百十七日目、そのままで、そのままで。
何となく言いましょう。
ハンカチの準備を。
俺は、言う。
「なんつーかよぉ、痛みとか、苦しみとか、そんなもんは人に必要なもんだ。だから、それは無くしちゃいけねぇもんだと思うんだよ。
お前は言ってたよな。『この世界には苦しみも、痛みも無い』って。それじゃだめだ。
どんな世界に行っても、痛みとかはつきものだ。苦しみがないことはない。
痛みがあるから、傷が治る喜びが味わえる。
苦しんでこそ、人の心のつらさも分かる。
だから、俺は元の世界に帰りたい。
いやさ、みんな連れて帰る。
萩も、柊も、乍乃も、桧木も、紅則も、雁岨も、そして、桜田も……みんなみんな、一緒の世界に帰るんだ。
だから。俺は今いる」
俺がそう言いきったあと、女は瞳を伏せた。
そして、
「そう……なんだ……じゃあ……」
女は、俺を蹴り飛ばした。
後ろにあるフェンスに当たって少しだけ血を吐いた。
「私は、あなたをこの世界には不必要と判断して、消滅しなくちゃならない……!」
※――――
お母さんは、私に後ろから抱きついて、言った。
「あなたがどう思っているのかなんて分からないし、知ることも出来ない。
でもね、私は思うの。だからこそ、あなたを思いやることが出来るんだって。
だから、私はあなたのそばにいなくても私はあなたのそばにいる。
忘れないでね。ハル。あなたは一人じゃないんだから」
慈愛に満ちた笑顔で、こともなげに、言った。
それを聞いたとき。
私は――なにか、暖かいものに触れたように思えた。
「お母さん……」
一言つぶやき、私は立ち上がった。
「ちょっと、出かけてくる!」
玄関まで一気に走り、ローファーを履いて、つま先を地面に打ち付ける。
そして玄関のドアに手をかけたとき、
「ハル」
お母さんが、後ろに立っていた。
「はいこれ。お守り」
そう言って、お母さんは手のひらに何かを握らせてきた。
開いてみると、そこには深青色のお守りだった。一般的なお守りの形で、結われた麻紐が、首にかけられるようになっていた。
中心には金色の糸で、「幸運成就」と刺繍されていた。
「良かった。間に合って。なんか作らなきゃならない気がしてならなかったの。ちょっと雑になっちゃったけど」
「ううん。すごい。神社に売られてるのと勘違いしちゃったよ」
「効き目ばっちり。直接に幸運が届きます」
ここでどこに、と聞くのはやぶ蛇だろう。
私はお守りをぎゅっと握ると、玄関を開けて言った。
「行ってきます!」
そう言って、夜の住宅街を走った。
そして、目指す場所に向かった。
私が行くべき場所……桜ヶ丘高校へ。
すみません。若干の作者からのメッセージです。
え? 意図はなんなのかって?
……すみません。それはネタバレ的なので言えません。
では。
次辺りでも、会いましょう。