百十九日目、空に輝く満点の星
はい。皆様。
長かった消失編がやっと終了です。
そして作者は宣言します。
『こんなの、二度とやりたくない(ハイポを飲みながら)』
「藤代さん!」
その時、あいつの声がした。
途端、首にかかる力が弱くなった。
いや。
無くなった。
何も、無かったかのように。跡形もなく。きれいに。
そして目の前にいる奴の瞳からは蒼さは消えた。
その時。俺は本能に従ったのだろうか。
「――だぁぁぁりゃぁぁぁぁ!」
俺は気合い一発、目の前にいる奴を蹴り飛ばし、宙に少しだけ浮かせた。
綿のように浮かび上がった奴は、そのまま受け身を取ろうとした。
だが、そんなことはさせない。
「――蛇撃」
一発目。まずは鳩尾に蛇の如く狡猾な一撃を。
「――鳥閃」
二発目。つぎは腹に鳥のように狙い澄ました閃を。
「――猫牙」
三発目。最後は顔に猫の牙を突き立てる。
その三発が決まったとき。奴は完璧に地面に伏した。
土煙が辺りに舞っている。口の中がざりざりする。
奴は髪を扇に広げ、息を絶え絶えにしている。
あと一撃。
最後にあと一撃を入れれば――終わる。
俺は腕を振りかぶり、そのまま心臓に突き立て
「やめてくださいっ!」
――ようとした
いや、出来なかった
あいつの声がする。しかしここにはあいつはいないはずだ。
手を汚すのは俺だけで十分のはずだ。
それなのに。それなのに。それなのに。
「――なんで、邪魔をするんだ? 桜田」
振りかぶった腕を、桜田が止めていた。
別に、振り落とせない腕ではない。
力任せに振り切れば、どうにかはなるだろう。
ならば、なぜにやらない。
「この人は、わたしの――友達です。いくら会長でも、その人をそれ以上傷つける事は、許せません」
「――どけ」
「いやです」
「どくんだ」
「いやです」
「死にたいのか」
「死にたくありません」
「じゃあどけ」
「どきません」
「殺すぞ」
「いやです」
そして、桜田は言った。
「絶対にどきません。何があっても。もうこれ以上、わたしの友達を傷つけないでください」
「…………は」
そうだった。
桜田は、そういった奴だったっけか。
俺はとりあえず、腕をおろした。
「じゃあ、どうするんだ? 桜田。こいつの始末は、お前がつけるのか?」
「つけます。会長を怒らせるような事をしたんだったら、謝ります」
そう言って桜田は、
「ごめんなさい」
謝った。
※――――
わたしはその光景を見ていた。
そして、同時に理解した。
ああ、そうか。
この人にはわたしはすでに、「友達」として見られていたのかと。
胸が、いっぱいになった。
喜びで、全てが張り裂けそうだった。
なにより。
彼女はわたしのために謝ってくれた。
本来ならば、わたしが彼女に謝らなければいけないのに。
それでも彼女は謝ってくれた。
そしてわたしは空を見た。
満点の星が、きれいに輝いていた。
「……分かりました」
そう言って、わたしは立った。
「藤代さん!? た、立って大丈夫なの!? ごめんね? うちのバ会長が加減もナシで殴ってて……」
呆然。
彼女は何も知らなかったのか。
いや、彼女は無かったことにしたのか。
ふと、彼の方を見てみると、肩をすくめ「お手上げ」のポーズを取っていた。
「え、ええ。大丈夫。心配してくれてありがとうね。桜田さん」
つかの間の一時でいい。いつまでも彼女と話していたい。
「あ、ところで……その、元の世界に戻ること、なんてのしってる? いや、知らなければ、いいんだけど、さ……」
だんだんと尻すぼみになりながら、彼女は言った。
それを聞いたとき、わたしは少し、寂しく思った。
彼女には、この世界は駄目だったようだ。
同時に、ほっとした。
彼女には、幸せになって欲しい。ならば、この世界は必要ないかもしれない。
「ええ。知ってるわ。わたしがちゃんと、元に戻しておくから」
そう言ったとき、彼女は花が咲いたような笑みを浮かべて、ありがとうと言った。
「じゃ、わたしが手伝えることは、何か無い? こう見えても何だけど、力仕事には自信があります!」
「そんなもやしみてぇな腕で、何が持ち上げられるんだか」
「何か言いましたか? 会長?」
「ほめ言葉を言ったまでだ」
「ほめ言葉に聞こえなかったんですけど!?」
「女が丸太みてぇなふっとい腕持ってても良いことはないだろうが! ボディビルダーにでもなる気かお前は!」
このやりとりを見ながら、わたしはまた笑った。
だが、それも。終わりだ。
「……では、二人とも。帰っててください。大丈夫。明日には全て元通りになってますから」
そう言って、二人を帰した。
だが、一つ。聞き忘れたことがあった。
「桜田さん」
「? 何、藤代さん」
「……もしも」
「ん?」
「もしも、あなたの大事な人が、あなたを拒絶したら、どうする?」
少し間をおいて、彼女は笑って言った。
「そんなことはないと思うよ? わたしは、わたしの周りにいる人たちを、信じているから」
その一言で。わたしはまた救われた。
※――――
目が覚めたとき。わたしの目の前には白い壁があった。
「お?」
そうか。戻ってきたのか。
「ハルさん!?」
「軍曹さん!?」
「ハルちゃん!」
「桜田さん!」
『桜田!』
お、おお?
なにやらいつもの見慣れたメンツがそろっているような……。
「い、いったい何が……?」
「覚えてないんですか!? 桜田さん階段から落っこちたんですよ!?」
「落ちたぁ?」
そんな記憶はあったか?
「軍曹さんが明日は鍋パーじゃぁーってはしゃいでたらバナナの皮に躓いて階段にダイブしてさながらマンガの如く転げ落ちちゃったんですよ!? 知らないとは言わせません!」
「いや知らないから!」
こけた本人も知らない事実!
わたしはとにかく驚くことしかできなかった。
しかも結構長い時間なんか別の世界にいたような気がしないでもないんだけど……。
あれ?
「萩先輩、今何月何日ですか?」
「ん? 2月25日だけど……」
え~っと、たしか、会議をした日は2月の24日だったから……。
一日?
「一日ずっと寝たきり?」
「そうよ? まぁ、柊グループ管理の病院だから、一応検査入院だけしてたけどね」
検査入院だったんですか。
あれ?
「そう言えば会長はいずこに……」
『それが……お前がこけた日からずっと見ていないのだ』
なんと。
まさか会長、まだあの世界からかえってないんじゃぁ……。
そう心配したとき、
「やーやーやーやー! 待たせたなぁ! お前ら! お? 桜田は復帰しているみたいじゃねぇか! やーよかったよかった!」
なにやら南国ルックな会長が入ってきた。わたしの心配を返せ。
「あれ? 会長、その手に持ってる紙袋は何ですか?」
「お? さすがは乍乃。よく気付いたな。これは……」
そう言って会長は紙袋をもぞもぞとさせたら、そこから取り出したのは……。
黄色い棒状の果物。つまりは……。
「やー、ちょっと最近、バナナダイエットにはまっててな? それで少し校内でバナナをパクついてたんだ。いやぁこれが旨いのなんのって! あまりにもバナナがうまかったモンだからフィリピンに行ってきてバナナを大量に買ってきたんだよ! お前らも食うか? ほれ」
「会長……」
原因は……。
「お? どうしたお前ら。なんだか顔色が怖いぞ?」
原因はぁ……。
『あんたかぁぁ(でしたかぁ)――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――!!』
「え? なになに何でみんなそんなに危ないものをかかげているんだちょっと待てわひー」
そうして、馬鹿を粛正したあと、わたしは散歩に出かけた。
たぶんまだ、馬鹿の粛正をやっているだろう。
不意に、誰かとすれ違ったとき、
「ありがとう」
そう言われたような気がして、振り返ってみたら誰もいなかった。