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大戦乱記  作者: バッファローウォーズ
未来へ紡がれる想い
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託される想い


 律聖騎士団一万三千がアーカイ州北部の桜上歌に侵入した。


 トーチュー騎軍に次いで、またも理解不明の侵攻に曝された剣合国軍だが、今戦はかなり余裕のある状態と言えた。

フォンガンが守る桜上歌の守備は元から固く、彼の軍勢二万四千に加えて淡咲までもが六千の援軍を率いて後詰めに駆け付けていたのだ。


「私はあくまで撹乱と沈静役なので、通常攻撃及び突撃又は乱撃の役はフォンガン殿にお任せです」


「承った。それにしても、相変わらず戦法の撹乱は便利だな」


「撹乱と突撃若しくは乱撃が熟練度四以上あれば、大抵の戦は何とかなりますよね。特に撹乱は平地でもそれほど成功率下がりませんし、戦法ポイントも二十五と安上がりときたもんでぃ」


「むしろ奇襲の方が使い勝手悪いよな、これ」


「戦法ポイントが四十五も必要な上、妙に失敗する印象が強いですよね、これ」


 好きな戦略ボードゲームを興じながら、二人はそれを実際の戦に置き換えていた。

側近達は置いてきぼりをくらい、全く理解できないままに軍議が進む。


 然し、いざ開戦すれば戦は二人の手の平で踊りまくった。

淡咲の奇を突く攻撃に翻弄されたオネウス隊にフォンガン率いる主力部隊が突撃。馬延がオネウスに援軍を送れば今度は馬延隊に集中攻撃が浴びせられる。

開戦二日目にして律聖騎士団は六千近い死傷者を出し、馬延が殿となって退却する事となった。


「馬延隊長! ご子息の馬順様の姿がありません! もしや昼間の敗戦時に討たれたのでは!?」


「ふん……愚息ならばとっくに逃げておる。心配するだけ無駄な事」


 今戦でも逃げ足の早い小物感を遺憾なく発揮した馬延の子・馬順。

彼は勝目のない戦だと分かった瞬間、側近や愛馬とともにファライズへ向かって逃げた。


「馬延殿……本当にいいんすか?」


 撤退準備を整えたオネウスが馬延隊の将校と共に、馬延の許へ姿を現す。

彼等の顔には申し訳ない想いが十二分に現れており、今生の別れを自ずから察していた。


「構わぬ……残るのは某と老兵七百余りでよいのだ。貴公等は直ちにファライズへ戻れ」


「……俺はついこの間まで、ただの靴職人でした。だから分かんないんすよ。…………これ、皆で一斉に逃げるってのは駄目なんですか? 明らかに馬延殿、捨て駒の無駄死にじゃないすか」


 元が軍人ではなく、一介の職人だった彼には武人としての潔さや誇りがない。逃げろと言われれば逃げるのみ。

だがそれ故に、馬延が意味の無い死に方を選ぶ事を望まなかった。


「ふふ……お前達、そう睨んでやるな。これからはオネウス殿がお前達の上官になるのだ」


 オネウスと共に退却する事を命じられた馬延配下の将校達は、オネウスが上官の覚悟を汚したと思って彼を背後から睨んだ。


 それを宥めるのは他ならない馬延。彼は息子の馬順以上にオネウスを評価していた。

徳を失った重氏には彼の人柄が必要不可欠であり、彼にない軍才は自分の部下達に補佐させる事で補ってやればよいと。


「……ジオ・ゼアイ・ナイトであれば、我等を見逃すであろう。然しながら今の敵はフォンガンだ。奴は必ず追撃してくる。……あわよくば、その際にカイカン殿の仇でも討ってみようと思う」


「…………」


 明らかな虚勢と作り笑いに、オネウス達は言葉を失ってしまう。

馬延は諭すように、改めて言葉を掛ける。


「…………誰かが命を賭して敵を防がねばならん。それができるのはこの戦場にあって某一人。某が死ぬ事が皆を救う事。決して無駄死にではない」


「そうだとしても、あんまりすよ。元から無茶苦茶な命令だってのに……」


 オネウスは苦虫を噛んだ様に納得がいかない表情を見せた。


「貴公とは数ヶ月の付き合いであったが、近々ない隊長ぶりであったぞ! 思考、出自等々!」


「褒め言葉っすか、それ……」


 無理に笑わせてくる馬延に、人の良いオネウスは付き合わざるを得なかった。


「……褒めておる。……貴公が息子であれば良かったと思う程にな」


 オネウスを含む全員がその言葉を耳にして、再び言葉を失った。

思えば馬延は、恵まれない主と期待できない息子に悩まされ続けた不遇の将であった。

そんな彼が己の最期に近付いた時になって、己が想いを託す事のできる存在に出会ったとは、何とも皮肉めいた運命ではないだろうか。


「手前勝手な頼みではあるが、貴公等の為に死ぬ代わり、三つの事を約束してくれ。一つは仮にも愚息が隊長となってしまった際、その専横を諫めてほしい。二つは涼周という少女と合間見えた際、彼女を見極めた上で必要と思えば力になってくれ。三つは……変わらぬ優しさを以てファライズの民を案じてくれ」


「……分かりました。男として、馬延殿の想いを果たしましょう」


 三つの願いの全てが民に関わる事である所に、馬延の騎士としての誇りがあった。


 オネウスは宅飲み仲間として、男として、その崇高な想いを受け取り首肯する。


「ではもう行かれよ。敵地に長居は無用な事」


 馬延が背を向けて老兵達の許へ歩いていくのを機に、静かに一礼したオネウス達も、別れを示して立ち去った。


 馬延は桜上歌領内を流れるトロォ川の石橋付近に七百名の老兵と共に残り、オネウスは負傷兵を含む約六千の残兵を率いてファライズへと退却する。


 愚鈍な重横の命令により、また一人の良将がこの世との決別を覚悟した瞬間だった。


(……欲を言えば、もっと自由な考えに従ってみたかった。だが……もう良い。某の想いは彼等に託した。某よりも頭の柔らかい彼等ならば、きっと良き判断を下し、某以上の名将として史に名を残すであろう)


 陣頭に立った馬延は己が心にそう言い聞かせた。

ただひたすら自らの想いを仲間に託し、未練を捨てて彼等の未来に賭けたのだ。


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