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大戦乱記  作者: バッファローウォーズ
涼周の仁徳
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兄達の想い


 甘録を追ったナイツ達は、集落が点に見える辺りの場所で涼周を保護した。


「涼周! 何であんな真似をしたんだ! あいつは敵で、それも大将だぞ! 討ち取る事ができればトーチュー騎軍は瓦解し、仮に捕縛できれば俺達は限りない実利を得られる存在だ! それなのにお前は、自ら捕まりにいった挙げ句に逃亡を手助けして……何を考えてる!」


 保護された涼周を前にした途端、ナイツは想いを爆発させた。

無事を嬉しがる一方で、彼の心の中には自分の作戦を邪魔された怒りがあったのだ。


「…………」


 直立で項垂れる涼周は、兄の叱責を前にして無言だった。

まだ子供のナイツはそれが我慢できず、必要以上の怒声を以て涼周を叱りつけてしまう。


「あれだけちょこまかと動くなと言ったのに……海賊討伐の時もそうだったけど、勝手な判断を下すなよ! お前の立場は剣合国軍大将ナイトの次男なんだ! 捕まればどんな要求を――」


「…………たちば……は……なの……。にぃにのおとうとじゃ……ないの……!」


「あっ……ちが、違うんだ!」


 ナイツは涙を浮かべた弟を見て、直情的に怒った自分を恨む。

何せ涼周は常日頃から、先程のナイツよりも直情的なのだ。たった一つの言葉にも強く反応し、それが言葉の綾や物の例えだったとしても、そのままの意味で受け取ってしまう。


「……ナイツ様は童殿の兄だ。立場や血の繋がりは関係ない。兄故に弟の身を案じ、故に叱る。その想いが強いからこそ、きつく言ってしまったのみ。童殿を嫌ってではない」


 ナイツのフォローに回り、涼周を慰めたのは亜土雷であった。


(血の気のない顔をして、中々に熱い事を言うなこの御仁。それより血出てるし)


 飛昭は亜土雷の傷を心配しつつも、心の中で彼に感謝する。

同時に涼周も亜土雷に靡いてしまい、彼の足下に泣きつく様に抱きついた。


「…………亜土雷にとられた」


 一転してナイツは落ち込むが、戦場で甘やかす訳にはいかないと即座に気を入れ替える。

腰を屈め、今度は諭すように涼周に言い聞かせた。


「涼周。確かにさっきは言い過ぎた。でもな、戦場ではお前一人の勝手で多くの者が迷惑する事もある。何より自分の命を大事にしろ。……兄として言いたい事は、この二つだ」


「…………ぅ」


 涼周は聞きはするが、亜土雷の左足に顔を埋めてナイツを見てくれない。

頭を撫でられてやっと返事をする程にナイツは嫌われたが、それでも彼は兄として、弟に是々非々と命の大切さを教える義務があると思っていた。


「亜土雷もすまない。……傷の方は大事ないか?」


「今戦では遅れを取りましょうが、剣を扱えない程ではありません」


「無理しなくていいよ。トーチュー騎軍も大分下がっただろうし、隊の指揮は副将に任せて傷の手当てをしてくれ」


 亜土雷の利き手は左であり、甘録との戦いで負傷した肩も左だった。


「……では……」


 御言葉に甘えた彼は右手で涼周を離し、馬に跨がると一足先に呀錘集落へと戻った。


「韓任。俺達も集落へ戻るが、斥候を数騎放ってトーチュー騎軍の後退先を調べてくれ」


 ナイツの指示を受けた韓任は直ちに三十騎の斥候を放ち、広範囲の索敵を行う。


「涼周おいで。戻る……よぉ?」


 涼周へ向けて手招きしたナイツだったが、既に涼周は飛昭の肩車を受けていた。


「…………次は飛昭にとられた」


「あの、えっと……返しましょっか?」


 再び落ち込むナイツ。今度は気を入れ替える事がないのか、彼は項垂れままだった。



 集落に戻った亜土雷は軍基地の一室にて、自らの手当ての準備をしていた。

将軍である彼が自分一人で作業している訳は、兵達が亜土雷を恐れて治療したがらず、本人も怯えられながら手当てされるぐらいなら、自分で行った方が楽だと感じていたからだ。

抑々機動作戦のせいで衛生兵が少なく、彼等は重傷者に当たっている事も影響するが、治療専門の兵が充分に居る状況であっても、亜土雷は大抵の怪我なら自分で手当てしていた。


 然し今回受けた傷の中で一番深いものは左の利き肩。

利き手を動かすだけでも痛みが走り、亜土雷はここに来て準備にすら苦戦する事になる。


「……どうした? ナイツ様の部屋は三つ隣だぞ」


「…………ぁ」


 僅かに開いた扉から中を覗きこむ小さな客人を、亜土雷は一睨みした。怒りではなく、単純に何の用かを尋ねるだけの視線のつもりだった。


 亜土雷の睨みに臆する事なく、小さな客人こと涼周は中に入る。


「……やるから、じっとしてる」


 そして椅子に腰掛ける様に促し、亜土雷に代わって治療道具の準備を始めた。


「……できるのか?」


 涼周は小さく頷き、メスナから教わった事を思い出しながら丁寧な手当てを行う。

途中、何度か間違える事はあったが、その都度亜土雷の指示に従う事で、彼の手当てを無事に完了させる。加えて次は使用した綿布類の処理を行い始めた。


「ゴミはその辺にまとめて置いてくれ。後で片付けておく」


 それは普段の癖から生じた何気ない一言であり、言われた側の返事や態度も殆ど決まっている様なものだった。


「駄目。ゴミ置いとくと、怪我悪くなる」


 だが涼周のそれは、亜土雷の常識の裏をいった。彼は目を見開いて驚く。

仕事で彼を治療する兵ですら、後処理は自分がすると言えば颯爽と消え去るにも拘わらず、涼周は言動ともに彼等とは一切合切が違った。


(この子供は……純粋に私の身を案じてくれているのか)


 亜土雷はそう思うと、胸の中に今までは無かった熱いものを感じたという。


「……ふっ、弟……か」


 後片付けを終えた後、夕食の世話までした涼周は、疲れと空腹が祟って亜土雷の部屋でそのまま寝てしまった。

部屋主はその姿に顔を綻ばせ、この出来事をきっかけに涼周へ大きく心を開く。


 結局、呀錘集落の戦いでトーチュー騎軍は三千近い死傷者を出し、そのまま自領へと撤退。彼等は表向き上の理由として、多大な損害と甘録の負傷を挙げていた。


 本拠地の危機を免れた剣合国軍は翌日にも洪和郡の攻略を諦めて撤退を開始する。

トーチュー騎軍の剣合国裏切りを知った覇攻軍は、マドロトスの追撃派とガトレイの固守派に別れて論争に発展した。

だがトーチュー騎軍が自分達に従属している訳ではなく、群州から退いた甘録等が手薄な宝水城を攻める事もあり得るという見解と、剣合国軍の精強さを危惧した事から、最終的にガトレイの固守派の意見が通った。




「レトナ国陥落に際して、剣合国軍大将のナイトはカイヨー民の解放とレトナ国での狼藉の禁止、承土軍との停戦を条件に承咨の身柄を解放した。

カイヨー民救済に繋がる第一の働きを示したあの御方は彼等からの絶大な支持を受け、後述の第一次カイヨー解放戦に敗れた飛刀香神衆頭領の飛昭も、これを理由に忠誠を誓う。

あの御方の本拠たる義仁城の本城裏門を、今なお飛刀香神衆随一の精鋭部隊が守る理由。

それは上記の事に加え、あの御方も飛刀香神衆に絶対の信頼を置いている故。


山茱萸(サンシュユ)の月にはカイヨー解放を目的にトーチュー騎軍が承土軍に宣戦布告。

然し承土軍の錝将軍・衡裔により敗北。ここでトーチュー甘氏は重要な人物を、事実上永久に失う事となった。

残党と共に立ち上がった飛昭も、この戦を経て暫くの間はカイヨーから疎遠となり、あの御方の下で各地を転戦する事になる。


トーチュー騎軍敗北の後、来る戦に備えた剣合国軍は海賊討伐作戦に出る。

あの御方もナイツに従う形で参戦し、自らが人質となる事で拐われていた女性達を解放。

最後には飛昭の魔力を混ぜた魔弾によって海賊の首領を撃ち取った。

この時、承土軍所属だった聖闘将殿は白髪の美姫を用いてあの御方を試したとされる。

そしてあの御方の自己犠牲が彼の琴線に触れ、後の物語に大きな影響を及ぼす。



記録者として私は、時にこう思う事がある。

もしこうだったら歴史は大きく変わっているのではないか、という事だ。

そしてあの御方にとって、変わり目となる出来事はこの時の第一次カイヨー解放戦か、後述の第二次カイヨー解放戦であろう」


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