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大戦乱記  作者: バッファローウォーズ
ナイツと童
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ナイツ対マドロトス


 マドロトスは良識を弁えた剣豪なれど強者至高主義の一面を少なからず併せ持ち、覇梁の味方となっている事からもその性質が窺える。

彼が過去にナイトやファーリムと刃で語っていながら、後の剣合国軍主将候補に加わらなかったのも、偏に双方の心に一致するものがなかったからである。

ナイトはマドロトスの本質を見抜き、実力は認めども意気投合する事はなく、仲間にも誘わなかった。対するマドロトスもナイトの想いに共感する事はなく、更なる高みを目指すべく覇梁に従った。


 その結果が現在の勝負に繋がる。マドロトス風な表現方法で言えば剛 対 智だ。

ここまでは――


「李洪っ!」


 李洪から見て右側から、彼の名を呼ぶ声が聞こえた。

それは後方の本陣から駆けつけたナイツのものであり、彼は李洪を援護するべく魔力で生成した光の刃を飛ばす。

刃は腰辺りの低空を疾駆。マドロトスの斬撃に側面から衝突し、互いに相殺する形で消滅した。


「若っ! 救援感謝いたします!」


 地獄に仏とは正にこのこと。李洪は己の強運に対する恐れと、ナイツへの純真な感謝の気持ちを半分ずつ抱いた。


「皆よく耐えてくれた! 援軍を連れてきたぞ!」


 言うや、後方から勇ましい喚声が上がる。

李洪は声の発生している範囲が自らの持ち場ほどの横幅である事から、援軍の数が二千若しくは三千程度だと判断。

敵味方の兵達も直感から、霧の中から駆け下って来るナイツ隊が四千程度だと感じ取る。


 ナイツの登場と彼からの援軍の報せに李洪隊は大いに沸き、マドロトス本隊は後退(アトジサ)った。


「マドロトス様、敵の増援は結構な数です! この様子だと第二陣もすぐ参ります! 直ちに撤退なさるべきです!」


 マドロトスに代わって指揮を執る側近の一人が撤退を進言した。


 だが部下が浮き足立つ中にあってマドロトス唯一人だけが、何となくおかしいと感じる。

一流の軍略家に劣らぬと噂されるナイツが奇襲に対する充分な備えを施していたのであれば、防御力のない陣地にこれ程の侵攻を許さないばかりか、即座に迎撃して現れた筈。それが奇襲の判明から四、五十分経った今になって突然多勢を以て出撃した。

矛盾をはらんだこの行動から察するに、敵の数は思うよりも少ないのではないかと。

マドロトスは一軍を率いる総代将としての将才には乏しい面があるが、局地的な戦闘を行う一指揮官としての機転の良さには長けていた。


「本当に多勢かどうかは……見てから判断しろっ!」


 構え直しの間を置かず、左斜め上へと長刀を大きく振る。

攻撃ではない一太刀から発せられた衝撃波が、辺り一面とナイツ背後の霧を払い除けた。


「あっ……あれ、少ないぞ!」


 敵か味方か、どちらかの兵がナイツ本隊とおぼしき部隊を見て言った。

その言葉通り、李洪隊の後方には等間隔で配された少数の輝士兵が立ち尽くしていただけであった。身を隠すべき木々のない丸裸の山肌なだけに、霧さえなければとても鮮明に視認できてしまうのだ。


「くっ……見破られたか!」


「そういう事だったのか……」


 両部隊、強いて言えばナイツが連れてきた四百の兵も含めて、全ての者が数秒間 動きを止めた。

ナイツは策を看破された事で焦りの表情を見せ、李洪は若き上官の生み出した好機に気付けなかった自分の鈍感さを恨む。


「それ見ろ、虚仮威しだ! 気にせず攻めまくれ!」


「オオオ‼」


 覇攻軍の士気は逆に上がってしまった。

彼等は霧が払われた十数秒の短い間にナイツ、李洪隊の寡兵を知り、その奥にも新手がなく自分達の優位が揺らいでいない事を確信したのだ。


「李洪は退いてメスナと合流しろ! それと李醒にマドロトスがこの場に居ることを伝えてくれ!」


 自らの登場が却って形勢の悪化を招いたと悟ったナイツは、もはや手の打ちようがないと見て、二の門の李醒に助けを求める。こうなった以上、彼の判断は正しかった筈だが、それが李洪にとっての最大の屈辱であるとは理解できなかった。


「若は⁉ まさか若が殿シンガリを務めるのですか!」


「ああ、俺がマドロトスを足止めする。ナイツ隊も虚声作戦を中断して敵に突っ込め!」


 背後で待機していた輝士兵に号令を下すナイツだが、彼の声は覇攻軍の多大な喚声に半ば打ち消されてしまい、その指示が耳に入った兵は百名ばかりであった。


(俺のせいで今度は若が危機に晒されるだと⁉ しかもそれを父上に報告するなど……!)


「若こそ後退して下さい! この苦戦の原因は私にあり、私が殿を務めるのが筋です!」


 らしくない意地が李洪の言動を狂わせる。彼はマドロトスに向き合ったナイツの前に出ようとしてしたのだ。


「駄目だ、お前ではマドロトスに対して相性が悪い! 純粋な剣豪が相手であれば俺が適任なんだ! 早く下がって――」


 二人が殿の任を主張しあい、マドロトスから目を離してしまった時、ナイツは李洪より一足先に迫り来る殺気に気付いた。


「どけっ‼」


 そして視界の左半分を埋める寸前であった李洪を左に押し退けたナイツは、剣を自身の頭上に振り上げて、逆に振り下ろされる長刀を辛うじて防ぎ止める。


「戦場で余所見すんなよ青少年ども。自分で言うのは好みじゃあないが、俺は片手間であしらえるほど易い存在ではないぞ」


「わ……かってるよっ!」


 片手で五尺程の長刀を軽々と振り下ろす時点で、本人に言われるまでもない。

歯を食いしばりながら、両手でその剛力を受け止めるナイツはそう思った。


 だが、ナイツが先程言ったように、彼には実力に開きがある敵の剣豪と戦う術があった。

それはファーリムやバスナといったマドロトスに匹敵する者達と真剣で鍛練する彼ならではの戦い方であり、ファーリム等が実際に教えたものの一部でもある。


「……ほぅ、俺を相手に基本の型で挑むか。堅実なファーリムが教えそうな事だ」


 長刀を弾き返し、身を退けて距離をとったナイツの構えを見て、マドロトスは不敵な笑みを浮かべた。


 そう、ナイツがとった構えは基本中の基本たる中段の構え。

マドロトスが李洪と対峙した際の型と殆ど変わりはないものであるが、その意味には大きな違いがある。マドロトスは余裕を以てこの構えをとっていたが、ナイツは最大の警戒を持つが故。


「だが、判断は間違ってない。問題は……どれほど通用するかだ!」


 垂直の一太刀が再びナイツを襲う。

隙のない間合いの詰め方、踏み込みと同時の振り下ろし、気迫の実体化は完璧の二文字に等しく、並の剣士の領域を超えていた。


 然し、それに匹敵するものを身近で見て育ったナイツには、さして驚く要因ではなかった。寧ろ親近感さえ湧く程に見慣れていたのだ。


「はあぁっ‼」


 体は正面を向けたままに毅然と構え、脇をしめた状態で左斜め上に剣を切り上げ、頭上から迫る長刀を全力で弾く。

小振りながらも絶妙な魔力の込め具合で放つ力強い攻めに似た防御は、剣豪との稽古で必然的に受け身となってしまうナイツが最初に極めた技であった。

最小限に抑えた手の動きに反して魔力の量が多いその技は、時としてファーリムの剣さえ凌ぐもの。


 ナイツを甘く見ていたマドロトスは当然の様に刃を流されてしまう。

機を捉えたナイツは振り上げた剣を即座に返し、マドロトスの右肩へ剣先を向けた。

実力差のある大剣豪と長時間切り結ぶ前に、その者が最も得意とする戦法を封じるべく利き手の要たる肩を狙ったのだ。


 たが然し、ナイツの無駄がなくスマートかつ効率的な一撃は、当然の様に避けられてしまう。

マドロトスは先手必勝一撃必殺の戦法を極めるが、それに頼り過ぎる愚か者ではない。

自慢の一太刀目が外れれば恥を捨てて二の太刀を繰り出す。防がれた際も然り。そして自身の長刀が弾かれ、反撃を許した場合を想定した対処法まで極めており、その状況にあった動きは体に染み付いていた。


 それだけではない。マドロトスは避け様に長刀の柄から左手を離し、足を掬うかの様な軽い太刀筋でナイツの左足を深く切りつけた。

長い刀身、持ち手の尋常ならざる膂力がそれを可能とさせたのだ。


 ナイツは不意を食らった形で膝をつく。彼も李洪も、まさかたった一合で不覚をとるとは思っても見なかった。


「若っ!」


 離れた場所から危機を目にした李洪は、即座に横槍を投げる事でマドロトスの追撃を阻む。

ナイツ同様に左足を負傷して、大きく立ち回れない状態の李洪だったが、彼の得意とする飛槍術は確実に上官の命を救った。


「面倒だ! 次の一太刀で終らせる‼」


 ナイツから距離をとったマドロトスは李洪ともども決着をつけるべく、間合い外からの斬撃を放とうとして長刀を振り上げた。


 僅かな溜めの時を要する三太刀目は、紫影の太刀以上の威力を誇る技であると想像に難くない。

ナイツは右足に魔力を込め、その場を蹴り飛ばしてでも離れようとする。

それでも間に合うかどうか、はたまた躱しきれるかどうかは完全なる運任せと思える程の、危険な賭けに等しい一か八かの状況であった。


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