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大戦乱記  作者: バッファローウォーズ
存在と居場所
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素直でない親子二号


 時は少しだけ遡り、マドロトスを撃退したその日の夜。

軍議が終わった頃合いを見て、李洪は李醒に面会した。


「……では、我々はこれで」


「ご苦労、今日はもう休むとよい。ただし警戒だけは怠るな。マドロトスは自領に引き上げたとは言え、完全に軍を解散した訳ではないからな」


「ははっ」


 李醒直属隊の武を担う屈強な将校達が気を利かせて退席していく。

輝士隊以上に無駄がなく、静かで厳かな会話に、李洪は先手を打たれた心地であった。


「将軍、見苦しい戦をお見せしてしまい、申し訳ありません」


「……」


 頭を下げた後の開口一番で、李洪は謝罪した。

二人しか居ない場にあっても、彼は父の事を将軍と他人行儀で呼ぶ。


 その一方で、頭を垂れる息子に対しても雰囲気を変える事のない李醒は、暫くしてから至って淡白に、もっと言えば事務的に言葉を放つ。


「言うべき相手が間違っている。お前がどう苦戦しようが、私は困りはしない。最も困り、危機に瀕するのは若君だ。……若君には、既にその思いを伝えているのであろうな」


「…………」


「……話すべき順序も違う。先ずは筋を通してから私の許へ参れ」


「……はい」


 李醒からの手厳しい言葉に畏縮した李洪は、腰を曲げたままの状態で返事をした。


「然れど、私とて偉そうな事は言えぬ。今日の苦戦はマドロトスの動きを私が読み切れなかった為でもある。故に、これ以上の叱責をするつもりはない」


 李洪はやっと頭を上げた。

彼は普段と大差ない、他者を気圧させる李醒の眼光に睨まれると、掛けられた言葉の真意に従って幕舎を出ようとした。

だが、李洪が一礼して李醒に背を向けた時、父も同じ様に息子へ背を向けて言葉を発する。


「最後に三言だけ伝える。…………無事で何よりだ。若には謝罪に加えて礼を言い、あの童という者にも声を掛けておけ」


「……⁉」


 李洪は天地が反転するかの如く驚き、思わず不格好な反転をしてしまう。

さらっと簡単に流されたものの、今しがた李醒は間違いなく李洪の身を案じる発言をした。

更にはそのままの流れで、李洪に対する助言までも与える。


「若君は必ず大物になるが、その時になっても、お前の実力が今のままでは完全に埋もれるぞ」


 李洪にとっては信じられない事だった。あの李醒が、裏で「鉄仮面将軍」や「冷飯を好みし策謀家」等と揶揄されている男が、こうも他者(と言っても李洪は正真正銘の息子)に気を遣うことがあるのかと。

李洪は李醒の目がない状況を良いことに、頬をつねったり顔を左右に振るったりしたが、どう足掻いても夢ではないと理解。即刻、李醒の三言を脳裏に刻み込み、姿勢を正してもしもの場合に備える。

たが彼が警戒した反転奇襲はなく、李醒は体の正面を何もない幕舎隅に向けたままに言う。


「聞こえたのであれば直ちに行動に移れ。ただし、もう夜遅い。若君に対して失礼のない様に、よく考えた後に動け」


「はい」


 李洪は自らの返事が、自然な軽さを帯びていた事にさえ違和感を抱いた。




「…………」


「うわっ⁉」


 李洪は不意に気付き、声を上げた。

伸ばした足元に向けていた視線の先に、無表情な涼周の顔があったからだ。

それだけではない。周りを見渡せば、皆の視線が李洪へ向けられていた。


「白けた顔しちゃって。ん、ん、お姉さんと童ちゃんが慰めてあげようか?」


「んっ」


 メスナが包帯を片手に近付き、涼周はズボンの内ポケットから飴玉を取り出す。


「……大丈夫だよ。ただちょっとだけ考え事を……」


「ちょっとには見えなかった。昨夜も言ったけど、俺は李洪を責めてはいない」


 苦笑いを作る李洪に対し、隣に腰かけているナイツが答える。

昨夜の話の続きであるが、李醒の幕舎から戻った李洪は、自分の寝床へ戻る途中に外の空気を吸っていたナイツに出会った。どうも涼周を寝かし付けた後であり、少しだけ夜風に当たりに出たらしい。

李洪はその場で、マドロトスとの戦いで迷惑をかけた事を謝罪し、その後に助けてもらった事への感謝を述べた。

だが、ナイツは先述の様に気にしていなかった。寧ろお互いが無事であった事を喜び、礼を言うなら涼周にしてあげてと返事した。

そして今朝方、改めて涼周に礼を言った李洪だったが、当の本人は何のこっちゃと言わんばかりに首を傾げ、挙げ句、李洪はメスナに笑われた。


「すみません……実は李醒将軍の事について考えていました」


(……李醒将軍……ねぇ)


 メスナは涼周の両脇を掬って、自らの膝の上に座り直させながら思った。

この青年は、李醒不在かつ周囲が上役のみの時はその存在を父上と呼ぶが、李醒本人や兵等が周りに居る際は将軍呼びをする。単純な反抗期であるナイツ以上に面倒な親子関係であったなと。

彼等親子には、体が軽く浮き上がっただけで楽しそうに両手をパタパタさせる涼周の様な素直さが悉く欠けているのだ。

尤も、実際に李醒が李洪を持ち上げて、険しい表情を浮かべ合いながら「アハハハ」と低音の声を発して楽しむ様は…………それはそれで勘弁願いたい。


 李洪は李醒とのやり取りを簡潔に述べた後に、一言だけ発する。


「将軍は……天邪鬼なのでしょうか」


「…………」


 大事な所はそこではないだろう、父の本当の気持ちに気付いてやれよと、李洪と涼周以外の全員が呆れ顔を示して見せた。

だが、よく考えれば李洪にとって実の父たる李醒の予想外の言葉は、彼の思考を困惑させる程に有り得ないものだったのだろう。


「……いや、単純に素直じゃないだけでしょ」


「……李洪って、時々変な事を考えるよな」


 メスナとナイツは輝士隊参謀のおかしな一面に、返す言葉が中々見付からなかった。


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