小さな火消し名人
東山は全てが燃えていた訳ではない。北側の九合目が東西一直線に亘って草木を刈り取る等の防炎処理が事前に施されており、実際に燃え拡がっていたのは山の頂上から南側だった。
「…………」
鎮火した東山の頂上に着いたナイツは、そこで言葉を失い呆然と立ち尽くした。
彼の視線の先にある南側の九合目辺りでは、歓声を上げて盛り上がる多くの兵士と昼食のデザートであるプリンに囲まれた童が居た。
簡易的に作られた木製の椅子に腰掛け、それはもう凄い勢いでプリンを食べていた。というより機械の様に無駄が無く、一級の貴婦人を越える程に洗練された動作で口に流し込んでいた。
「……何故居る」
「……きっと寂しかったんですよ。ちゃーん、ちゃーん、お兄ちゃーん……って感じで」
「凄い量を食べてますね。積み重なっている器の数は大体……。……まあ、この世にはおおよそ人間の理解が及ばぬ事もあります」
非現実的な光景を前にナイツ達の思考は停止した。
「ちょっと……見てきます」
本能的に動きだした李洪に背を押された形でナイツ、メスナ、賀憲の三人も歩く事ができた。
人だかりの前に現れた時、兵達はやっとナイツ達の姿に気付き、姿勢を正すと同時に童までの道を開ける。
「若様、お疲れ様です!」
この場にいる兵士は輝士隊、バスナ隊、遼遠隊に所属する真面目な者ばかり。彼等はナイト直下兵とは違ってメリハリのある……いや、ナイト直下兵のノリの軽さが本来の兵士像とかけ離れているだけだ。
「……ついてきちゃったのか?」
整列した猛兵の壁に囲われた童は我関せずでプリンを食べ続けていたが、ナイツが自身の前に現れ、膝を折って話し掛けると手を止めて彼の目をじっと見つめた。
そして数秒待った後に小さく頷き返し、まだ手のつけていないプリンを差し出す。
「ん、ありがと」
童の好意を受け取ったナイツは膝を立てて辺りを見回した。
これだけ人が集まっているなら有力な情報も得られるだろう。早速、火消しの名指揮を執った者が誰であるかの聞き込みを行う。
「山の鎮火に一層の尽力を示した者を探している。誰だか知らないか? 会って話をしたい」
その問いに兵達はどめよきだした。
ナイツが何事かと首を傾げると、兵達は僅かに躊躇いを見せた後に無言で指差した。木製の椅子にちょこんと座りながらナイツの顔を下から睨み上げている童を。
「……はぁっ⁉」
ナイツは純粋に驚いた。筋骨隆々な兵達でもなく、頭脳明晰な将でもない、水が満たされた大桶の一つさえ持てなさそうな幼子が満場一致で火消しの英雄になったのだから。
「いやそれはどう考えてもええぇうそぉこの子が⁉」
メスナは超絶早口で兵達と童を見比べて舌を巻く。
「……はぇ……」
李洪に至っては思考の完全停止一歩手前にいた。プリンの器で構築された城に続き、人間の理解が及ばぬ事の二つ目に直面した顔だった。
「我等としても、不甲斐ない故に認めたくはありませんが……事実です」
兵達が躊躇いを見せたのは、自分達が数を頼りにしても童の活躍に劣り、子供と大人の実力差現象が反転した事を認めたくなかったからだ。
言わば精鋭兵として、大人としての沽券に関わる事である。
「……でもどうやって」
ナイツは童を見つめ返し、右の頬にプリンのカラメルが付いている事に可愛さを覚えた。
「実は…………」
兵達が言うにはこういう事であった。
ナイツ達が李醒の元に向かった少し後、山火事現場に突然童が現れた。物怖じ一つ見せずに業火の中で立ち尽くす童に、兵達は様々な感情を抱いたそうだ。作業の邪魔であると見た数人の兵士が童を避難させようと近付くと、童はその者等を一目見た後に黒い霧を発生させ、前方に広がる火を消して見せた。それはまるで、身振り手振りによって自分の力を使うようにと提案する様であったという。そして火が完全に消えた後、守備隊が漸く昼食をとる事となったのだが、数人の兵士が甘いものが苦手なのでデザートのプリンを残していた。童がその場に通りかかりプリンをじっと見て離れない為、試しにあげてみたら見事な食べっプリン。それを機に周りの者がプリンを持参して集まり、大いに盛り上がったとの事。
「プリ……じゃなくて。霧を用いて徐々に火を消していったと」
「プ……いえ、徐々にというよりは、あっという間に……でした」
「若様、このプリン……失礼しました。この子供は一体何者なのですか? 知る者の話では新たにナイト様の養子となり、若様の弟君にあたるとの事ですが……」
バスナ兵、遼遠兵は勿論、輝士兵の中にも童を知らない者はいる。
「このプリンちゃんは斯く斯く然々……」
ナイツは改めて童の事を説明する一方で、自分達もこの子の正体については判明できていない事を伝える。
童の尋常ならざる食い気に圧倒されていた兵達だが、その童がナイトを負傷させる程の高い戦闘力を持つ事を知ると益々驚いた。
「こんな小さな子供が大殿に傷を負わせるとは……」
「魔力を扱えるのも凄い事だ。見る限り弟君の歳は九、十といったところだろう」
兵達は童に真剣な眼差しを向ける最中、思わず姿勢を崩してしまう。どの兵士も目の前に居座る可愛らしい童児と、ナイツが話した童が整合しないといった不信に満ちた顔色だ。
輝士隊の面々も童が実際に戦っている姿を見たわけではない為、強さに関しては兵達同様に半信半疑であった。
「一つだけ確かな事は、童ちゃんが恐るべき健啖家であるって事ね」
メスナの言葉にその場の全員が理解を示す。
正にその通り。童について現状で分かっている特性は、とにかく良く食べる事。
「……ここまでプリンが好きだとは知らなかったけど。……うん、ありがと」
顎に手を当てて童のプリン好きに驚くナイツに、何と童からもう一つのプリンプレゼント。
ナイツは両手にプリンを持つことになり、これじゃ戦えないなぁ……と、心の中で呟いた。
「はい。我々も驚きました。まさか、プリン界の大プリンスことプリン伍長が完敗するとは……」
「誰やねん! プリン伍長て」
メスナが堪らず突っ込みを入れる。
「ほら、あそこで放心状態になっている方です。……確かメスナ将軍の隊所属だった気が……」
「私の部下かよ⁉」
童にプリン勝負で敗れたという、その道では有名らしいプリン伍長なる人物は、灰の大地に大の字で寝転がり「いえーい大文字焼き、火消えたけどねプププ」などと訳の分からない独り言を呟いている。誰がどう見ても精神崩壊真っ只中だ。
(変な奴が居たもんだな)
まさか輝士隊内にナイト直下兵と同じ雰囲気を放つ兵が在籍していたとは思わなかった。
それでもプリン伍長の所属がメスナ隊だと言われれば、妙に納得できるのが不思議だ。
「とにかく事情は分かった。弟、火を消してくれてありがとな。……うん、プリンはもう持てないからいらないよ」
膝を曲げ、童の目線で礼を言うナイツに童からの三つ目のプリンプレゼント。
だが残念な事にナイツの両手は塞がっている。童は断られたプリンをじっと睨んだ後、再び手を動かしてプリンを食べ始めた。
「さて、俺達もさっさと昼飯を食べて次の行動に移るか」
童が火消し名人であった事は予想外だったが、予定より半日程早く陣地建築に取り掛かれる事にナイツは満足した。




