その身があるべき場所
急遽開催されたグルメ大会の後、ナイツと李洪はキャンディの治癒魔法によって回復した。
ナイトは数時間に及んだ大会終了に伴って軍を解散させ、本城内の軍議の間にて、ナイツに戦の詳細な報告を求めた。
城中の警備に当たっていた亜土雷、亜土炎も交えた戦後報告。
予め李醒より、大方の事は知らされているにしろ、ナイツ本人の口から発せられる涼周の活躍には皆が一様に驚く様子を見せる。
「若様と李洪殿を救うだけでなく、マドロトスを退ける事で覇攻軍敗退の要因を作る。初陣にしてこれ程の戦果を上げられるとは、大したものです」
「おぅ、正にその通りだ」
ナイトは亜土雷の発言に大きく首肯した。
その一方で多くの者が亜土雷の柔らかな声音に違和感を抱き、弟の亜土炎に至っては普段の兄との差に気味悪ささえ感じる程である。
(子供嫌いの亜土雷が……こうも涼周の事を褒めるなんてな)
(兄上……そんな顔を作れたんですね。これは確かに、兵練が実にならない訳だ)
亜土雷とナイトが放つ暖かい目は、兄の膝上で眠たそうに船を漕ぐ涼周に釘付けだった。
対して涼周本人は褒められている事を露ほども聞いておらず、昼間の疲れと食後の満腹感と軍議が放つ睡魔に負けている。
「そして、うむ。童の名は涼周というのか。……むむむ、寝てしまったな」
涼周は完全に目を瞑って前屈みの危ない姿勢になり、すかさずナイツが抱き止めて自らの体を背もたれ代わりにした。
すっかりお兄ちゃんとなったナイツに父母は微笑む。
「「涼」ってまた珍しい姓名よね。「周」はよく女の子に付けているのを見かけるけど……」
キャンディは声量を落としながらナイツに近寄り、彼から涼周を譲り受けた。
「お風呂だけでも入れてくるわ」
涼周を伴って颯爽と大浴場へ向かったキャンディ。ナイトも静かに頷いてその背を見送った。
「……父上、涼周の持つ魔具についてですが……」
二人の気配がなくなった後、ナイツはナイトへもう一つの報告兼相談を行う。
「うむ、話を聞いていて俺も気になった。どうやらあの銃は、それ一般のものとは一線を画した存在なのだろう。……例えばの話だが、あの銃こそが封印されていた何らかの力であり、契約者となった涼周だけが使えるとか」
「封印の力自体が形を成して、契約者の武器になる事などあるのですか?」
人界には絶大過ぎるが故に封印されている多数の力がある。
そして運命というか偶然というか、何かしらの理由を以てその封印を解いてしまった者は、魔力の開花の有無や当人の意思に関係なく契約者となる。
「俺が知る中に二人。一人は北方大陸に居るらしく、もう一人は中枢西方で実際に会った事がある。西方の奴は一地方を治める豪族だったそうだが、力の代償に全ての民を奪われたと言っていた。……あいつの目から思うに、涼周もそちら側ではないだろうか」
契約者は二種類存在する。
力の代償に一番大切な何かを奪われる者と、その何かを事前に失ったが故に人としての時を奪われる者の二種だ。
前者は契約後に人格を狂わせる場合が多く、後者は既に狂っているものが悪化するといわれる。
第三者からすれば両者とも迷惑極まりない話であり、過去には精神を狂わせた契約者によって国が崩壊した例も幾つかある。言うなれば、契約者とは多大な危険を孕んだ魔人たる者だ。
「我等が祖 アールアに仕えた二十七将軍の一人「幺武将 八満」の様に、涼周も契約者となった事で適齢未満に拘わらず魔力を開花させたと見るべきだろう」
「では契約者でもなく、適齢でもない若が魔力を扱えるのって……」
ナイトの推測を聞きながら、ふと思った事をメスナは尋ねる。
魔力開花の適齢は一般的に十五歳。然しナイツは十三歳。
「元々の素質や周りに一級の猛者が揃っている事が影響したと思うが……時々おるのだ。そういった異端児がな! ふっははは‼」
他人事の様に言うが、歴としたあんたの息子だと、ナイト以外の者がそう思った。
たがナイトと共に各地を旅したバスナには、その経験から彼の言葉に察するものがあるらしく、腕を組み険しい表情を浮かべて見せる。
「…………童殿は聞いて感じる限り、その異例から外れているな」
「ああ、大いにな。……まず幼すぎる。ナイツ以上に特殊な条件下で育ち、且つ魔力の素質に恵まれていたとしても、己の全魔力を込めた一撃を放つなど不可能に近い。魔具云々よりも体が先に耐えられず、最悪の場合は死に至る」
続けてナイトは語る。
「……それにあの子だけが他者の魔力を吸収できるのも、はっきり言って説明がつかん。少なくとも、元々持つ才能や後天性の能力でそういった荒技を成せる者は見聞きした事がない。……故に涼周は十中八九契約者であり、あの銃と吸血能力はそれに付随する力と思える」
「涼周は……戦うべきでしょうか?」
「そう言うからには、お前は戦わせる事に反対なのだな」
ナイツは黙って頷く。彼にとって涼周は既に一人の弟となっていた。
心優しいナイツが、保護欲を抱くほどに可愛く思える涼周に、戦場で見せた渇いた姿をさせたくないと強く想う事は当然とも言える。
ナイトはその想いを察せずとも理解する事ができた。
息子の目に、守るべき存在を見定めた色が宿っていたからだ。
「……こればかりは、どちらとも言えんな。涼周の本質がはっきりしていない事もそうだが、宿した力に振り回される様では本人の意思に反して血を欲する事もあろう」
「……力に振り回される……ですか」
ナイツには心当たりがあった。
マドロトスが涼周の魔力砲を我流の魔障壁で防ごうとした際、涼周は不意に笑っていた。
まるで自分の力に酔いしれ、術中に嵌まったマドロトスを嘲笑うかの様に。
戦いを楽しんでいたあの姿が魔力を解放した事によって顕れた人格であり、涼周の本心に反したものであったならば、自我の確立ができていないも同然だ。
そのままでは戦場に於いて、戦いの高揚感に身を委ねる事しかできなくなり、終いにはウォンデや黒染の様な鬼畜野郎になりかねない。
ナイツは父の言葉を聞いて、涼周は戦うべきではないと改めて思う。
「やはり、涼周は母上の許に居るべきです」
「……そうかもな」
ナイツの考えにナイトは口では賛同する。
然し彼の内心は、寧ろ逆寄りの意見を感じていた。
(お前が戦場に立つことを望む限り、涼周はそれに付いていくだろうな。あの子の様子を見て思ったが、涼周にとってはお前の存在こそが居場所に近いのだ)
ナイツは気付いていないが、涼周が見せる行動の大半は兄に向いている。
彼が手を差し伸べ、涼周が小指を握った時点で、こうなる事は決まっていたのかも知れない。
ナイトは弟を案じるナイツの事を父として素直に喜ぶ一方、涼周を想うならば正の姿をナイツ自身が示すべきだろうとも考える。
(無論、俺達も全力は尽くすつもりだが……今の涼周は俺達よりもお前の姿を真似るだろうな)
ナイツについて回り、彼の傍に居座る涼周にとって、最も身近な見本はナイツに他ならない。
だがここで、ナイトは一つの問題を憂慮する。
(今のナイツでは、それに気付く事は難しいかもしれん。それとなく伝えてやるか。…………適任者は……バースナー……だな!)
早速ナイトはバースナーに向けて熱い視線を送った。
(顔を貸せと言いたいのだろうが、若干気持ち悪いなあの目付き)
(そんな事言わないでよバースナー。ちょっとだけ君に頼みたい事があるのだよ)
(何だその話し方きもっ⁉ それと心に直接話し掛けるな! 気味が悪い!)
(……散々な言われようだ)
以心伝心の間柄であっても、きもいものはきもいのだ。
そういった面でも、バスナは遠慮がなかった。




