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大戦乱記  作者: バッファローウォーズ
若き英雄
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輙軍敗北


 ナイツが参戦したことを本人の名乗りで知ったナイトとファーリムは、この戦の勝利を確信した。

二人は生じた流れに逸早く乗じるべく温存していた戦力を惜しみなく放出する。


「閃神、紅風の二隊を出せ。敵将を討つ!」


 ナイト隊が誇る必殺の部隊を繰り出し、手薄となった摩申の本陣目掛けて突撃を開始。

主力兵・予備兵の多くをナイツに差し向けた摩申本隊にはこの強襲を防ぐ術がなかった。


「摩申様、ナイト本隊を止められません! 直ちに後退して下さい!」


「……馬鹿者、俺が退けば前線は崩壊する。動かせる兵を全てここに集めよ! 懐深く入り込んだナイトを返り討ちにするのだ」


 側近の避難要請を拒み徹底抗戦の意を示す摩申。彼の指示により多くの兵が大至急で集められるが、ナイト本隊は既に表情を視認できる距離まで来ていた。


(俺としたことが、ジオ・ゼアイ・ナイトとその直属軍の力量を大きく見誤ったか。最早あれは止められぬ。かくなる上は一時でも耐えて右翼の突破を防ぐのみ)


 防柵ごと輙軍の兵士を吹き飛ばすナイト本隊の前には、どれだけ守りを厚くしても無駄だった。弱まるどころか強まる勢いに、救援に駆け付けた兵達は身が竦んでしまい残らず駆逐される。


「摩申様お逃げ……ぐはっ⁉」


 最後の盾となる重装兵も全く相手にならず、容易くナイトの突破を許してしまう。


「敵将、すまんがお前の首をもらうぞ」


 敵中を切り抜けたナイトはその場に留まり続ける摩申と対面し、一度馬の足を止める。

そして改めて剣を構え直すと、馬の腹を軽く蹴って再度駆け出した。


 迫り来るナイトに対し、摩申も最期の務めを果たさんとして槍を手に馬を進める。


「剣合国軍大将、御命頂戴致す!」


 絶妙な間合いで突き出された摩申の槍は心・義・体全てが揃っていた。


 然し、ナイトとの力量差は正に天と地。一瞬で槍の軌道を捉えた彼は体を捻って刃先を躱し、避け様に槍の芯に剣を通して槍ごと摩申を両断した。


「輙軍左翼の将 摩申、討ち取ったぁ‼」


 ナイトの雄叫びに呼応して剣合国軍に大歓声が上がる。

それに反して丘上の輙軍本陣は大いに揺らぎ、輙之文は怒りに我を忘れた。


「父上に続いて摩申までも! これ以上奴等の好きにさせてたまるか! 全兵、丘を下って敵大将ナイトを討て!」


 父の代から仕えている忠臣の死を機に、輙之文(チョウ・シブン)の中から冷静さが失われる。

自軍の役目を見失ってしまった彼に側近達は諫言するが、若さ故の激情がそれを押し切り、輙之文自ら兵を率いて丘を駆け下りてしまったのだ。


「大殿、御見事です。されどまだ気を抜く訳には参りませぬ」


「分かっている。方元、一千の歩兵を息子の方へ送り、二千の歩兵と五百の騎兵をメイセイ隊の援護に回せ。そして俺とお前で敵本隊を受け止める」


「承知いたした。前衛は我が長槍隊が担いましょう」


「頼んだ。俺は第二次突撃の準備に移る」


 僅かな守兵を残して出撃した輙之文本隊は三千程。将の戦死によって潰走した摩申の敗残兵を加えても五千に満たないものの、大将自ら率いるとあって流石に士気は高く、方元配下の兵を相手によく攻めた。


 だが、その勢いも長続きはしなかった。

輙之文が丘を下り、万全な布陣を解く時を見計らっていたファーリムが隊随一の精鋭を伴って本領発揮。

瞬く間に相対する敵将・徐報(徐邢の弟)を討ち取り敵陣を突破すると、手薄な丘を奪取。剣合国軍の旗を並び立てて、二千の兵と共に輙之文を見下ろしたのだ。


「はははっ! 大将と若を囮にしたんだ。これしきの戦果ではお叱りを受けよう! 皆、登ったばかりで悪いが、今すぐ逆落としを掛けて敵大将を討つぞ! 武勲の荒稼ぎ時と心得、改めて剣を振るってくれ!」


「オオオ‼」


 半数の兵を守備に残し、ファーリム率いる精鋭隊は風を切る速さで丘を駆け下る。


「ここまでだ! 輙様をお逃がししろ! 殿(シンガリ)は私が受け持つ!」


 輙之文に代わって崩壊していく前線の指揮を執っていた徐邢(ジョケイ)は、ファーリム隊が動いたことを確認すると側近達に命じて大将を強引に戦線離脱させようとする。


「逃がさん。全騎続け!」


 ナイツは五百の精鋭騎兵を連れて、前線から逃れていく輙之文を追撃した。

だが主を討たせまいとする輙之文の部下達は、皆が一様に死兵と化して頑強な抵抗を見せる。


(この期に及んで兵士一人一人に「必死」の二字を抱かせるか。……だったら尚の事、逃す訳にはいかない)


 追撃の手を一切緩めず徐々に距離を縮めるナイツ。

輙之文を討つべき敵と見定めた彼の目には迷いも情けもなかったが、不思議と大将首が直接的な距離に反して遠くにある様に感じだ。



 一方、殿(シンガリ)として戦場に留まった徐邢は残存兵を率いて奮戦していた。

彼はこの地を死に場所と定めるものの、玉砕覚悟の突撃は行わず、残軍の中央に入って不退転の構えを示す。

指揮官である彼が早々に戦死すれば、この地の輙軍は降伏しようが抗戦しようが速やかに排除される。殿として多くの敵を長時間防ぎ止める事を考えるならば、武人として華々しい最期を遂げるより、一刻でも長く戦闘を継続させるべきなのだ。

つまり、徐邢が存命する限り剣合国軍はこの消耗戦に付き合わざるを得ず、それ故にナイト、ファーリム、メイセイ、方元の四将は容赦なく攻め立てた。


そして――


「貴様が敵将か」


 数十騎と共に敵中を突破したメイセイが遂に徐邢の本陣をその隻眼に捉えた。

疲労や流血をものともせず、自他の鮮血で全身を朱に染めて尚、衰勢を感じさせない彼等の勇姿に徐邢達は肝を冷やす。


「まるで赤鬼だ。全員で一斉に掛かれ!」


 本陣を守る殆どの兵がメイセイ達に襲い掛かる。数は数倍に上り、それでいて全兵が無傷だ。


「今更何をぬかす!」


 だが、メイセイにとってこれ程の苦境は苦に該当せず。

敵将校から奪った四本目の矛と自らが愛用する大剣で平常通り切り進む。その姿に変わらぬ頼もしさを感じた直下兵達も全力でそれに続く。

メイセイ達にとって今この場こそが正念場である。戦を早期決着に導く為、武功獲得の為、何より命を賭すことさえ惜しくないと思えるナイトの為。


(メイセイ、先陣を頼むぞ!)


 先陣の任命と共に向けられたナイトの屈託無き笑顔が、メイセイの頭を過る。

貧民として生まれ、礼も愛想も知恵もなかった彼を「仲間」として受け入れたナイト。

悪政を敷く大貴族の軍に正面から立ち向かった際、恐ろしくないのかと尋ねれば「意に介さず」と。

横の繋がりが大きい貴族を敵に回せば、自分の首を絞めるぞと忠告しても「全く意に介さず」と。

抑々自領の民でもない自分達の為に何故と言いかけると「それこそが全く意に介すべきに非ず」そういって先頭を駆けた。


「何としてもこいつを止め……がはっ⁉」


「邪魔をするなというのが分からんか‼」


 あの勇姿に憧れ、あの人柄に絶対の忠誠を誓った。

なればこそあの男の為に男は武器を振るい、血を流し、ひたすらに先駆けるのだ。


「俺達の一振りが勝利への階だ! この飛雷将に続け‼」


「……っ! タラアァ!」


 飾り気のないメイセイにしては珍しい物言いの檄。

だが体力に限界を感じてきた直下兵達はこれも悪くないと血汗に染まった顔面に笑みを加え、全力を超えた力で将に応える。


「はあぁ! むっ……折れたか」


 勢いづいた兵と共に一気に敵将まで切り進もうとした矢先、気勢を削ぐように敵から奪った矛が破損する。


「メイセイ、覚悟!」


 すかさず敵の部隊長が馬を走らせ槍を突き出す。彼からしたら今がメイセイに生じた隙だと思ったのだろうが、それはあまりにも愚かな考えだった。


「どけ!」


 眉間狙いの槍を軽く躱し、続け様に左手の甲で敵の首を撥ねる。頭と胴が離れた敵の隊長は、糸の切れた操り人形の様に馬上から崩れ落ちた。

抑々、特注で作った愛用の大剣に比べ強度が極端に劣る一般的な敵の武器なんぞにメイセイが信頼する事はあり得ない話だ。故に左手には矛があるといった慢心も、矛が折れた事に対する動揺もなく、何食わぬ顔で敵を返り討ちにできる。


「……化物め!」


 部隊長を討ったことで更に勢いを強めたメイセイはあっという間に徐邢の目前に迫った。


「くっ……!」


 剣を振りかざし最期の抵抗を見せる徐邢。だが彼とメイセイでは勝負にならなかった。

武術に心得がある将の剣速を遥かに上回るメイセイは、次の一瞬で徐邢を馬ごと縦に一刀両断する。


「敵将 徐邢、飛雷将メイセイが討ち取った!」


 重厚な渋みのある声が戦場に轟き、剣合国軍の歓声がそれに続く。

対して、輙軍の残党兵は様々な反応を見せる。自棄を起こしてまだ戦い続ける者、虚脱感からその場に倒れこむ者、戦場から逃げ出す者。だが敗軍となった今、彼等の行動は全てに於いて無駄となる。

剣合国軍もこれ以上の無駄に付きあう暇はなく、丘奪り合戦が終了したと見るや、敗残兵に投降を促す。


「輙軍の兵等に告ぐ! お前達はよく戦った! その誉れ高き奮戦を俺はしかと見届けたぞ! 故にこれ以上示す必要はなく、将が死んだ今、降伏しても恥にはならん。……心配せずとも、お前達を悪いようにはしない。家族を想うなら武器を捨てろ」


 ナイト自らの降伏勧告には、勝者を思わせる威圧的な物言いが欠如していた。

それは彼が意図的に優しく諭す術を知らず、常に本能的に語りかけるからに他ならない。

今戦に至っては「俺に真っ向から挑み、全力を尽くした末に敗れた彼等は一敗者に非ず。互いの武勇を示すに相応しい、守るべき者を知る戦死也」といった思いを語ったに過ぎなかった。


 だが、その裏のない気持ちは敵味方を包み込む声音となって表れ、戦士達から負の感情を取り払う。

ナイトを信じて降伏しよう。輙軍の敗残兵の多くが自然とそう思い、武器を捨てる。

敵歩兵約四千名の武装解除は迅速に行われ、無力化に成功。丘及びその麓は完全に剣合国軍が占拠した。

然し敵の騎兵のうち、数百は降伏をよしとせず、足の速さを活かして速やかに戦場を離脱。無用な死傷者を望まないナイトは追撃命令を出さず、逃げる者もよしとした。


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