百二十二日目、音楽とは、すばらしいものだ。
この回を見ている最中、ピアノを弾いている描写がありますが、その際にはショパンの別れの曲を是非聴いてください。良い曲ですから。
「え? 音楽室、ですか?」
不意に柊先輩から「音楽室に行かないか」と誘われた。
「そう。音楽室よ。行かない?」
「いや、別にいいですけど……何しに行くんですか?」
「それはね……」
なんかこっちを見ながら妖艶に舌なめずりしないでください。怖いです。
柊先輩は「冗談よ」と言った。ホントに冗談だったのかな……。
「気分転換に楽器でも演奏できないかしら、と思って」
「え? 柊先輩って、楽器演奏できるんですか?」
「ええ。言ってなかったかしら?」
初耳です。
「お嬢様に手ほどきしたのは私です。お嬢様は筋がいい。聞き惚れることは間違いないですね」
井宮さんもいつの間にやら柊先輩の後ろで控えていた。どっから出てきた。
そして音楽室に行くことになった。
……なにこのギャルゲー的な展開は。私女だけど。
※――――
よくよく考えてみれば、生徒会室棟には音楽室がない。
なぜだか生徒の個室(共同で使ってるところがほとんど。かなり広い)があったり、保健室があったり、食堂(こちらも無駄に広い)があったりするんだけど、やっぱり音楽室はない。
では、どこにあるのか。
「もちろん、第一棟にあるのよ」
「一体うちの学校はどれだけの金持ち校なんですか……」
生徒会室棟があったり校舎が三つほどあったり、中庭がバカみたいに広かったりと、よくよく考えてみればこの学校。かなり広い。
「まぁ、ここまでやったのは前会長のおかげらしいけどね」
前会長……。一体どんな人だったんだろうか……。
そんなことを考えつつ、私たちは第一棟についた。
途中、生徒からは挨拶をされたり、尊敬のまなざしで見られていた。
……みんな、実態を知らないからそんなことが出来るんじゃないのかと思う。
あれ? でも実態は知っているような気が……。
「情報隠蔽、ってしってる? ハルちゃん?」
「ってまさか……」
そこまで言ったとき、柊先輩はにこやかにウインクした。ごまかしたよこの人。
さてさて。そんなことをやりつつ音楽室にたどり着いた。
中にはティンパニ(打楽器)やドラム(打楽器)、ギロ(打楽器)、シンバル(打楽器)等が置かれていた。というか……。
「何故に打楽器ばっかり!?」
「こっちの方にはちゃんと他の楽器も置かれてるわよ」
柊先輩が指さした方にはギターや電子ピアノが置かれていた。普通の学校だったよ。良かった。
ほっとしたとき、窓際に一つのピアノが置かれていることに気付いた。
グランドピアノ、というんだろうか。結構おっきいピアノだった。中の様子まで見える。よく整備がされているんだろうか。
柊先輩はその前に座り、おもむろに弾き始めた。
…………。
読者の方々には分からないと思うが、とてもいい音色である。
ただ……。
(もの悲しいな……)
なんというか、弾いているのはとてもいい。音色も最高だ。曲自体は聞いたことがあるので、CDのそれをナマで聞いているような感じだった。
ただ、曲のチョイス。
ちょっと私にはもの悲しく聞こえた。
だが、それでも、心に染み渡っていくような感じ。乾いたスポンジに水が染みこんでいくような……そんな感じだった。
そして演奏が終わる。
私は思わず拍手をしていた。井宮さんも。
柊先輩は少し照れながら、その拍手を受けていた。
「良い曲でしたね」
これは嘘偽り無い言葉だ。ホントに良い曲だった。
「いつもながら良い曲でした。お嬢様」
「ありがとう。井宮さん。ハルちゃんも」
「しかしながらお嬢様。何故にこの曲を選択したのですか? もっと他に良い曲があるというのに」
井宮さんは柊先輩に不思議そうに言った。
柊先輩は少し笑って、
「そろそろ、会長が卒業するから……その練習、と言った感じかしら」
「……あ」
そうだった。
よくよく考えたら会長は三年生だ。
受験とかはしなくていいのかとか、そんなことを考えたが、卒業するんだ。
「ええ。だから、会長に心ばかりのプレゼントを、と思ってね」
「あー……」
もう二月。
そろそろ会長も卒業をするかもしれない時期だった。
だったら。
「……先輩」
「ん?」
「だったらもっと派手な感じで送ってあげましょうよ」
「え?」
柊先輩は意外そうに目を開いた。
「会長には、こんなしんみりしたのなんて、合わないと思います。別に、柊先輩の演奏がだめだったとか、そんなのじゃないです。ただ、会長にはもっと、ふさわしいお別れの曲があるんじゃないのかなーって思っただけで……」
最後になるにつれて言葉が尻すぼみになっていく。
何を言っているんだ、そんな気分になる。
だけど、言っておきたい。今井って置かなきゃ、気が済まなかった。
柊先輩は少し考えたように、
「……そうね」
うなずいた。
「確かに、あの人にはこんな曲は合わないと思う。だったら、もっと明るい曲……派手な奴で送り届けてあげましょう」
「はいっ!」
「よしっ! そうと決まれば、抄華ちゃんと雫ちゃんを呼んできて、井宮さん! 早速練習よ!」
そんなわけで。
みんなで集まって「会長を送るバンド」を結成した。
ちなみに、作詞作曲、全部自分たちでやることに。
集まった人みんな楽器が弾けた。柊先輩はキーボード。抄華ちゃんはドラム、雫ちゃんはギターと、みんなバラバラに分かれていた。
かくいう私は……。
※――――
「軍曹さん、ここはこう押さえて……」
「こ、こう?」
みょ~ん
「違いますよ、もっと強く押さえて」
「こんな感じ?」
みょぉ~ん
「もうちょっと強めで。あとギターの弦はもうちょっと強く弾いてみてください」
「こうかな?」
ぽろん
「エレキギターでどうしてハープの音色が出てくるんですか!?」
「えぇっ!?」
こんな感じであんまり進んでいない。
足を引っ張っているのは私だけだったので、結構肩身の狭い思いをしていた。
そんな中でも頑張って練習をしていた。
正直言って、まだまだ練習は激化しそうだ……。
憎め、憎め、憎め。
自らを「不要」と切り捨てた、あの女を憎め。
心の底から憎悪しろ。腹の底から恨め。
慕え、慕え、慕え。
自らを愛してくれる、彼を慕え。
全身で慕え。全てを彼に捧げろ。
この身体は彼を慕い、
この身体は彼女を憎む。
相容れない矛盾である。