飛刀香神衆の忠誠
ナイトとバスナ、それにナイツと涼周は、基地内の客間で侶喧達からカイヨーの陥落についての詳しい事情を聞く事となった。
「先ず飛刀香神衆を裏切り、承土軍に寝返った者がおります。頭目の一人で、重鎮でもあった殷撰という男です。奴は河岸の守備を任されており、そこから承土軍を招き入れました」
カイヨー東部を流れるシンシャク川の河岸を守っていた殷撰。
彼が衡裔に囁かされて承土軍に寝返った為に、承咨の軍勢がカイヨーに雪崩れ込めたのだ。
「殷撰が何故敵に寝返ったのか、これは我々の憶測ではありますが、おそらくは飛影様(飛刀香神衆頭領)に対する逆恨みではないかと」
「飛影殿と殷撰とやらの間に、何か思い当たる節でもあったのか?」
朝茶漬けを食べていない至極真面目なナイトが、すかさず問い質す。
人を上手く使う術に長けた飛影という人物を知っているだけに、疑問が起こったのだ。
「殷撰は長年の功績と実力はあれども、それを鼻にかける輩でした。奴は自らの子である殷諞が成人したのを機に、飛影様の息女・飛蓮様をどうにかして息子の妻に迎えたいと画策しておりました。ただ、飛影様は元から飛蓮様をトーチュー騎軍の長・甘録の弟の甘尹へ嫁がせるつもりだったのです」
「盟友であるトーチュー甘氏との繋がりを厚くさせる為、縁戚関係を築こうとした訳か」
「それが現実味を帯びていく毎に、殷撰は面白くなくなったのでしょう。……カイヨー陥落によって、飛影様と飛簡様(次男)を始めとした一族の方々が殺される反面、飛蓮様ただ一人が生かされた事を思えば、寝返りの理由はそれではないかと」
(殷撰と言えば飛刀香神衆の中でも名の知れた賢人。……そんな者が逆恨みごときで、徒に乱を呼び込むだろうか?)
「……その飛蓮殿と、長男の飛昭殿は今は……」
違和感を覚えながら問い掛けたバスナに対し、侶喧とはまた別の頭目が答える。
その者はカイヨー陥落から解放に至るまで、カイヨーに留め置かれていたと言う。
「……姫様は殷撰の家へ連れていかれました。解放の際は虜兵ではない事と、殷家の者ならば皆がカイヨーに留まるべきとの殷撰の考えで……今も当地に居られます。飛昭様は承土軍侵攻の折、南部国境の警備に当たっておられました。然し、一時的に北上したファーテイスの承土軍と城を落とした承咨の侵攻軍に挟まれて敗走。以後の消息は掴めておりません」
「……そうか。もっと早く知っていれば、飛蓮殿も救い出せたかもしれん。……すまなかった」
ナイトは侶喧達に謝罪する。
彼に罪がある訳ではないが、これには侶喧達も曇った表情を見せるしかなかった。
客間は数秒の沈黙に包まれたが、やがて気を入れ替えた侶喧を筆頭に、頭目達は無理にでも良い顔を作って見せる。
「……ですが、カイヨーを庭とする我々が解放されたのです。今直ぐにとは申しません。カイヨー解放の時が来た際には、何卒、我々をお使いください。飛蓮様救出は元より、剣合国軍の為、涼周様の為に、身命を賭す所存」
「だめっ!」
だがその意思表明に、真っ先に反応した者はナイトではなく涼周だった。
当然ながら皆の視線が、高く鋭い声を発した涼周に集まる。
「……いのちすてる、よくない」
続く一言にナイツは疑問符を浮かべて言葉を失い、ナイトとバスナは唇の端を上げ、侶喧は動揺する他の頭目と違って明るい笑みを作る。
「やはり貴方様はお優しい。……命賭すと聞いて、「本当の命懸け」と捉えたのですね。ご安心ください。先程のものは我々の熱意を例える一表現に過ぎません。私は砦の中での出来事と、貴方様へ誓った言葉を皆に伝えています。そして皆が、「家族に次いで涼周様に尽くす」の言葉に了解を示し、感銘を覚えました」
言葉足らずな涼周の意図を侶喧が代弁した事で、ナイツはやっと涼周の真意を理解。
要は涼周が、侶喧の言葉を直接的に意識してしまったのだ。
(誠意の程度を最大限に表した例えが、「死兵」を意味する言葉として伝わっていたのか)
ナイツは涼周の事を、何とも直情的な弟だと思った。
然し、その直情的な性格こそが涼周の魅力に他ならない。
現に侶喧達は涼周に敬服しており、次に発せられた言葉は何よりの証となる。
「そして各頭目が話し合った結果……涼周様! 是非とも我等に、貴方様を新たな主と仰がせていただきたい!」
「なっ、何ぃ⁉」
ナイト、ナイツ、バスナ。剣合国を代表できる三名が、同時に声を上げた。
「……だめ」
「なんでぇー⁉」
そして今度は、三名に加わって侶喧達も声を上げて驚く。
これ程の熱い想いをぶつけられては、誰であろうと拒む事はないと思っていただけに、彼等は正に度肝を抜かれた。
「ひめさま、まだいきてる」
「なっ……⁉」
またも言葉足らず。されど、皆にはその言葉だけで充分だった。
涼周という存在を二の次にしろ。この考えに偽りがなかったのだ。
「飛蓮様を救い出し……あの御方を……主に。では貴方様は……?」
「にぃにのこ」
「いや、俺の弟ではあるけど……子供ではないだろ」
「何で俺の子供って言ってくれないんだ涼周ー! とーさんは悲しいぞ!」
「ふ、ふふっ! 残念だったなナイト殿!」
状況は混沌を極めかけていた。
涼周は兄の右腕に抱き付き、ナイトはその様子を見て嫉妬に狂い、バスナは口元を手で覆って笑いを懸命に堪え、侶喧達は涼周の考えに信服状態。
「むぅ……おとーさんも、にぃにのこ」
「こんなアホな息子絶対嫌だわっ‼」
「父に向かってあるまじき発言だな息子よ俺が奥とイチャイチャしなけりゃお前はいねぇぞでも涼周がおとーさんと呼んでくれたから大目にみてやるよ有り難く思いなヒャァッハー‼」
そして悲しむナイトを想った一言が決め手となり、状況は混沌を極めた。
ナイツは半ば発狂。ナイトは白米と酒を召喚し、茶漬けの要領で白米に酒をかけた「酒漬け」を食べ始め、自棄食いと自棄酒を同時にこなすという上級宴会魔法(超極々稀に使用できる者がいる。現在判明している数は人界中に一人……こいつじゃねぇか)を披露。バスナは顔を部屋の隅に向けて肩を震わせている。
「おやおや何だか面白そうな状況ですね? 私も混ぜてくださいです。おっと手が滑りました」
「ぃあっ⁉」
「おおぉっ⁉」
そこへ淡咲が涼周の背後から姿を現し、涼周の服を捲り上げて皆の前でポロリさせる。
涼周の悲鳴とともに侶喧達が身を乗り出してそれに食い付き、もう……収集がつかなくなった。




