百十日目、あなたののぞんだ『にちじょう』。
「…………」
妙な沈黙が私たち二人の間に流れた。
だが、お母さんが。
「ほらハル。何を寝ぼけているの? 早く支度をしなさい」
至極まっとうなことを言われたのでとりあえず、
「え? あ、うん……そー、ですね……」
と返すほか無かった。
だが、そこは私のお母さん。
「? ハル。妙に今日は朝から他人行儀ね。何かあったの?」
「うぇ!? な、何でもないですよ!? お母さん!?」
「そう……」と、なにやら心配そうな顔になった後、そのまま私の部屋を出て行った。
そして朝食を食べる。
朝は卵かけ納豆ご飯(ネギ付き)と味噌汁(白だし)だった。
一口ずず~っ。
「…………」
「? どうしたの? ハル」
「え!? い、いや、何でもないですよ!? 母上どの」
「……そう」
……いかん。
質素な見た目に反してかなりウマイ。
美味いぞ、これは!! 海原○山に紹介して「至高のメニュー」入りしたっておかしくはない!!
そして……卵かけ納豆ご飯(ネギ付き)に至っては……。
一口食べたら美味さのあまり銀河が見えた!!
な、なんなんだ……この美味さは……!
一口食べたら銀河が見える美味さとは、いったいなんだ……?
「あ、ひょっとして、今日のご飯、おいしくなかった? ごめんね……今日、ちょっと失敗しちゃって……」
これで失敗の腕ですか!!
かなり上の域でしょう!!
そんなつっこみを母に入れようと思っていても入れることができず、そのまま完食。
そして歯を磨き学校へレッツゴー。
てか学校はさすがに大丈夫だよね? これ。
「いってらっしゃい。はい、お弁当」
そういってお母さんはピンクと白のチェック柄の弁当風呂敷を渡した。
私はそれをとった後、
「うん。行ってきまーす!」
一応、元気よく声を出して学校に行った。
雀が電線に不規則に並んで鳴いていたりする光景を見ていたり、アスファルトをローファーで踏みしめる感覚を楽しんでいたり、若干まだ寒いうららかな春の空気を、私が楽しんでいた。
普通だ、と。
そしておかしいけど、楽しい、と。感じていた。
私が思っていた学生生活は、こんな物だった。
そう思った時。
たら~ら~らら~ら~らら~ら~らら~ら~(花は○ 君は美しのテンポで)
携帯の着信がなった。
見てみると非通知になっていた。
(こんな朝早くから誰なんだろう……)
ちょっと不審に思いつつ、電話に出た。
「もしもし?」
『…………』
「もしもーし? いたずら電話ですか?」
『……楽しんでる?』
「はい?」
『これが、あなたが望んでいた日常。どう? 素敵でしょう?』
「……いや、誰ですか? あなた」
『……どうやらまだ、楽しめていないみたいね。またかけ直すわ。じゃあね。桜田さん』
そういって電話の声の主は電話を切った。
しかし……。
「なんで変成器使ってたんだろう?」
独りごちた。
桜ヶ丘高校についた。
校門は生徒が次々にくぐっていき、その脇で誰かが挨拶をしているみたいだ。
朝の挨拶活動、みたいな物だろう。きっと。
私も他の生徒にならい、普通に登校していた。
中、私は柊先輩を見つけた。
「ひ、柊先輩!?」
私はその場で少し驚いた。
柊先輩のキレイな髪が、ばっさり切られて肩のあたりにまでしか無かった。
「柊先輩どうしたんですか!? あの長かった髪、なんで切っちゃったんですか!?」
と、私は話しかけてみたのだが、柊先輩はきょとんとこちらを見て、
「えっと……どちらさま……でしたっけ?」
「ふぇ?」
知らぬ存ぜぬの姿勢でこちらに話しているように思えた。つかそう見える。
「な、何言ってるんですか、柊せんぱ――」
「紫苑、どうかしたの?」
「あ、昌介――」
柊先輩が見た先には毎度おなじみ、萩先輩がいた。
ちょうどいいや。
「萩先輩、柊先輩が――」
「君は誰だい? もしかして紫苑に最近近づいている、っていう噂のストーカー?」
誤解されたぁぁぁぁぁ!
「ちょ、違いますって! 私を忘れたんですか? いつものようにからかってるんですか!?」
「残念ながら。自分と君は今日話したのは初だ」
んなアホな。
昨日の今日まで話していたじゃないか。
「萩先輩、からかって――」
「なんじゃきさんは」
って話しかけようとした途端に背後から短刀が!!
「うわっふぅ!?」
「若に迷惑をこれ以上かけるな。いいな?」
「いやでも用事が――」
「いいな?」
「……はい」
迫力のある凄みに負けて私はすごすごと校舎に向かった。
―――※
教室。
私が生徒会室に向かう前の教室に一応行ってみた。
どうやら合っていたらしい。よかったよかった。
「ハルっち。おっはー」
「おっはー……って春樹……」
そこにはちょっと地味な同級生、紅則春樹が隣にいた。つか隣かい。
「えぇっ!? 何そのげんなり感! 朝っぱらから何でそんな反応するのさ!? 昨日今日じゃないだろ!?」
「いや……なんか、こう……なんか……がっかり感が……」
「……なんか、今日のハルっちは変だね……」
いや、どちらかっつーとそっちの方が変だから。
むしろ世界観が変になってるから。
そうやってごちゃごちゃと考えていると、
「ハルさーん。お早うございます」
「……桜田。お早う」
今度やってきたのは桔梗と抄華ちゃんだった。
この二人だったら……。
「いやぁー……昨日の生徒会活動は忙しかったね~」
「……生徒会? 何言ってるんですか? ハルさん。私たちは美化委員会に所属しているじゃないですか」
「……はえ?」
「桜田。今日のお前はどうしたんだ。なんか変だぞ」
「そ、そうかな……?」
「だって、眼鏡をかけてない」
「そっちか!!」
外見上の問題だったのか!!
でも私眼鏡キャラじゃないし……。
と思いつつ鞄をごそごそ探していたら眼鏡があった。
桜色の下だけのフレームの眼鏡だった。
かけてみたら意外にもジャストフィットだったので。特に何も言うこと無し。
「うん。ハルさんはやっぱりそっちの方が良いですよ」
「桜田は眼鏡ビューティーだからな」
「眼鏡ビューティーって何よ?」
「うぉらーお前らー。さっさと席に着けー。ホームルーム始めるぞー」
そうやって入ってきたのはコガセンだった。
うん。こっちはキャラ的には変わって無い模様。
ん? いや、ちょっと待て……。
コガセン……あんなに胸大きかったか!?
Eはありそうなんですが!?
「桜田ー。妙なことをつっこんでないでさっさと席に着けー」
「いやついてますしっていうかあなたはエスパーですか!!」
つっこんだ内容をどうやって知った!!
「さて。今回はお前らに言っておくべきことがある。今日はなんとこのクラスに転校生がやってくる」
ざわ……ざわ……
ざわ……ざわ……
「うん。賭博黙○録的なリアクションをありがとう。では、入ってきてくれ」
そうコガセンが言った後、教室の戸が開いた。
入ってきたのは天然パーマで目を隠されたような不思議系の幸薄影薄の少女だった。
たぶん、同窓会の時とかでも「あーそんな子いたねー」で済まされるような感じの薄さ。
頬をちょこっとだけ赤らめて、みんなを見ている。
…………ん?
「あー、転校生の名前を紹介する。転校生の名前は――」
コガセンが黒板にチョークで名前を書いている。丁寧な字だ。さすがは国語教師。
でも書いている間も……。
気のせいかな? 誰かの視線を感じる。
抄華ちゃん……じゃなさそうだし、
桔梗……でもないみたいだし、
かといって春樹でもない。
誰だろう?
そう思って不意に転校生の方を見てみた。
すると。
「――転校生の名前は、藤代八雲だ。みんな、仲良くしてやってくれ」
気のせいかなと思っていた物が確信した。
転校生――藤代八雲は天然パーマで隠れているはずの目をこちらに向けてきていた。
敵意でもなく、
かといって愛憎でもない。
なんだか……自宅で飼っている鳥や虫とかを見るような目でこちらを見ていた。
その瞳は、
心なしか、髪と同じくらいの蒼さだったと思う。