敗退の報せ
ナイト達が義士城に帰還した二日後の事。
「はっ! とぁっ!」
「まだまだ、長剣の有効性を活かせてませんぞ」
城内にある屋外兵練所で、ナイツはファーリムから長剣の扱いについて学んでいた。
「……にぃに、がんばってる」
「童ちゃんも交ざる?」
「ぅぅん」
多くの外野と一人として、涼周とメスナの姿もあった。
「だからと言って長さに頼りきるとっ!」
不意にファーリムが大声を上げ、涼周が驚いた。
その瞬間にもファーリムは自らの長剣を振り上げ、ナイツの剣先を大きく弾く。
「咄嗟の反撃に遭った際、逆に振り回される要因となります。お気をつけを」
「はぁ……は……ありがと……ございました……!」
ファーリムは振り上げた剣を素早く返し、まるでその反撃を主攻撃として狙っていたと言わんばかりに、一歩も動く事なく切っ先をナイツの首元に突き付けた。
真剣を使った迫真の模擬戦に決着がつき、息上がったナイツが頭を下げて礼をすると、今まで固唾を飲んで観戦していた外野から大きな歓声が上がる。
「うおっ! 若様、お疲れ様です!」
「錝将軍相手に四分も渡り合うなんて流石!」
「俺達なんて三秒も持たねぇですよ!」
「それは……お前達、自慢する事じゃ……ないだろっ」
息を切らしながら苦笑気味に指摘するナイツ。
それでもファーリムを相手にした模擬戦で、いつも以上の善戦を示す事ができたのは確かであり、それに関しては純粋に喜んでいた。
「単純な持久力が上がった事もそうでしょうが、暫く見ない間に剣と顏から迷いの色が消えております。更には強者と対した際の畏縮が、今は殊更小さくなって見えます。……色々と、得難きを得たようですな」
「……剣を交えただけで……そこまで分かるもの……なの?」
「はい。剣を一合交えれば、相手の意識しているものが感じ取れます。二合目では敵が自分に抱く恐れの程が理解できます。三合、四合と交える度に、多くの内情が分かるのです。剣豪の中にはそれを極める者もおります」
「……極めると、どうなる?」
汗一つかいていないファーリムは真顔を一転させて、清々しい笑顔を見せる。
「たった一合で相手の全てを見破れるそうですぞ! 家族構成、年収、初恋の相手、振られた相手、知られたくない失敗談、嫌いな食べ物や性癖等々!」
「何か嫌だその極め方!」
「公衆の面前で晒す事により、相手の心に重傷を負わせ、此方の流れを形成できますぞっ!」
「できますぞっ……じゃないよ。余りにも卑怯じゃないか!」
「はっはぁ! ま、中にはそんな奴もおりました。若君は真面目者ですから、少々受け入れ難い戦法かも知れません。されど、剣豪にも十人十色。皆が必ずしも正々堂々とは、参りません」
「……それは一応覚えておく。兎に角、時間がない中で鍛練に付き合ってくれて有り難う」
素直で真面目なナイツを見て、ファーリムはもう一度清々しい笑顔を作った。
「……ぅんっ!」
そしてナイツが汗一杯の額を拭っていると、手拭いと水を持った涼周が駆け寄ってきた。
ナイツは涼周の頭を撫でて礼を言い、手拭いで汗を拭き取った後に水を一気飲みする。
「ぶふぁっ⁉ な……何これ……凄く甘いんだけど?」
口の中に広がる強烈な甘さにむせ返したナイツは、水を持参した涼周に問い質す。
「にぃに、これすきっていってた」
「……誰がそんな事を……因みに何を入れたらこんなに甘くなるの?」
「おとーさん。さとう、はちみつ、さとう、はなのみつ、さとう。たくさんいれろって」
(あいつかぁーい! これが好きなのはあんただろ、あの大の甘党めっ!)
ナイツは心の中で父を、あいつやあんた呼ばわりで罵倒する。
しかもご丁寧に砂糖を三回も入れている点が、彼を一層苛立たせた。
「はっはぁ! 相変わらず仲の良い事で何より」
「……仲が良いと思うならこれ飲んでみてよ。最早嫌がらせだよ、これ」
ファーリムは渡された砂糖水もどきの残りを頂く。
「ほぎぁーー⁉」
そして吹いた。その見事な吹き出しぶりは周囲の者が一様に心配する程。
何と言っても噴出量が飲んだであろうものの三倍近くあったのだ。一体何を吐いたんだか。
「ん、おいし」
「…………まじか……」
三分の一ほどの残りを飲み干した涼周が呟くと、ナイツとファーリムは唖然とした。
「若、ファーリム様、ちょっと……」
辺りが静まった時を見計らって、今度はメスナが駆け寄ってきた。
「大殿が軍議の間に召集をかけたみたいなんです。今、使いの者が……」
声を下げてナイツ達にのみ伝えるメスナ。
ファーリムとナイツは彼女の様子を見る限り、あまり良くない召集である事を察知した。
彼等は兵を本来の鍛練に戻らせ、軍議の間へと駆けつける。
軍議の間では大半の者が集まっていた。召集をかけたナイトを筆頭にキャンディ、安楽武、方元、槍丁、亜土雷、亜土炎、槍秀、李洪。尚、韓任は群州内の巡察に出ており、バスナはファーリムに代わって保龍西部で覇攻軍に備えている。
「皆揃ったな。では単刀直入に言おう。昨日カイヨー解放を目的としたトーチュー騎軍が承土軍と交戦したが、昨夜のうちに彼等は大敗を喫したそうだ」
「あの精強な騎馬軍団が……たったの一日で、ですか?」
聞き返したのはナイツだけではなかった。
槍丁や亜土雷でさえも耳を疑う程に、その報告は衝撃的なものであった。
「どの様にして敗れたかは、今はまだ分からん。だが、トーチュー騎軍が多大な犠牲を出して撤退したのは確かだ。先程、メイセイが事実確認を行った故、誤報ではない」
「…………」
皆が言葉を失った。軍備の再編成が未だ済んでいない状態の承土軍が、士気と質で大いに勝るトーチュー騎軍を打ち破る事等、誰も予期していなかったのだから。
「……洪和郡侵攻、どうなさいます?」
ファーリムが何時にない真顔でナイトに尋ねた。
それは六華将ハワシン・マドロトスが守る覇攻軍領への侵攻作戦の事であった。
「……その事に関しては軍師と既に話し合った。暫しの間、承土軍とトーチュー騎軍の様子を見定め、頃合いを見て行うつもりだ」
作戦自体に変わりがない事を知ると、その先陣を受け持つファーリムは静かに首肯した。




