海賊
剣合国軍に、涼周に次ぐ新たな仲間が加わった。
それは涼周の直属軍の様な気風を放つ元飛刀香神衆。総数は五万にも上り、彼等は平時に於いてはアーカイ州(慈経州北隣、群州の北東)防衛の一翼を担う事が決まった。
配属上はフォンガン、淡咲の指揮下に当たるが、彼等も飛昭達の想いを理解している為、実質的に元飛刀香神衆は独立遊軍の体を築く。
予期せぬ東方戦線の異常にも対応できる状態を整えた剣合国軍は、改めて覇攻軍領への侵攻準備を進める。軍備を整え、敵情を探り、策を練った。
だが、それだけが事前準備とは言えない。
主力の留守中に第三勢力からの逆侵攻を防ぐ備えをする事も準備の一つであり、その任務にナイツ率いる輝士隊と、涼周の護衛を志願したカイヨーの精兵が当たった。
檬屯湾沿岸部の集落
この日、ナイツ、涼周、飛昭の三人は直下兵を率いて群州北部にある海辺の集落で、汚ならしく、臭い非正規軍と戦っていた。
理由は、大挙襲来した海賊と沿岸守備隊が交戦状態に入り、手薄な箇所を突破した海賊が集落へ攻め入ったとの報告を受けたからである。
最近になって北の海域での覇権争いが激化し、かの海で敗れた海賊残党が流入していた。
韓任が巡察を強化して当たった所、一昨日までで三回もの小規模戦闘が発生。
そして昨日は中規模の海賊船団と遭遇し、韓任は寡兵ながら何とかこれを退けた。
これに危機感を感じたナイツが、輝士隊を総動員した海賊討伐を公表。
彼は手始めに、沿岸部で暮らす民に内陸側の集落へ避難する指示を出した。
だが、その矢先に海賊達が再び襲来。完全な避難ができていない民を一方的に惨殺し、若い女性を金目の物と一緒に拐っていた。
「全く、どこにも外道と言われる存在はいるものだなっ!」
一本の飛刀に魔力を込めた飛昭が、投げざまに声を荒げる。
飛刀は魔力によって数十本の分身を生み出し、ナイツ達が駆け付けたのを機に退却を始めた賊兵どもの背を射抜く。
「クソガキがっ……⁉」
「黙れ汚物が」
一方のナイツは、賊の隊長を圧倒的な実力差で捩じ伏せて、死に際に放たれた侮辱の言葉に、それを上回る侮辱で返す。
普段は真面目かつ気品を大事にする優しい彼でも、時としてこういった言葉を使う所にナイトの息子だと思わせる節があった。
(食料と女に飢えている海賊の成れの果てども。成果の上がらなかった昨日に腹を立てて一挙に押し寄せたつもりだろうが、それならそれで俺達は容赦しないぞ)
ナイツは内に抱いた怒りに囚われる事はなかったが、それでも彼の剣は一切の手加減がない。
それは弱者を相手にしなければ己が力を示せない賊兵の存在を、純粋に拒絶したからに他ならず、力とはこうあるべきだと言わんばかりに遠慮なく暴れた。
それでも、賊兵にとってはまだ二人の方が可愛いと言えた。
「うおっ⁉ ふざけんなよあのチビ! 船底に穴開けやがった!」
「やべぇぞ! こっちに来る! 来んな来んな来んな⁉」
民が無惨に殺され、家々が焼かれ、女性が襲われ、物が奪われている様子を見て、一番激情に駆られたのは涼周であった。
視界に入る範囲内の賊兵を一人残らず魔弾や鋭利な爪で討ち取り、退却に遅れていた錆びだらけの敵艦にも巨大な魔弾をお見舞いする。
「ひぃっ! く……来るな化物⁉」
海岸から甲板に、単身で飛び込んだ涼周。
ナイトと初めて出会った時以上の視殺の睨みを利かせ、腰を抜かしている賊兵達に銃口を向けた。
その目は赤光を放ち、情け容赦のいらない存在の死を楽しんでいるかの様にも見えた。
「……涼周」
「…………」
涼周が敵艦に突入し、数分後にナイツが甲板へ上がった時には、既にその場の戦場は一方的な虐殺で終結していた。
逃げる者へは足に魔弾を喰らわせて、身が伏せた後に止めを刺す。挑んだ者を滅多切りにした爪は鮮血を帯びて輝き、死した賊兵を嘲笑うかの様。
ナイツは名前を呼ばれて振り返った弟の目と姿を見て、良心を痛めた。
花を見るだけであれほど無邪気に笑っていた幼子が、自分の事を兄と慕ってちょこちょこと付いて来る弟が、今はまるで本物の化物に近い気配を放っている。
「…………一先ずは片付いたよ。ご苦労様。……こっちにおいで涼周、飛昭達がお前を捜している」
ナイツは黙ったまま自分を睨み付ける涼周に、こう言うしかなかった。賊兵に同情する要素もないし、ナイツ以上に優しい涼周が怒りを顕わにする事も当然と思えたからだ。
「…………ぅん……」
数秒経ってから涼周は爪を戻し、魔銃を収め、目も本来の黒色に落ち着かせた。
同時に睨みも薄れ、表情にも若干の色がつく。
「……よし、良い子だ。じゃあ皆の所へ行こう」
頭撫でを要求する事なく、涼周は右手を静かに出してナイツの左手を掴む。
魔銃を握り続けた小さな右手に、ナイツは異様な冷たさを感じた。
四隻のボロ戦艦で集落に上陸した賊兵は、ざっと二千近くはいたであろう。
その内の一千ほどが然したる抵抗もできずに成敗され、一隻は涼周によって操舵不能となる。
海賊団の主力も韓任、李洪、メスナの船団が姿を見せた途端に撤退を始め、追撃によって二隻と賊兵七百を捕らえるも、完全な撃滅には至らなかった。




