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大戦乱記  作者: バッファローウォーズ
若き英雄
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ナイツの経験値


「……ここまでか。急ぎ父上と合流する」


「……ははっ!」


 輙軍残党が殆ど降伏した頃、輙之文を追撃していたナイツは成果たる首級を上げる事無く馬首を返していた。

理由は死兵と化した敵の激しい抵抗に加え、遠方に広がる光景にあった。


 丘の北側にいたナイト達も、丘上からもたらされた報告でその状況を把握する。彼等は後処理を副将に任せると兵も連れずに丘頂上へ急いだ。


「おう、皆早いな。ついさっき、丘上に来るように指示を飛ばしたばかりだと言うのに」


 ファーリム、メイセイ、バスナに次いで頂上に到着したナイトと方元。

前者三名はナイトの考えを理解していた為に指示などは不要であった。寧ろ情報発信の手配をしていたナイト、方元の方が遅れてしまう現状にある。


「余計な前置きはいらん。余力のある俺の兵約五千を丘の南側に走らせている。……地勢を把握しきれていない故、経験則の布陣となるのが痛いがな」


 遅れてきた二人を咎めるでもなく、事態への対応策を述べるバスナ。

ファーリムの背を守り、ナイツの別働隊三百と共に敵騎馬隊を一蹴した彼の部隊は無傷に近い状態だ。その余力でこれから始まる二次戦の主力を担うという。


「頼む。俺達は部隊の再編成が済むまでに三刻(約一時間半)はかかるだろうが……」


「杞憂だ。俺と……其処の息子殿が当たれば半日は耐えられる」


 バスナはナイトと方元の背後に視線を向け、珍しく笑みを浮かべた。

時を惜しむ故に言葉にこそ出さないが、その表情には頼もしき仲間を得た喜びと「今回も派手に戦場を振り回したな」という小気味よさが見て取れる。


「そうであった! よく来てくれたな息子よ!」


 バスナの視線を追い、振り向き様にナイツの肩に手を置いた……筈だった。


「…………有難き御言葉」


 結論から言うと人違いであった。

ナイツと思い込んで声を掛け、肩に手を置き、面と向かいあった相手は自分よりも背が高い同世代の男性だった。

ナイトに間違われた男はナイツ直属部隊、通称「輝士隊」の副将を務める韓任という者。

韓任は三百騎の陽動部隊を率いて北西より現れ、バスナと共に敵騎馬隊を挟撃した後、ナイツと合流。そして今はナイツの隠れ蓑となり、彼の姿をカバーしてめでたくナイトの息子となった。


 韓任が真顔で答えた為に数秒の沈黙が流れたが、彼の影に隠れていたナイツが空気を変える。


「……御父上様」


 声音を韓任に似せ、彼の裏から愛情を持って父を呼ぶ。あくまで韓任として。


「ちょっと待て! それは無理があるぞ! お前確か俺よりも一つ上だろ!」


「私が言ったのではありません! 普通は信じないでしょうが!」


 確かにこの場の空気は変わった。若き英雄の一声で確実に変わった。最悪な流れへと。

真に受けて全身に鳥肌を立たせるナイトは目を白黒させて身を縮め、韓任も大いに動揺して声を荒げる。

その様子にファーリムは爆笑し、バスナとメイセイは呆れてものも言えず、方元は静かに目を瞑った。


 然し、急を要する事態を前にいつまでもコントをしている暇はなく、バスナが重い口を開いて話を戻す。


「……今はその元気を戦に使え。サキヤカナイ(覇梁直属軍の名称)は数理先まで来ている。俺が敵の攻撃を防ぎ、ナイツ殿の輝士隊には遊撃を頼む。加減も御身に任せる故、好きなように武功を立ててくれ。ただし、言うまでもないだろうが深入りと油断は禁物だ」


「父上達と互角に渡り合う敵の本軍を相手に油断なんてしない。全力で挑んだとしても千騎に満たない今の俺達では大した手柄も挙げられるかどうか」


「そう思うならば充分だ。では頼んだ」


 忠告に対する返事でナイツに慢心が無いことを確認したバスナは、危険かつ重要な役割を若武者に一任した。

普通ならば大将の嫡男にこの様な危険極まりない役目は回さない。ナイト、ナイツが全体の指揮を執り、バスナが遊撃隊を率いるのが筋だろう。

だが彼等にとってはその様な事は今更であり、気にさえしていなかった。


 バスナが独断で丘の南側に自分の隊を展開した時点からそれは始まっている。彼等は指揮官変更に伴う兵の動揺を抑え、各々が全力で戦えることを重視する為、そこに立場や位の上下が割り込まないのだ。

君臣という上下関係より仲間という横並びの関係が強い彼等ならではの対応の早さである。


又、バスナはナイツに剣術や軍学を教える師の一人だ。故にナイツが自分に匹敵するほどの強者と成長した事、それでいて驕ることなく全てに於いて隙を見せない性格をしていると知っている。なればこそ、慢心の無さを確認しただけで年若き弟子を信頼できたのだ。

バスナは、初陣からまだ一年しか経っておらず未だ評価の定まっていないナイツを既に認め、その才気が父ナイトを超えるものだと見ていた。


 父のスキンシップを軽くいなしたナイツは、バスナと言葉を交わした後に部隊へ戻る。

諦めのつかない父の熱視線と、それを見て再度呆れるバスナをおもむろに無視して。


「……正直な所、新手の陣容を見て輝士隊全兵と李洪達を連れて来るべきだと思った」


 丘を下る最中、ナイツが珍しく弱音を吐く。輙之文を追った先で感じた敵本軍の威圧は言わば前衛が放つほんの一部に過ぎない訳だが、それだけでも並の軍の数倍は心身を強張らせたのだ。そして丘頂上より敵の全体を見て、今度は心の臓を握られる重圧に襲われた。

柄にもなく状況に反した空気を放ったのは、自らの不安を和らげる為の愚策。

如何に実年齢に反した実力を持とうとも、本物の強敵を目の当たりにした際の精神力は年相応の一回り上程度だ。こればかりは戦歴を重ね、強者と戦い続けなければ得られない。真剣を用いて行うファーリムやバスナとの試合ではなく、生か死の二択しかない殺し合いに勝ち続けた経験値なのだ。


 当然ながら数多の猛者を討ち取ってきたナイト、ファーリム、バスナ、メイセイは鋼の如き強靭さを持ち、方元も長年の戦経験から彼等に匹敵するものを備えている。韓任はナイトに滅ぼされた小国を代表する将軍であり、ナイト達に臆さず挑めるほどに剛毅な性格だ。


「それが可能であればどれほど心強い事でしょうか。然し、ここには我々千騎のみ。我々が身命を賭してナイツ様を御守りするのは当然ですが、ナイツ様もご無理をなさらぬ様。もし、心に一抹の不安があるならば、矜持などは捨ててナイト様に一隊をお借りなさるべきです」


 戦人としては若く、それでいて人並み外れた才能を有するが故に抱える弱点。

韓任はそれを補う事が副将として又は一人の大人としての責務と心得る。


 ナイツも面子に拘って敗北を喫する愚か者ではなく、韓任の進言を素直に聞き入れた。


「……そうしよう。早速父上に兵を回してもらうように伝えてくれ」


「承知いたしました」


 韓任は来た道を戻り、足早にナイトの下へ向かう。

韓任からの援兵要請を二つ返事で了承したナイトは歩兵一千を直ちに動かし、一時的にナイツの指揮下に加えた。


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