もう一人の優しき弟君
飛刀香神衆四万七千の忠誠を得ながらも、彼等の主君となる事を拒んだ涼周。
あくまでも自分はナイツの弟であり、飛刀香神衆を従える者は別にいるとの意思を表明。
そして話し合いが一応の終息を迎えた今、当の涼周はナイツととも集落の視察と民心の安定を兼ねた散歩をしていた。
「うめ、うめ!」
ウメの木に咲き誇る赤い花を指差して、涼周は無邪気に跳ねる。
「ああ、綺麗に咲いているな。それにしても、涼周はやっぱり花が好きなのか」
ナイツの言葉を聞いて、大きく頷き返す涼周。
この子が気付いているか、いないかは分からないが、ナイツはウメの花を見て黙考する。
(涼周が使う魔銃と言う魔具。あれの変形後に舞い散るシラウメの花は何なのだろう。涼周の身を清めては静かに消えるその様、その気配……明らかに魔銃の効果とは別物に思えてならない)
魔銃の発動と涼周が持つ能力の異常性が際立つ中、ほんの数瞬ではあるが、シラウメの花が舞う様が明らかに一線を画していると感じていたナイツ。
(それに白夜王・オーセンや黒旋風・リキなんていう天界神話の一人物を知っているのも気になる。童話の登場人物ならまだしも、彼等は歴史家が集まってああだこうだ論戦する際に出る用語の一つの様な存在だぞ。とても涼周並みの年頃の子供が、興味で知る様なものじゃない)
数ある文献や軍記書物を読み漁ったナイツが、暇潰しがてら嗜んだ神話物語に登場する偉人達。
正直に言って庶民の中では、その存在を知るのは歴史を好む大人ぐらい。
軍人や為政者であっても、偉人達の人生から学ぶ際になって漸く名前を聞き、何を成した人物なのかを追求するかしないか程度だ。
簡単に言えば、マニアックな地方神話に登場する偉人の中の一人一人と言える。
「なあ涼周。突然で悪いけど、オーセンやリキをどこで知ったんだ?」
考えていても答えは見付からない。ナイツは率直に尋ねる事にした。
「ぅん? はなしてくれた。おーせんも、しゃらも、ふぉるげんも、めい・りゅうも、りきも、ろぅーしぇも……ほかにもいっぱい!」
出るわ出るわ偉人名のオンパレード。それは見事にオーセンの仲間と言われる者達だ。
ナイツはこれ程とは想定しておらず、驚愕の表情を浮かべずにはいられなかった。
「……そんなに沢山の人物を、一体誰が? もしかして母上か?」
「………………ぅん? ……だれが?」
然し涼周は、長い自問自答をしたであろう後に、逆にナイツへ聞き返す。
「……いや、俺の方が聞きたいんだけど……」
「……ぅにゅ…………あ、うめっ!」
困ったナイツの反応に対して涼周も困り、ウメの花びらが二人の目の前を横切ったと同時に、涼周の意識と気分は完全に逸れてしまった。
(……まあ、歴史好きの誰かが教えたんだろうな)
これ以上の問答に期待できないと判断したナイツは、涼周の謎の一つを自己解釈で済まし、一緒になって花見をする事を優先する。
涼周が笑っていれば良しと、ナイツお兄ちゃんは深く考えない事にしたのだ。
ナイト達はこの後、三日に亘って紗奈歌集落に留まり、民心の安定に従事。
後事は淡咲に任せて、ナイト、ナイツ、バスナ、そして涼周は義士城へ帰還した。
その頃カイヨーでは、また一つの戦が始まろうとしていた。
カイヨーからトーチューへ逃れる難民の群れが漸く終わり、騎馬軍団の進軍路が確保できた事で、盟友の仇討ちに意気込むトーチュー騎軍四万が出陣。
難民の中からも一万近くの義勇兵が集まり、甘録は延べ五万の軍を率いてカイヨーへ迫っていた。
「トーチューの益荒男どもよ! 一切の遠慮なく、敵を討ち果たせ!」
「おおさぁっ‼」
疾風となってカイヨーに侵入した甘録率いる先陣部隊二万。
大将が先鋒を司るなど普通はあり得ないが、これが彼の戦い方である。
「退けっ! 退けっ! 態勢を立て直すのだ!」
支えきれない勢いに負けた敵将が、全兵への退却指示を出す。
だがそんな采配はトーチュー騎軍にとって遅すぎる上に、間抜けすぎる。
彼等が全体的に背を向けた時、別動の騎馬隊がすかさず退路を遮断。
「すまないが、逃がしてはやれない! 皆、頼むっ!」
「お任せをォ‼」
優男然とした素朴な青年隊長の号令が、屈強な戦士達の士気を異様なまでに高めさせた。
「なっ……何だと言うのだ! ふざけるな⁉」
瞬く間に挟み込まれ、先程の苦戦が可愛く思えるほどの一方的な狩場が形成された。
「貴様等こそふざけるな」
その声に反応した承土軍の将が後ろを振り向くと、まだ四百メートルも先に居た筈の甘録が得物の大矛を頭上で留めつつ、鬼の如く睨みを利かしていた。
彼はものの数十秒で目前の敵を屠り尽くし、護衛兵も声を上げる前に一刀両断して地に伏せさせ、敵将が振り返るまで待ってやる余裕と優しさを見せる。
「ゆっ……許して……許してくだしゃぃ!」
巨馬に跨がった巨漢の甘録から大矛を向けられ、完全に畏縮した敵将は武器を捨てた。
そして用を足しながら両手をゆっくりと上げて降伏を表明し、お情に縋ろうした。
「貴様を生かす価値は雑草以下にも無い」
臭い態度と軟弱な気概に気分を害した甘録は即行で拒み、大矛を心臓の位置まで振り下ろす。
「貴様よりも、貴様の兵の方が切り甲斐があったわ。それと馬上で汚物を垂らすな。せっかく体躯の整っている名馬が台無しだ。今直ぐに死んで詫びろ」
中途半端に両断された敵将は死んでから謝罪を強要される羽目に遭う。
「残りの者も同様だ! 一人として生かすな!」
指揮官を失って戦意を喪失した承土兵を、甘録の咆哮とそれに応える猛兵が止めを刺す。
「……兄上……」
この戦場の敵が全て息絶えた後、甘録に駆け寄る青年がいた。
その目に宿る悼みの念に、甘録は後ろ頭をかく。
「…………殺り過ぎたか?」
「……少し。彼等にも家族は居ましょう。それに皆が決まって悪者では無い筈。勝利を次に活かす為にも、できる限りで良いので投降兵の命は助けましょう」
甘録と十余り歳の離れた弟・甘尹。
彼はトーチュー随一と謳われる仁者であり、騎軍の気風に反した穏やかさと慈しみの心を持っていた。
幼少より馬と暮らして共に育つトーチューの者でも扱いに困る荒馬を、彼は今まで何十頭も手懐け、その事から「万物に愛される甘氏の弟君」と、人馬ともに慕われている。
「……全く、我が弟ながら本当に似ておらん。抑々だな、この戦はお前の許嫁を助け出す為でもあるのだぞ。……現にお前自身も出て来ておるではないか」
「私の為であろうがなかろうが、大勢の人を殺し尽くすのは一害を残します。我等トーチューの者は誇り高き者だと、兄上はいつも仰っておいででしょう?」
「……まぁ……な、皆の前でそう言ってはおるが」
「でしたら、承土軍と同じ事をするのは慎みください。誇りを血で染めては、我等も奴等と同じになってしまいます。……族長たる兄上が、進んで人を生かしてください。私も、全力を尽くしてお支えしますから」
皆に深く慕われている弟に、こうまで言われては甘録も考えを改めざるを得ない。
実際、子供の頃から気性の荒すぎた甘録が今の様に落ち着きある性格となったのも、この甘尹の人柄が影響した結果である。
「おうおう分かった分かった」
後ろ頭をかきながら似合わぬ笑顔を作る甘録を見て、甘尹や猛兵達も表情を和ませた。
この後も彼等の進撃は凄まじく、迎撃に現れた承土軍部隊は悉く蹴散らされた。
カイヨー解放軍は、気持ちの良い連勝と圧勝に酔う形で勇進を続ける。
だがこの時、蒼虎の衡裔が人目を忍んでカイヨーに入っており、敵の総代将として承土軍を指揮していた事を知っていれば、彼等は間違いなく足を止めていただろう。




