生横郡偵察その二
生横郡の国境に近付いた頃、ナイツは李洪と十人の輝士兵を連れて別行動に移る。
今度は李洪を隊長とした旅の傭兵に扮して近付く算段だった。
その為、母や弟は明らかに浮いた存在にあたり、何とか大丈夫そうなメスナも念のために除外。彼女には残る十名の輝士兵とともに、キャンディと涼周の護衛を任せた。
尤も軽い性格のメスナは「奥方様と童ちゃんは護衛が要らぬ程でしょう?」と笑っていたが。
「……予想以上だ。まさかこれ程の兵が集まっていたとは」
国境へ近付くにつれて、ナイツ達は多くの兵に遭遇した。
それは様々な顔触れであり、低級な装備から徴兵された貧民だと分かる者、傭兵旅団の小隊らしき者達、はたまた山賊や盗賊の類いと思われる輩まで。何とも統一性のない軍隊と言える。
だが幸いにも統一性の無いお陰で、それらの中に紛れ込む事が可能。ナイツ達は豪族軍の結集地点まで向かう事ができた。
(……とは言え、私達は目立つ方だな。できるだけ早く離脱するべきか)
先頭を進む李洪は、周囲から向けられる他兵の視線に警戒していた。
この地に集まった兵の多くは薄汚れた者が大半を占め、ナイツ達の様に馬を駆り、且つ装備も優れて小綺麗な者は極僅か。
これでは情報を集める以前に疑われてしまう。
「……隊長、ちょっと……」
傭兵の一人に扮していたナイツも同じ事を考えた。
彼は李洪の傍に寄り、小声で後退を指示する。
李洪は無言で頷き、背後に控える輝士兵達にも目配せしようとした。
だがその時だ、彼等の近くを歩いていた民兵達が突然声を掛けてくる。
「なぁ、お宅等にちょいと聞きたい事があるんだが……」
「……何だ?」
ナイツや李洪に代わり、輝士兵の一人が応対した。
すると声を掛けてきた民兵の隊長らしき人物がナイツ達にゆっくりと歩み寄り、肩をすぼめて小さく囁く。同時に他の民兵は個々の間隔を広げ、部外者の耳を自然と遠ざけた。
「……我々は飛刀香神衆の者です。情報収集ならば我等に任せて、ナイツ様達は急ぎ梅朝へ向かって下さい」
「…………何故、俺の事が分かった?」
民兵に扮した飛刀香神衆の小隊長は、汚れた顔に笑みを浮かべて見せる。よく見ればその汚れも、泥を薄く塗って垢に見立てたものだった。
「貴方様と弟君を遜康防衛戦の砦内で一度、その後の紗奈歌集落で二度ほど見ております」
続けて小隊長は目を細め、半ば強制を求める様な声音で警告する。
「……それはきっと、私以外でもあり得る話。それでなくとも貴方々は目立ち過ぎております。……皆様の後に最新の情報を持った者を二名同行させます故、ここはお下がりください」
「……すまん。ここはお前達の恩に着よう」
潜入の玄人に凄まれたナイツは言い返す事ができず、李洪達と共に馬首を返した。
「…………ではご主人様に宜しく言っといてくだされ。滞納していた税は兵役で納めます故、皆様の御出馬は無用です……と」
小隊長は周囲の疑いを晴らす様に、ナイツ達の去り際に自分等の嘘設定を言い放つ。
李洪は「うむ」とだけ言い捨てると、ナイツ達を連れて来た道を返した。
その後暫くして、二人の民兵も踵を返し、ナイツ達の後を追った。
カイヨー兵二名を加えたナイツはキャンディ達と合流し、改めて最新の情報を聞く。
「梓州のほぼ中心、四勢力の国境が交わる地にて、豪族連合は集結しております。馳せ参じたのは生横郡の張幹、武孫郡の扶双、心角郡のテンベイです。岐源郡の田慌は参戦を拒否し、かの勢力から出征している者は傭兵崩れといった者達です」
「軍の集結理由は、表向き上は承土軍への備えという事です。剣合国に対して侵攻を企んでいるのかどうかは、軍の幹部しか知らぬ様ですが、田慌の参戦拒否を考えると彼等の敵は承土軍ではない可能性があります」
「……連合軍の兵はどれほど集まった?」
「各軍に潜っている仲間の報告から想像するに、現在四万ほどが集結しております。ですが、各勢力ともに後続の姿があり、兵はまだ集まると思われます」
カイヨー兵からの報告を受けた輝士隊の面々は、予想に反した大軍が出来上がりつつある状況に危機感を抱いた。
ここ数日で四万を超える兵が集ったならば、それを先陣として梅朝へ攻め入る恐れは充分にある。何せ梅朝のあるアーカイ州と梓州の間を流れるシンシャク川上には、かつてのジオ・ゼアイ大将が築かせた交橋と呼ばれる大橋があり、船を使わずとも陸路で侵攻する事ができるのだ。
「交橋の警備隊も豪族連合に備えて強化されたけど……四万もの数は想定外だ。これは急いでフォンガンと淡咲に知らせる必要があるな」
カイヨー兵達は昨夜の内に義士城にいる飛昭へ、この事を伝えたらしいが、ナイツも梅朝へ帰還するついでにフォンガンと淡咲へ報告する事とした。
「すぐに梅朝へ向かおう。母上と涼周も……母上? どうしました?」
ナイツの声に反応した李洪やメスナ達もキャンディを見て、彼女の行動に疑問符を浮かべる。
「…………一雨、降りそうね……」
そう言いつつも雨具を用意する素振りはなく、ひたすら曇天を見上げるキャンディ。
ナイツの声は届いている様だが、彼の問いに答える素振りもない。
ただ何か、普段のキャンディとは違う気配を感じ、瞳にも別の色が混ざっていた。
「雨が降るなら尚更ですよ。早く梅朝へ向かいましょう」
メスナが沈黙を破ると、キャンディは静かに頷く。
ナイツ一行はキャンディの言動に疑問を抱きつつも、今は梅朝へ駆ける事を優先した。




