生横郡偵察その一
ナイツ、キャンディ、涼周、メスナの四名は梓州生横山の麓の宿場町に居た。
「ん、やっぱり美味し。……でもやっぱり、美味しくない」
露店の一席で朝食を食べるナイツ一行の中で、茸丼大盛を食べる涼周が不意に呟く。
「周、それはどういう意味だ?」
言葉足らずな涼周を代弁するナイツでも意味が分からず、即座に聞き返した。
だが彼の問いに答えたのは涼周ではなく、山菜お握りを食べていたキャンディだった。
「……雰囲気が悪いって事よ。美味しいご飯に反して目に入る光景が不味いって事」
半眼を作り小声で解説する彼女に言われ、ナイツとメスナは周囲を見渡す。
目に見える情景を一言で表すなら「枯れた風しか吹かない寂れた宿場町」だ。
街道を歩く旅客は少なく、民は慣れた様にため息混じりの商売を行い、堂々と闊歩する者は剣を下げた体裁の悪い野盗あがりの兵士ぐらい。明らかに治安が悪く、民は噂通りの重税に苦しんでいる様だった。
「……まぁ……確かに、活気の二文字とは無縁ですね」
ナイツが麦粥を口にしながらそう呟くと、露店商が怪訝そうな眼差しを向ける。
「なぁ……一ついいか? あんたら、どこから来なさった」
「趙原(生横郡北隣のビルド軍領)の方から来ました。この地に知り合いが来るのを待っています」
すかさずキャンディが答える。今の彼女等は旅人に扮して知人を待っている設定だ。
笑みを交えてさらりと答えるキャンディの様子に、露店商は疑いを晴らして言葉を続ける。
「……そうかい。西の人間じゃなくて良かったよ」
「旦那さん、それはどういう意味ですか?」
露店商はキャンディ達の耳を集め、周りを気にした後に説明を始める。
「…………あまり大声じゃ言えねぇがよ……近いうちに西方の剣合国軍と戦うんじゃないかって噂でな、町の兵達は剣合国軍領の人間だと分かれば片っ端から排除してるんだ。だから、あんた等がもし西の人間だったらと思ってな……」
「……それはご親切に。どうもありがとうございます」
「気にせんでくれ。お互いさまよ」
「?」
ナイツ、キャンディ、メスナの三人が一様に疑問符を浮かべた。
露店商は涼周に目をやり、先程とはうって変わった満面の笑みを浮かべる。
「あんた等は良いお客様だ。特に、そこのお嬢ちゃんのお陰で数ヶ月分の大儲けだよ」
ナイツ達は涼周の席に山積みされた丼鉢を見て納得。ホントに、よく食べる事。
両隣に座るナイツとキャンディは、何気ない顔で茸丼大盛を平らげた涼周の頭を撫でる。
「周、おかわりしますか?」
「ぅんっ!」
「……ほんと、何杯目だよ。……すみません、茸丼大盛もう一つ追加で」
「まいどぉ!」
この露店に限り、花が咲いて清き風が吹いた瞬間だった。
「さてと、兵隊さん達でも見に行きましょうか」
涼周を出しに使って様々な露店商から情報を聞き出したキャンディ。
寂れているとは言え宿場町なだけに、欲しい情報から要らない情報まで多く集まった。
ナイツ達はその中で、とりわけ気になった内容の真偽を確かめる事とする。
それは数日前から多くの兵が山を下り、南西へ向かっているといったものだ。
理由は十中八九、兵達が軍の結集場所に集まっている事だろう。
問題はその場所だ。干物類の携帯食料を扱う店の主が言うには、腰兵糧として商品を買っていった兵達が一様に、生横郡の南西国境辺りまで行くと話したらしい。
わざわざ国境に集結させるという事は、かの地に他の豪族軍も集まっている可能性がある。
「ん、干し柿おいしい。干し葡萄もおいし」
「あらあら童ちゃん。それは一応、私達のご飯でもあるからね」
食料袋から甘みのある乾物を取り出して食べ始める涼周を見て、メスナは軽く忠告する。
「……姉さん、もっと注意しといて。じゃないと周は貴重な糖分類を食い尽くすから」
設定上、メスナはナイツの姉になっていた。
「はぁーい。さっ、お兄ちゃんに叱られるから、今食べてるので終わりにしましょうね」
故にナイツはメスナの事を姉さんと呼び、メスナとキャンディもナイツの事をお兄ちゃんと呼んでいた。因みにナイツとキャンディは涼周の事を周と、メスナは童ちゃんと呼ぶ。
涼周は素直に食料袋をメスナに渡し、代わりといってはナイツの体によじ登り始めた。
「にぃに号にぃに号、にぃに号出発!」
「はいはい、ちょっと待ってて……そらよっと!」
よじよじと背を登る涼周を一度止め、改めて肩車するナイツ。
その様子は端から見れば完全な家族旅行に思えただろう。
ナイツ一行は何ら怪しまれる事なく宿場町を出ると、行商人に扮して郊外で待機していた李洪と二十名の輝士兵と合流し、馬を駆って隣接郡との国境を目指した。
「若、民の様子はどうでした?」
馬での移動中、情報集積係の李洪がナイツに尋ねた。
ナイツは涼周を後ろから抱きしめる形で手綱を握りながら、民について自分の考えを語る。
「町の民達からは、別段剣合国に対する敵意が感じられなかった。やはり俺達を目の敵として息巻いているのは、張幹軍の上役連中だろう。……俺が見聞きして感じたのは、旧豪族に連なる者達の我が儘に民が付き合わされているといった事だ」
「成る程、それでは頭達を潰せば生横郡は簡単に落ちますね。……逆を言えば、武孫郡の扶双と岐源郡の田慌の方が厄介ということに……」
「町民も自分達の領主より扶双、田慌の二人を褒めている者が圧倒的に多かった。元々あの二人が優れた人物との噂はあったが、生横郡の西と南といった位置関係も影響してか、中々の人気ぶりだったよ」
生横郡の西に武孫郡、南に岐源郡がある。
岐源郡を治める田慌の人物評は飛昭が言った通り、紳士的な豪傑。
一方、武孫郡を治める扶双は一本気な好漢として知られる。
両者とも剣合国への強烈な敵意はなく、手を出されない限りは争いを望まない性格だった。
それ故に李洪は、梓州平定の際に扶双と田慌こそが面倒な存在だと認識した。
「きっと武孫兵と岐源兵は、生横兵の数倍は強いと思う。……今から向かう国境地に、彼等の姿がないことを祈るばかりだよ」
ナイツも李洪の考えに同意を示す。
下手に大人しい敵より、恨みを原動力として動く敵の方が与し易い……と。




