でした。
一体の方は足は力任せにもがれていて、どこからか電気っぽいのが走っていて……。
その下では見覚えのある黒い服の人が……。
「――って、雁且さん!?」
急いで駆け寄ろうとしたとき、背中に嫌なモノが走りました。
何でだろう。震えが止まらない。
というか、ほんわかとしたコメディー小説には似合わない位の嫌な感じ。
どこかで感じて……また、殺意の一片もない、純粋な破壊の心が伝わってきて……。
とにかく、めがっさこわい。あれ、雁且さんですよね?
「……おや?」
雁且さんがこちらに気づいたのか、顔をこちらに向けます。するとそこにあったのは……。
「誰かと思えば竜介クンのところの子だね。お初にお目にかかるよ。僕は冬山是一。訳あって雁且クンの中に住まわせてもらっている者さ」
「は……はぁ……」
目が赤い。すっごく赤い。おまけになんかひび割れてるかのように血管が浮き上がってる……。
あれ、大丈夫なんですかね?
「ああ……まあ、本来の力に上乗せされて余計な負荷がかかってしまっているからね。僕のときだけこういう事になるみたいだから、そんなに気にしなくてもいい。彼女もそれは望んでいないからね」
「一応今の僕は女だからね」とにこやかに笑いかけるけども……怖い。
何だろう。この感じ。とても、怖い。目の前に……。
目の前に、猛獣より怖い何かがいるみたいで。とても怖い。
「おや? ひょっとしてさっきから喋っているのは僕だけかな? 参ったな。これは。ははっ。どうやら久々に喋れてうれしいみたいだ。いやはやなんとも。言い難いうれしさだね。ところで――」
雁且……冬山さんはこちらに一歩踏み出す。
「あの馬鹿はどこにいるんだい? 一度捕まえてぶん殴ってやるんだが」
「ひっ……!」
風が吹いた? いや、吹くわけがない。
これは……何? 怖い……(落ち着け桧木。さっきから怖いしか連発してないぞBy作者)!
だって怖いものは怖いんですよ!? 目の前の人、下手すれば殺す感じで……とにかく怖いんです!
おまけに会長を捜しているみたいだし……! ああ、もう! どうすればいいんですか!
『なんだ……』
どこからか音声が聞こえる。
『何ですか……? その力。鋼鉄よりも硬いものをへこませたり、あまつさえその足をねじ切ったり……どれだけの馬鹿力を持ってるんですか? あなたは』
「ん? この声……ひょっとして、あの妙なカタマリの制作者さんかな?」
冬山さんが声のトーンを少し落として聞いた。
私も初めて聞いた。誰?
『……闖入者が出るとは思わなかったな。そちらのツインテ。私は御名暁。そちらのNK-ランチャースパイダーの制作者だ。以後よろしく』
「は、はぁ……」
御名と名乗ったその人はみょんと私たちの前に現れた。ただ、幾分かとぎれとぎれだが。
『ああ……やはりホログラムではここまでが限界ですか……さて。そちらの君。一応君は秋原雁且、ということで処理をしてもかまわないですか?』
「別に。どうだってかまわない。ただ、この部屋を通っていったあの馬鹿はどこにいるか聞きたいんですが?」
『……ホログラム越しにでも伝わってくる殺気だな……しかし、ここを通れるのは本来はそこにあるランチャースパイダーを倒すこと。それが扉解除のキーになっている。押し通れば彼の行く道は瞬く間に遮断されるだろう』
「ふむ……」
冬山さんは何かを考え込んですぐにぽんと手を打ち、
「なら、あのカタマリを壊せばいいんですね?」
『え? あ、ああ、はい。そうですが……』
冬山さんはてこてこと動かない蜘蛛のロボットに近づいた。
『今はセーフモードにしてある。そのままでは何もできな……』
「無抵抗の奴をいたぶるのは、大好きなんですよ」
ばきゃり。
近くの足をもいだ。
カニの足関節を逆に開くかのように。簡単にばきゃりと。
「おまけに、この程度なら、僕が本気を出す程度もない」
ばきゃり、ばきゅり。
三本、四本。どんどんもいでいく。
「……ああ、それと、僕は今怒っている。そこの君。怖がらせてしまってすまないね。僕は普段はおとなしい人間でね……ん? 人間? ああ、違うな。人間としてはもう活動を停止しているんだから元人間、と言った方が正しいかな?」
面倒、と言わんばかりに一気に二本、足をもぐ。
回線がぶちりとちぎれたり、鉄が綿をもいだような跡になっている。
前までは蜘蛛と呼べる形だったのだろう。だが今は芋虫としか呼べないくらいになっている。
もうホログラムは消えている。御名という人はどこかに行ってしまった。
「なんにせよ、僕は普段温厚な人間なんだ。だからこんな争い事には向かない。……まあ、師匠のところで護身術、程度のことは学んだけどね。……ああ、思い出してきた。君には僕は借りがあるんだ。たしか、嘘の記憶を僕につけ込ませて、この通りの雁且くんに憑いてしまった状態に、まんまとさせられたみたいだしね? まあ、本体である百鬼夜行が壊れなければいつまでもいけるし。ああ、だから彼の極楽浄土に耐えられたのか。まあ、その点では感謝しているよ? その点では」
粘土細工でも扱っているかのように自分より遙かに大きい芋虫ロボットを押し固めて、さらにこね上げる。
そして。
「まあ、どの道。彼女を……雁且くんを傷つけさせた事は許さないんだけどね?」
そこには一つの立方体のオブジェ。
その上に乗っている冬山さん。まるでどこかの怪盗を彷彿とさせるような絵でした。
「いやぁ、まねればできるものなんだね。人でやれば大罪だが、無機物ならば問題なくできた……かな?」
こちらに振り向いて満面の笑みを浮かべる。
妙ににひとなつっこそうな笑顔をこちらに向けられても、その怖さは変わらなかった。
『……だれが、一体だけだと言った?』
さらに何かが降ってきた。
降ってきたのは背中に兵器を満載した鋼鉄の蜘蛛。それらが五体ほどがっしゃんがっしゃん降ってきた。
『いいでしょう……そこまで力があるのなら、これらで存分にふるってください。コンテニューはできませんよ?』
「それは困る」
『は?』
冬山さんはまたにこりと笑う。
「何ぶん、彼女との約束は一体だけだからね。五体となれば話は別だ。そこの君」
「は、はい? 私ですか!?」
「君以外にはいないだろう? ……悪いけど、雁且と二人で、あれらを壊してくれないかな? 彼には言いたいことが山ほどあるんだが、時間が無いようだ。ああ眠い。そろそろのようだ。ではおやすみ」
そう言って冬山さんは眠ったのか、目を閉じて顔のひび割れ血管が戻っていく。
その体が力なく倒れそうになったのを私は止める。
「雁且さん? 雁且さん!?」
「……う゛」
「雁且さん!?」
「……きぼちわるい……」
え?
「もうだめ……はく……」
「ちょ、ここで吐かないでください!」
そんなことはお構いなしに鋼鉄蜘蛛はこちらにどんどんと近寄ってくる。
……まずくないですか、これ?
「ああ……もう!」
とにかく吐いている雁且さんは後回しにして……。兵器満載のあの鋼鉄蜘蛛は……見たところ。
「五体くらいなら……いけますかね?」
黒コートに手を突っ込み、取り出すのは。
「やっぱり、これで一掃が早いですね♪」
RPGー7、カールグスタフ、LAW、パンツァーファウスト、SPG-9……どれも対戦車用の重火器。
「ド派手なものが、一番ですね♪」
全部抱えて、標的に向かってにっこり微笑み、
「shall we dance?」
ガンスリング・カーニバル、開幕です♪
このあとどうなったのか?
……戦闘描写するともう一体に一つの重火器全弾使って殲滅したとさ。
あの黒コートの中にはたいていの兵器が詰まっているそうな……。怖ぇ……。