従属者の苦しみ
陣地東側の局地的敗北は中央の指揮を執っていた霍恩の許に直ちにもたらされた。
「おいおい、しっかりせんか騎兵ども。お前達の運用費が一番高いのだぞ。……まあ愚痴を言っても始まらん。残った騎兵は戦線を離脱させ、東端の歩兵部隊は一度下げろ。予備兵の多くを東側に集結して端々の部隊を厚くさせるのだ。……一先ずはそれで凌ぐぞ。何より、砦の方が面白い事になっておるでな。下がるに下がれん」
霍恩は横目でバスナが守る砦を見た。
そこでは壮絶な非人道作戦が行われていたのだ。
「バスナ将軍! お下がりください! 攻城砲の弾がここにまで届いております!」
「……承咨、この外道が!」
怒気含んだ声を上げて南側の壁上から避難するバスナ。
彼の言葉からも察せられる通り、遅々として進まない砦攻略に痺れを切らした承咨は人の道に外れる作戦を繰り出していた。
後に伝わる言葉を借用するならば、それは「虜兵標的式攻城砲斉射作戦」である。
大盾を用いた鉄壁防御戦法は敵の壁上への侵入を徹底的に防ぐ代わりに、壁上からの射撃攻撃面が大いに減少し、迎撃殺傷力を低下させてしまう。
承咨はその欠点を逆手にとり、銃兵の格好の的となる攻城砲部隊(炸裂する鉄の塊を撃ち出す固定型の大砲を攻城砲と言い、命中精度が低い為に銃と同程度若しくはそれ以下の射程圏内でなければ狙った場所に当たらない)を前進させ、盾兵の突破に苦戦するカイヨー兵ごと大盾を砲撃で撃ち崩した。
確かにこの作戦なら守兵を確実に死傷させ、突入口を作ることも可能。
然し攻城砲の照準は盾兵に肉薄しているカイヨー兵であり、間違いなく彼等も命を落とす。
「第二虜兵部隊を出せ。この流れならば奴等だけでも砦は大きく揺らせられる。奴等との消耗戦を経て守兵が衰えた時こそ、我が軍の主力を投入する」
捕虜と言えども無闇やたらと殺生したり、非人道的な作戦に関与させる事は戦史の暗黙の了解に反する行為。
行えば必ずや他国のみならず自国民の信頼までも失い、外交・内政の全てに大きな支障をきたす事は間違いない。
そのような不利益を承知の上で、作戦の決行を命じた承咨はある意味で大物だった。
承土父子はともに人の感情に疎いとの噂はあるが、この行為こそが証明に相応しいだろう。
砦の南側壁上は、先程とは打って変わった劣勢となる。
多くのカイヨー兵が傷付いた体の痛みと無情の仕打ちに対する涙を堪え、バスナ隊の盾兵や同胞の屍を踏み越えて侵入を始めたのだ。
まだ完全な占拠に至ってはいないものの、第二陣七千の虜兵部隊が後詰めとなった今、物量の差で押し負ける事は目に見えていた。
「……砦の内部で耐える。一千の兵だけを残して賀憲隊を全て砦に入れろ」
バスナはカイヨー兵との決戦を砦内で行う事を決めた。
彼自身はまだ大盾による防御戦法が継続している東壁に本陣を移し、副将の賀憲が率いる残兵四千の予備兵部隊のうち三千を砦内に加える。
砦の守兵七千と合わせた一万の兵力であれば充分にカイヨー兵を押し止める事が可能であり、南壁を放棄したとしても砦内の防戦ならば後に続く承咨本隊までも抑えられるとの算段あっての事。
敢えて要所を捨てる事で、味方兵と虜兵の死傷を減らそうとしたのだ。
「承咨様、防壁の上からバスナ兵の姿が消えていきます。それを追うようにカイヨー兵達が続々と内部への侵入を始めました」
本陣に設けられた高台からの報告に承咨は微妙な表情を浮かべた。
強引な攻め方で砦攻略が進んだと見るべきか、結局はバスナの手のひらで踊っていると見るかで喜か憂かが変わるからだ。
一方砦内では、壁上へと続く階段の登り口、計五箇所で激戦が繰り広げられていた。
登り口は多勢を頼りとした攻め方ができない様な構造となっており、バスナはここに兵を集中させてカイヨー兵の迎撃を命じていた。
「……この様な戦に我等の技を使いたくはないが……仕方ない!」
登り口での戦闘だけでは大盾越え同様に、遅々として進まない。
虜兵部隊を率いる元飛刀香神衆の頭目・侶喧は苦渋の末に、階段の途中や壁上で止まっているカイヨー兵達に命令を下す。
「飛刀を以て頭上から剣合国兵を攻撃しろ!」
飛刀香神衆が得意とする短刀投げによる攻撃命令だった。
カイヨー兵達は数瞬に亘って二の足を踏んだが、やがて先程の攻城砲作戦を思い出す。
(また砦攻略が滞れば……次は何をされるのか決まっている……)
(出陣の時だって奴等の付け入る隙を作らなければと言っていた……)
(俺達が足を止めたら……今度は俺達だけじゃなくカイヨーに残してきた家族まで……!)
一人一人のカイヨー兵が、剣合国兵の命と自分及び家族の命を天秤にかけてしまった。
そうなっては後に起こる現象こそ決まっている様なものだ。
カイヨー兵達は腰に下げた刀入れから短刀を抜き取ると、断腸の想いで高所からの一斉飛刀攻撃を行う。
「賀憲様! カイヨー兵の飛刀攻撃です! 登り口周辺の我が兵に甚大な被害が出ています!」
「くうぅ……やむを得ん、銃兵・弓兵は撃ち返せ! 戦線も飛刀が届かぬ所まで下げるのだ!」
バスナに代わって最前線の指揮を執っていた賀憲は、カイヨー兵の出方に対して同様の戦法を執った。
ここに両軍激しい矢弾と短刀の応酬が展開される。
死傷者の数は一気に跳ね上がり、漁夫の利を得る承土軍だけが喜ぶ戦いとなった。
その証に、砦内部の戦闘状況を報告された承咨は、味方すら恐れを抱く程の歪みきった笑みを見せる。
「承咨様。虜兵部隊が本腰を入れて敵を攻撃し、バスナ兵は砦内部の戦線を大きく後退させたとの事で……しょ、承咨様……!」
「続けろ」
「は……はい。敵は大きく後退。カイヨー兵、バスナ兵ともに多大な被害を出しております……」
「ふふふ、それで良い。良い、良いぞ!」
結果的に攻城砲作戦は承土軍の喜となった。
人界に名を轟かす剣豪バスナとの戦で、若き承咨が確実に押し勝ったのだ。
「承咨様……何処へ……」
この喜びを得た承咨はゆっくりと馬を進める。
彼の意識と体は本能的に砦へと向かっていた。
「お前達はカイヨー兵が砦内部に入りきった後に突入しろ。私は先に切り込み、少しばかり奴等を援護してきてやる。鞭ばかりでは、人は本領を発揮せぬとも言うからな」
言って、承咨は単騎で駆け出した。
当然ながら彼の側近や護衛も後に続いたが、それは本当に少数であり、実質五十名にも満たなかったであろう。




