兄上様は犯罪予備軍?
海賊団を率いるベロケは涼周によって撃ち取られ、跡形もなくこの世から姿を消した。
残る賊兵も魔弾の影響を受けて気を失い、あっという間に乱獲され、戦闘は終結する。
「……ぅにゅぅー……」
魔力を出しきった涼周はヘロヘロ~とその場に崩れそうになった。
「おっと! ……よく頑張ったな涼周。お疲れ様」
「……ぅん……にぃに……お休み……」
ナイツに抱き止められて安心した涼周は、そのまま彼の中で眠ってしまった。
「ナイツ殿、まさか今のが……侶喧達を救った……」
涼周に大量の魔力を吸われた飛昭も体を重く引き摺っていた。
彼は今しがた目の前で起きた現象に心を奪われた様子。目を光らせ、狂った様に涼周だけを見つめ、ナイツからの返事を心待ちにしている。
「ふははっ! 尻尾があれば相当振ってるよ飛昭。……その通り、あれが遜康で承咨を穿ち、カイヨー兵の希望となった技。他者の魔力を吸収し、己の魔力と融合させた強力な弾丸として放つ。おそらく、人界全土を探しても涼周だけが成せる荒業じゃないかな?」
「おおおっ!!」
いつの間にかカイヨー兵の殆どが兄弟を囲んで声を震わせていた。
「……まあ、感動するのは分かるけど、先ずは敵を捕縛しておいてほしい」
「こっ……これは失礼しました!」
賊兵の拘束作業を忘れているカイヨー兵に対して苦笑いを浮かべるナイツ。
彼等の気持ちは理解できるけれど、皆が一様に動きを止めるのはまずい。
黒霧による気絶は数時間程度で効力をなくす為、それまでに賊兵を完全拘束する必要があり、できなければ再び戦いが始まってしまうのだ。
「……飛昭、さっきはその……ごめん」
近くにいる者が涼周と飛昭だけとなった時、ナイツは力無く謝罪した。
感動の余韻に浸っていた飛昭は、一体何の事と言わんばかりに首を傾げる。
「いや、さっきさ……涼周が人質に取られてるのを見て……冷静じゃいられなくなって、お前を睨み付けたから」
「それに関してはナイツ殿の怒り、至極尤もかと。……大きな声では言えませんが、多少の犠牲は仕方なしの対処をするべきでした。……やはり俺は、飛刀香神衆一の恥さらしだ」
「…………それに関してはで返して悪いけど、涼周が飛昭の言葉を遮ってまで腕に噛み付いた理由。それは何だと思う?」
「えっ? いや、あの時はいきなりの事で面食らってて……。素直に言うと、分からん」
ナイツは再び苦笑いを浮かべた。それで飛昭は更に疑問符を浮かべる。
「飛昭が自分を卑下し過ぎたのを、涼周は嫌がったんだと思う。こいつにとっての自分は良くも悪くも俺の弟。それ以上でもそれ以下でもないと。……だから、そんな自分の為にお前が自らの存在を否定した事を、否定したんだ」
「……俺の事を、想って……」
気持ち良さそうに眠る涼周を見て、飛昭は押し黙った。
一方のナイツは飛昭の事を、興奮したり感動したり黙ったりと忙しい奴だと心の内で笑う。
「ともかく、一段落ついた! ちょっとだけ失礼するよ」
涼周を抱き上げたナイツはそう言うと後の処理を暫くの間だけ飛昭に任せ、眠れる弟の寝床を作る為にその場を後にした。
この夜、ナイツ達は海賊主力を討伐した。
と言っても実際に討ち取った数は七百程度と少なく、主に本艦での戦いによる撃破数。
最初の六番艦やベロケが逃走しようとした中型艦の戦闘に於ける撃破数は以外と少なく、両艦合わせて涼周の黒霧によって捕縛された数が総撃破数を優に超えていた程だ。
砲撃を受けて操舵不能となった戦艦の乗員達も、ベロケの死を機に降伏を表明。
三隻の大破艦と一千六百もの賊兵を無抵抗で捕縛する事に成功した。
結果、三千近い賊兵が捕虜となり、ナイツは自分達の二十倍もの彼等を分割して収容。眠る事なく警戒を続け、メスナの後続船団の到着を待った。
早朝、ナイツ達はメスナが率いてきた船団と合流し、やっと人心地がついた。
「若、それに皆。戦に次ぐ警備、お疲れ様です。後の事は私達が引き受けます」
「うん、お願いな。……寒い上に眠たくて頭が回らないから、お言葉に甘えて仮眠をとる事にするよ」
早朝の海の寒さは、河上に浮かぶ義士城の同時刻以上であった。
後事をメスナに託したナイツは徹夜の警戒で冷えきった両手を白色の吐息で温めながら、涼周の眠る仮寝所まで足を運ぶ。
(おお温かい温かい! ちょいと失礼しますよー)
未だ深い眠りの中にいる涼周を抱き上げて自らの寝床へ勝手に移し、温暖機能付き抱き枕の如く扱いで抱き締める。
(ああ……落ち着くなぁ……。……温かいなぁ……お腹も空いたなぁ……寝坊できるなぁ……これ……)
仮眠のつもりだったナイツ。然し一級品を超える抱き心地を誇る涼周の存在が、彼をあっという間に深淵へと誘い、結果として本格的な眠りにつかせてしまった。
「にぃに、起きる。にぃににぃに、起きる。お昼、お腹空いた。涼周お腹空いた」
「ほがあぁ……?」
十二時。ナイツは間抜け面と間抜け声を上げて涼周に揺り起こされた。
「お早うございますナイツ様。よく眠れて何よりです」
「ぐっすりでしたよ若。お早うございます」
「韓任と李洪? お前達いつの間に……」
仮寝所にて涼周の次に声を掛けたのは、夜の内に海賊船団を迂回して逃げ道封鎖の任務を帯びていた筈の韓任と李洪だった。
「……念の為にお伺いしますが、まさか欲情を抱いたりなどはしておりませんな?」
「は? 一体何の事?」
若干の睨みが感じられる韓任の目と問いただす声に、ナイツは疑問符を浮かべた。
すると韓任と李洪は一様にナイツの体……否、彼が胸に抱いている存在を指差す。
「ほわああぁいっ⁉」
そこには何食わぬ顔でナイツを見つめていた涼周の、あられもない姿があった。
髪は大いに乱れ、服は大部分が捲れ上がっておへそから胸元までを晒し出し、ズボンも半分程まで下がり、腰に巻いている白い布はずれて純白な臀部を露わにしている。
寝ている最中にナイツの本能が涼周の事を、本当の温暖機能付き抱き枕と認識して強く抱き締めた為に、身動きの取れなかった涼周がもぞもぞした結果ではあるのだが、そんな事は韓任も李洪も、犯罪容疑をかけられているナイツすらも知りません。
「ちっ……違うんだな韓任の旦那! 李洪の兄貴! こっ……これは、誤解なんだな!」
「若、何のキャラですかそれ。流石に分かりませんよ」
「……ナイツ様、もうお昼なんだな。……そんな事言っても、無駄なんだな」
ナイツはメスナと交代する形で仮眠をとっただけと必死に説明するが、時既に昼を回っており、何の信頼性もない証言に李洪と韓任は目を細めたんだな。
「違うんだよぉー! そうだ、涼周! お前からも説明してやってくれ!」
ナイツは涼周にも弁明を依頼した。
だがこの時点で、ナイツはまだ頭が回っていなかったのだろう。
普段の彼ならば、抑々にして言葉足らずな涼周に説明を求める事などしないのだから。
「ぅん、にぃに、涼周強く抱いた」
「カアーーー⁉」
ナイツ、韓任、李洪の頭に稲妻が走り、皆が大口を開けて目を白黒させた出来事だった。




