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大戦乱記  作者: バッファローウォーズ
存在と居場所
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軍師の第一印象


 翌日、軍閥貴族マヤ家の本拠地グラルガルナへ赴いていた安楽武が義士城に帰還した。

軍港での無駄な出迎えを避ける為に彼のみが先行して到着し、ナイトの意表を突く形で軍議の間に颯爽と出現。朝食中の諸将までも驚かせる。


「早速ですが、マヤ家との交渉結果をご報告します」


「おっ……おぅ、ご苦労だったな軍師! 首尾はどうであった?」


「上々です。新当主となったマヤケイ殿は我々の要求を快諾してくださり、松唐軍に対して牽制姿勢の開始と軍需物資の取引を停止致すとの事です。更に、三男マヤメン殿と共に沛国へ赴き、王洋西殿と会談を行いました」


「うむ。……して、会談の意図は?」


「表向き上は親善大使としての沛国駐留。真の狙いは松唐軍からの不当な軍資金要求の監視と軍学師範としての沛国軍強化です」


「おぅ、充分だ。これならば松唐軍も暫くは落ち着くだろう」


 ナイトは満足げに笑みを浮かべると、手にした茶漬けをあっという間に平らげて見せた。

安楽武が受けていた任務は、沛国に対する脅喝行為を繰り返す松唐軍への警告兼抑制工作。

王洋西が剣合国軍に負担と心配を掛けまいとして、松唐軍の言いがかりに耐えていたと知ったナイトが憤り、安楽武の賛同を得て実行に移させたのだ。


 この策に協力してくれたマヤ家とは、沛国軍、松唐軍の北隣に位置する軍閥勢力であり、且つ剣合国軍にとって数少ない友好的な実力貴族。

彼等は人脈を駆使して数多の勢力と交易を行うことで財を得る一方、仁愛と誠実を基とした政治や外交姿勢を貫いている。その意志の固さは貴族を毛嫌いするメイセイが認める程であり、味方として頼りになる存在だ。


 そんなマヤ家が今回、剣合国軍の代表として現れた安楽武の口から「顧客」と言える存在の松唐軍の不義を知らされた。

信頼できる勢力にのみ軍需物資の流しを行っていたマヤ家は、この事実に当然の如く怒り、即刻松唐軍との取引を中止。私設軍まで出動させ、牽制にあたった。

決して肥沃な土地とは言えない国土を持つ松唐軍は、重氏の強硬姿勢に対抗する事を建前に軍力増強を推し進めており、マヤ家もそれが為に力を貸していたのだ。

然し今回の件で松唐軍は貴重な軍需物資の輸入先を失い、外交図的には孤立。

ナイトの外交策は見事に功を奏したと言える。


 そこで安楽武は、この成功を活かした次の行動を進言する。


「殿、今こそ楚丁州攻略の好機と思われます」


 重氏は先の敗戦で多くの兵や物資を失い、松唐軍は外交工作によって動きを封じられた。

群州南隣のトーチュー騎軍及び南東の飛刀香神衆とも友好関係にあり、その先にある承土軍にも今のところ不穏な動きは見られない。

山城州西隣の雑賀衆には李醒と黄軍(親剣合国軍派の軍閥貴族勢力)が睨みを利かせている。


「ふむ、北東西の脅威が薄れている今のうちに南の覇攻軍を攻める……か。バスナ、それにナイツ。二人はどう考える?」


「俺は軍師殿の意見に賛成だ。覇攻軍は未だ、西方のアレス軍と国境での睨み合いを続けている。覇梁ハリョウ黒染クロソメ烓輜ケイシの三名はそこから容易に動く事はできず、ウォンデにはファーリムが備え、マドロトスは軍の再編成に苦労しているらしい。ナルマザラス(覇攻軍本拠地)にいるガトレイも従属勢力への抑えに半数の兵を向けている故、現状は余力がない筈だ」


 代理軍師を務める以前に覇攻軍を嫌うだけあって、バスナはその勢力情報に詳しかった。

大将覇梁に六華将ウォンデ、黒染、烓輜、ハワシン・マドロトス、フハ・ガトレイ、鴉黔アキンの居場所と動きを把握し、その指揮下にある軍勢にまで視野が及んでいた。


 バスナが言い終わり、ナイツが次に意見を述べる。


「俺も賛成です。今を於いて他に攻める時はありません。覇攻軍は一昨日の敗戦によってイカキ・オウセイ軍との軍事同盟で得た優勢を砕かれ、反対に俺達の士気は上がりました。方元達も東鋼城塞に駐屯したばかりで、その兵は疲労も損傷もなく臨戦態勢をとっています。彼等を先陣として先ずはマドロトスが守る洪和郡を落とすべきです」


 バスナとナイツの二人が安楽武の案に賛同した事で、次の標的は定まった。

ナイトはおかわりした茶漬けを勢い良く掻き込み、よく噛んで胃に通した後、ナイツが立てた作戦の良否を安楽武に問う。


「よし、腹は決まった。ナイツの言う通り、態勢の整っていないマドロトスを攻めよう。軍師として、何か補足する事はあるか?」


「……一点ございます。楚丁州東部の洪和郡を攻める事は理に適っておりますが、前線の主軍を損耗したと知った覇梁は恐らく蝶華国への出兵を命じ、彼の国の兵を穴埋めに用いるでしょう。そうなった際、先陣が老将軍二人に各々一万ずつでは、少々心許ない事かと存じます」


 覇攻軍に従属する一勢力、蝶華国チョウカコク。国王・蝶面チョウメンがナルマザラスで人質として幽閉されており、現在は彼の一人娘である蝶歌チョウカが軍を率いている。

この蝶歌という少女は齢十六の姫君でありながら、大薙刀を手に豪快な戦いぶりを見せる猛女として知られ、臣民からの信望も厚い。

彼女の勇名を知る者の多くが語る言葉にこんなものがある「蝶の姫君が十年早く羽ばたけば、蝶よ華よの愛しき国は従属の苦しみとは無縁であったろう」。


「蝶華国軍は総数三万と数は少ないですが、内訳は伝統ある騎馬隊が九千と歩兵二万一千。その九割を正規兵が占め、個々の錬度は我が軍に引けをとりません。……そして何より――」


「彼等は今尚、剣合国軍の存在を嫌っている」


 剣合国と蝶華国にはナイトの剣合国継承以前からの確執があった。

歴史を遡れば、蝶華国は元々剣合国の傘下にあたる勢力だった。

代々の剣合国軍大将は他の勢力同様に蝶華国の独立を認め、直接的な支配下に置くことはなく、徳による統治を行っていた。故に蝶華国を含む諸国は、剣合国を上国の主と仰いで支え続けた。


 その関係がナイトの祖父ゲンガの代に崩壊。ゲンガは諸国に対して過度な貢物の要求を繰り返し、挙げ句には臣下の礼を迫って実質的な支配を敢行しようとした。

重氏、蝶華国、護増国、トーチュー甘氏、レトナ国、松氏等を代表とする諸勢力がこれに反発し、各々が本当の意味での独立を宣言。剣合国軍は急速に勢力を弱める事となる。

唯一の救いは、ゲンガの妻・王周(ナイトの祖母。早世した母に代わってナイトを養育。彼の国外亡命を後押しする)が王洋西の姉である為に、沛国とは今までの友好関係を保っていた事だ。


 そして、蝶華国は独立当初よりゲンガ及びラスフェ(ナイトの父)の攻撃に曝される。

後年になってナイト率いる多国籍同盟軍が剣合国継承戦争を起こした事でラスフェの侵攻は止まり、李醒の説得によって同盟軍改め新剣合国軍とは講和が成立したものの、その頃には蝶華国中の民や兵が疲弊、国土は荒廃し、主となる将軍の殆どが戦死した状態であった。

結果、蝶華国は急速に勢力拡大を果たした覇攻軍に従属を余儀なくされたが、積み上がった怨みの大きさ故に覇攻軍よりも剣合国軍を敵視している。


「仮に蝶華国軍一万五千が援軍として出陣すれば、マドロトスの宝水城守備軍四万五千と合わせて六万を超える兵力となりましょう。更に蝶華国騎兵はトーチュー騎軍譲りの軍馬と戦法を駆使し、その行軍速度や作戦実行力は抜きん出ています」


「……二人には悪いが、老将コンビには少々……」


「大いに苦戦が予想されます。故に亜土雷、亜土炎の二将軍を速やかに先陣軍へ加え、貴族からは遊撃兵力を五千から八千ほど捻出させるべきです」


「分かった。亜土雷と亜土炎は早速準備に取りかかってくれ」


「承知いたしました」


 ナイツの策を補足した安楽武により、亜土家の兄弟の出陣が決まった。


「ではこれより、諸軍の手配や作戦の準備をして参ります」


 進言が聞き入れられるや否や安楽武は動き出す。


「飯ぐらい食べていけ」


 ナイトはそんな安楽武に朝食を勧めたが、彼は羽扇を扇ぐ素振りで顔の前へとやり、気持ちのみを受けとる。


「いえ、情勢はいつどの様に動くか分かりません。準備も対策も、早いに越した事はありません。心配なさらずとも食事と休息はちゃんととります」


(食事と休息だけ……ね)


 ナイトとバスナは同じ言葉を心の中で呟いた。

さりげなく口元を隠した安楽武だが、羽扇の奥にある彼の表情は戦を想像した際の笑みが浮かんでいたであろう。


「それでは、私はこれで失礼します。…………」


「…………」


 涼周は去り際の安楽武と目が合った。安楽武が無視する様に無言でその場を後にした為、肝心の見抜きはできなかったが、悠然と向けたその背中を黙って見続けていた。


 隣に座っていたナイツがその様子に気付き、涼周だけに聞こえる声で尋ねる。


「軍師がどうかしたか?」


 涼周は僅かに黙った後、プリンのカラメルが付いたぷりっぷりの唇をナイツの耳元に近付けて小さく囁く。


「……羽の人……恐い……」


 それが、安楽武への第一印象であったという。


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