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大戦乱記  作者: バッファローウォーズ
ナイツと童
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武と智の前哨戦


 保龍地域東部 東鋼城塞


 山間に築かれた堅牢な東鋼城塞は、群州へ繋がる東の道と一大文化都市・京に繋がる北の道の分岐点よりやや南に位置する。

その構造は自然の要害に人の手を加えた、攻めるに難く守るに易いものであり、外には二重の鉄扉門と高所を利用した櫓が構え、内には幾重もの罠と防陣が組まれている。

昨年、安楽武の指揮の下に防備の大幅強化を施されたこの城塞は、鉄と岩と木材で出来た敵専用の巨大墓場となっていた。


 覇攻軍が城塞を攻めて二時間。当初は強行突破を狙ったマドロトス自らの猛攻によって、一の門を陥落せしめるなどの勢いを放っていたが、門を潜った後から事態は一変する。

先ず覇攻軍の先陣部隊は、細い山路を下った先にある二の門の存在に気付き言葉を失った。

一の門より低地にあり、その影に隠れていた二の門は今しがた突破した門より大きく堅固で、両側には人工的に削られて形成された崖がそそり立つ。

崖上には銃を構えた兵が大勢配備されており、門に至るまでの小路も防柵だらけ。近付こうものなら一人残らず蜂の巣にされる事は明白だった。それでも後から後から城塞内に雪崩れ込む味方の為に、前衛の兵は止む無く進撃せざるを得ない。


 李醒はこの機を逃さなかった。小路の左右の山に伏せた、これまた大勢の銃兵・弓兵隊に指示を出し、木々の影から横殴り状態の矢弾の雨を繰り出したのだ。


 一斉射撃の恰好の的となった覇攻軍は、ここで四千近い兵が死傷する。

その多くがマドロトスの手足となって戦う主力兵であった事が、彼にとって痛恨の打撃だった。言うまでもなく、マドロトスは先手必勝一撃必殺の戦法を逆手に取られたのだ。


 この時点でマドロトスは、東鋼城塞の守将が、ファーリムの副将である遼遠から何者かに代わった事に気付いた。

彼は作戦を変更し、左右の山の攻略を先決としたが、それこそが李醒の思う壺である事には気付かなかった。


「急報! 山の側面に回った奇襲部隊二千が逆に敵の奇襲を受けて敗退しました! 隊は四散し、半数は討たれた模様」


「左の山に突入した第一部隊が深い落とし穴に嵌まり混乱中!」


「右の山からも苦戦の報告です。敵は山中にまで土塁を築き、さながら城壁の様との事」


 覇攻軍六万五千 対 剣合国軍二万二千で始まったこの戦いは、序盤こそ警備隊と門守備隊それぞれ一千ずつ討たれた剣合国軍が劣勢だったが、門の攻防を含めて五千もの損害を覇攻軍に与えた後から、流れが大きく変わっていた。


「マドロトス様、大変です! 我が軍後方の補給部隊が襲撃されました! 部隊は壊滅、物資も大半を奪われるか焼かれたそうです!」


 李醒の巧みな用兵技術と遼遠隊の武勇の前に、各所で敗退を繰り返す覇攻軍。

その本陣にもたらされた最新の報告は、飛び抜けて最悪なものだった。


 然し、狼狽える将校達を余所にマドロトスは平静を保ち、目の前にいる敵の強さが黒染の予想したものを超えている事に疑問を抱く。


(守将の遼遠が優れた指揮官である事に間違いはない。だが、奴にはこれ程の機敏さもない。今の敵は「剛」よりも「智」の気配に満ちている。……想像できる将はあの野郎しかいないが、奴は八月に居る筈だ)


 敵軍の動きと気配から想定される守将は、李醒を於いて他になかった。

広範囲の戦場を把握して、指揮下から遠く離れた部隊を手足の如く動かす手腕に加え、マドロトスの侵攻を予期した慧眼。ナイトや安楽武が絶賛する程の技量を持つ将でなければ、この戦況は描けない。


「マドロトス様、敵の指揮官が判明しました。守将はどうやら――」


「李醒だな」


「は……はい。その通りです。八月に駐屯している筈の李醒が指揮を執っているそうでして……」


 間諜の働きを無にするマドロトスは、自分の目利きも存外捨てたものではないと不敵に笑う。


「ハハハ、道理で容赦ない訳だ。さてはあの野郎、俺が昔に言った事をまだ根に持っているな?」


 過去の確執が李醒の意気を上げているならば、そこに付け入る隙がある。

マドロトスは背負っている長刀を抜き、部下達が待ちに待っていた指示を下す。


「俺が直々に右の山に攻め込んで穴を開ける。それまで攻撃組は現場の維持を専念し、広域に散っている各隊も集結させて二次突撃の陣形を組ませろ」


 各部隊に指令が行き届くや否や、マドロトス本隊五千が攻撃を開始。初手で壊滅に匹敵する大損害を出して尚、彼等の戦意は衰える事がなかった。

それはマドロトスとて同じ事が言えた。

尤も彼の場合は、部下頼みの戦しかできない李醒を未だに甘く見ているに過ぎないが。


「集の力に絶対の自信を持つ李醒よ、お前に矜持があるならば、俺の刃を見事防いで見ろ! キェヤァー‼」


 猿叫と同時に大上段の構えから垂直な一刀を振りかざす。

マドロトスの剣技の一つ「紫影の太刀」だ。

魔力によって強化された長刀から紫の斬撃が放たれ、大地を切り裂き、兵達が苦戦する土塁を両断する。


「ハハハ! 気分が良いな。皆続け! この程度の山、一気に攻め落とすぞ!」


 マドロトスが先頭きって土塁を越え、覇攻軍の精鋭が後に続く。


 その報せは二の門にて、陣頭指揮を執る李醒の耳につぶさに伝わった。


「左方の山中腹にある土塁が突破されました。マドロトス以下本隊とおぼしき部隊が大挙して山頂に迫っており、焼場に入った数は三千程」


 側近の将校が必要となる判断材料を端的に述べると、李醒は即座に次の指示を下す。


「頃合いだ。前線の兵を北側八号目辺りまで引かせろ」


 側近は短く返事を済まして、門上から合図の赤旗を振らせる。

大きくゆらゆらと振られるその旗は、さながらマドロトス本隊を次なる死地へと誘う様であった。


「合図だ、退け!」


 山頂から李醒の指示を受け取った東山の守備隊は、まだ敵を防ぐ事のできる防陣を捨てて一目散に北へ向かって後退を始める。


 この動きに策の気配を感じたマドロトスは慎重になって追撃の手を緩めた。


「見え透いた手を……二度も引っ掛かる俺と思ったのか? 斥候を放て。頂上までに敵が居ないかを調べさせろ」


 彼は数十名の兵士を先行させ、頂上までの間に伏兵が居ないかを探る。

一の門で味わった一方的な虐殺が、その慎重さを生んだ事は言うまでもなかったが、後に起こる事態を思えば一気呵成に攻めるべきであったろう。


「東西より火を放て」


 李醒の指示を受けた側近は赤の煙玉を打ち上げた。

それを合図に山の東西から火の手が上がる。東側で火を着けたのは覇攻軍の奇襲部隊を奇襲仕返した部隊。西側では門寄りの土塁に残っていた小隊だった。

マドロトスが出撃にあたって広域に展開した部隊を呼び戻してしまった事、攻撃部隊の手を止めてしまった事が、皮肉にも李醒の火計を手助けしていた。


「マドロトス様! 火の広がりが異様に早いです! これは油や火薬を草木に混ぜております!」


「ちっ……矢玉の次は火か。後退だ! 一度山を降りるぞ!」


 ファーリムに匹敵する大剣豪であろうと、山火事はどうにもできない。

マドロトスは火に巻かれるより先に来た道を戻る指示を出す。

然し哀れかな。土塁を越えた兵は既に四千にも上り、その後にも多くの兵が続こうとしていた為、簡単には後退できない。そこへ常識を上回る火の拡大による混乱が加わる事で、マドロトス本隊は完全な立ち往生に至ってしまう。


「いいから山を南に下れ!」


 遅々として兵が動かない間にも炎は徐々に近付いていた。

北には敵の伏兵が予想され、東西からは猛火、南は味方兵の群れ。

進むも退くも叶わない状況にマドロトスは苛立ちを顕わにする。


 だが、魔力を込めた彼の声は自軍の混乱の渦に呑まれて響かず、その一方で火に包まれた兵達の断末魔の叫びばかりが山中に木霊した。


 結局、山中央にいたマドロトスは東西から迫る猛火の難を逃れたものの、三千近い主力兵が焼死。千余名も少なからず火傷によって負傷し、今後の戦闘に従事できる者は一千に満たなかった。

そこへ追い討ちを掛けるかの様に遼遠率いる二千の騎馬隊が討って出て、後退する敵軍を追撃。覇攻軍はここでも四千近い兵が討ち取られ、両軍の士気は逆転する。

直下部隊が壊滅同然となったマドロトスは軍全体の再編成を余儀なくされ、覇攻軍は侵攻時の勢いを保てぬまま見晴らしの良い平野まで下がった。


 両軍の戦力は覇攻軍四万九千 対 剣合国軍一万八千にまで縮み、李醒は援軍到着までの時を充分に稼いだばかりか、今後の戦に於いて強敵となる兵団の抹消まで成功した。


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