先輩眼帯と後輩眼帯
メイセイ隊一万が承土軍先陣二万を退けた数時間後、義士城を出たナイツとバスナの援軍第一陣・二万四千が前線の砦に到着した。
日は既に傾いており、メイセイは彼が率いる機動部隊を砦の外に築いた簡易陣で休ませながら、副将の陳樊とともにナイツ達を出迎える。
「何だ、その子供は」
面と向かい合うや、彼はナイツの体を背にして馬に跨がる涼周の事を尋ねた。
「先の沛国戦の帰りに父上が拾った涼周だよ。聞いてなかった?」
「ああ、ナイト殿の腕に噛みついた後に海へ放り投げられ、槍秀がアフロを餌にして一本釣りで掬い上げた大人顔負けのチビマッチョ素敵幼児の事か。……どう見てもそうは思えんのだが」
「……ちょっと待って、誰からその報告を受けたの? まさかとは思うけど父上からだったりして……」
「そうだが。……違うのか?」
ナイツとバスナは黙って頷いた。内心、こいつ馬鹿正直すぎるだろうと思いながら。
「そうか」
だがメイセイはさして気にする様子はなく、至って淡白な返事をする。
ナイトの考えに従順な彼からしては、涼周がどのような経緯で家族となったかは関係のない事なのだろう。
「まあ何であれ、この子供がナイト殿の好きそうな香りを放っているのは確かだな」
「……香り?」
「こいつからは甘い香りがする。プリンとか蜂蜜とか好きそうな感じだ」
「……んっ」
変態的と取れる言葉が気になったが、見事に好物を言い当てたメイセイ。
対する涼周は初対面の人物にも拘わらず頷き返す。
甘味が涼周との友好の掛け橋を担っているのは、まず間違いないと判明した。
「……メイセイって甘党だったりする?」
さては眼帯ドジっ子君も、ある種の同類かと思ったナイツは、彼に一つの質問を投げ掛ける。
「そうだ」
問われたメイセイは恥じる様子もなく渋味のある重厚な声音で即答した。
ナイツはこれを機に、よりによってバスナがいる目の前で質問を続投する。
ちょっと意地悪してやろうと思ったのだ。
「……父上と一緒に池に落ちて、饅頭を台無しにしたって本当?」
言われて、メイセイの全身が固まった。
「…………覚えにないな。そこの眼帯野郎は知っているか?」
数秒経った後、メイセイは完全にナイツから目を逸らしてバスナを睨む。
バ「知らんな。それよりお前に眼帯野郎呼ばわりされたくはない」
バ(……何故言った。しかも俺が居る前で……)
メ「眼帯歴では俺が先輩だぞ」
メ(あの時に居合わせたのは俺とお前とナイト殿だけだ。お前以外の誰が話す)
バ「ナイト殿と共に旅をした仲では俺が先輩だ」
バ(やれやれ……まあ、口を滑らせた俺にも責任はあるかもな)
メ「だが歳では俺が先輩だ。バスナ殿は仲間内では最年少だったからよく弄られたものだ。いや、それは今も変わらずか」
バ「……牛肉を鶏肉と間違える程に無知だったメイセイ殿が言ってくれるではないか」
メ「ふん、腕を組む事に体裁の良さを感じながら、手元の守りが薄いバスナ殿には敵わぬ」
バ「そんな事はない。何かにつけてドカドカとふんぞり返るメイセイ殿の堂々さこそ、上級武漢の鑑であろう」
良い大人が一体何を言い合っているんだか。話題提供兼煽り主のナイツはそう思った。
「……けんか……?」
涼周が首を捻って背もたれ役のナイツに尋ねる。
「二人なりの挨拶だよ。苦労人同士、仲がいいんだ」
依然として二人の眼帯将軍が冷めた口論を見せる最中、ナイツは抱き締める様に手綱を握る両手で涼周の体を寄せて、その小さな耳元に朗らかな声で囁いた。
ふざけ合いも程々に、ナイツ達は軍議を開いて明日以降の戦い方について協議する。
「まず、物見の報告からして敵の兵数はざっと六万程。だがトーチュー騎軍への備えとカイヨーの守備へ当てる戦力を思えば、実質的な数は五万辺りが妥当と言える」
「ジョウハン本国からの増援は?」
「今の所は確認されていない。錝将軍・衡裔の軍にも怪しい動きはないとの事だ」
メイセイが放った間者や物見を信用しない訳ではないが、聞かされた報告にナイツは疑問を抱く。果たして蒼虎の衡裔たる大軍略家が、それほど生易しい用兵をするのかと。
「……妙だな。本来、承土軍の西北部戦線は衡裔軍が受け持っている。それを今回は東部の霍悦軍に任せ、自らは動きを見せないとなると……」
バスナも同じく疑問を持ち、癖とも言える腕組みを行いながら押し黙る。
(衡裔は勝ちを次に活かす術を知る一級の錝将軍。カイヨー陥落の勢いを糧に備えの薄い遜康へ大軍を差し向けるかと思っていたが……他に狙いがあるのか?)
遜康を占領すれば剣合国軍の領土を北東と南西に分断する事ができるばかりか、遜康東の同盟勢力であるレトナ国軍も孤立させられる。
更には群州侵攻の為の足掛かりとして利用できる為、普通に考えるならば遜康は今のうちに攻めるべきであった。衡裔がそれに気付かぬ筈がない。
故に、衡裔が動かない事がこの上なく無気味に感じられた。
戦場にあらずとも戦場を制する錝将軍の存在にバスナが最大限の警戒をする反面、メイセイは至って普段通りの威勢を示す。
「衡裔が来ようがこまいが、目の前の奴等を片付けてしまえば何もできなくなる。こちらからカイヨー方面に進撃し、速攻を以て大打撃を加えてやればよい。そしてナイト殿の本隊が到着次第、本腰を入れてカイヨーの解放を行うのだ」
「待て、地の利を捨てた勢い頼みの戦は危険が大きい。それに俺達の数は敵の半分だ。これでは敵に何かしらの策があった時に対処しきれない。今は守備に徹し、ナイト殿の本隊を待つべきだ」
「バスナ殿は反対か。……輝士隊の二人はどう考える?」
メイセイは輝士隊々長のナイツと副長の韓任に意見を求めた。
「俺はバスナと同じく守りを固めるべきだと思う。この機に及んで衡裔が動かないのは逆に俺達を誘っている様に感じるからだ。離れた戦場にいる東部軍を動員してカイヨーを一夜で陥落させた事からも、今戦に対する周到な準備の程が窺い知れるし、まだ何か手を隠していたとしても不思議じゃない。……ここは下手に動かない方が良いと思う」
続いて韓任が発言する。
「俺もナイツ様とバスナ殿に同じく。……我々が受けている任務はこの遜康の守備であり、カイヨーに先駆けて侵攻を行うかどうかはナイト様が決める事と心得る」
「成る程な、確かにそうだ」
メイセイは特に韓任の意見に納得を示した様だった。
全員の考えが守備に統一されると、次は各隊の配置や敵への対応について話し合う。
バスナは砦の罠が判明した後は単純なせめぎ合いとなる事を考慮し、砦の東西に陣を築き敵の大軍による包囲を防ぐ作戦を立てた。
東の陣には輝士隊一万、反対の西の陣にはメイセイ隊一万を配備。
バスナは七千の兵とともに砦に籠り、広い視野を活かして全体の指揮を執る。
バスナの副将・賀憲は残りのバスナ兵七千で砦の北に待機。上官の指示に従って各隊へ援兵の派遣を行う遊撃隊の役目を担う事となった。




