蝶の姫君と故国の将軍
アレス軍が全面撤退した後、戦後処理は守将の烓輜に任された。
方や総大将の覇梁は、サキヤカナイ一万を伴って透晋を発ち、ファーリムによって楚南に後退させられたウォンデとの合流を図る。
楚南 覇攻軍陣地
そして現在。覇梁に先んじてウォンデの陣営を訪れる者達がいた。
「蝶華国軍大将・蝶歌にございます。要請に応じ、参陣致しました」
先ずは一人目。精強の誉れ高い蝶華国軍八千を率いる同国の姫・蝶歌。
彼女は人質になっている父・蝶面に代わり、 齢十六でありながら戦場に立つ女傑として知られる。(第58話「軍師の第一印象」を参照)
「價久雷および護増国軍。只今参上した」
次に、旧護増国軍一万を率いる猛将・價久雷。
彼は覇攻軍によって滅ぼされた護増国の将軍であり、後継となるべき王族が幽閉されている現在は、残軍の指揮を命じられていた。
隣同士に存在する二勢力は旧剣合国の大侵攻以前より友好的な関係で結ばれており、蝶歌と價久雷も似た者同士な境遇が影響して良好な関係を築いている。
ゆえに今回の出兵でも、両軍は進軍途中で合流した後に、同時の到着を果たしたのだ。
「蝶華国に護増国の方々、よく参られた。援軍感謝しますぞ」
そんな蝶歌と價久雷を筆頭とする両国連合軍の将達を出迎えたのは、楚南守将のウォンデではなく、彼の副将を務めるディチス・オグルスという将軍だった。
戦略的思考に欠ける上官に代わって指揮を執る為、楚南戦線に於ける実質的な司令官と言える人物である。
「さて、早速で悪いのですが……皆様は直ちに出陣した後、前線の楡函砦を固めていただきたい。現在、砦には杜唔将軍以下一万の将兵がおられますが、南亜に集結する剣合国軍に対して戦力が不足しております。皆様は杜唔の両側面を固め、来る本軍の到着まで時を稼いでください」
「……御言葉ですがオグルス殿。それは着いて早々で疲弊している我々に、万全な状態の剣合国軍と殺り合え……という命令でしょうか?」
オグルスの指示を前にして、毅然とした態度の蝶歌が一拍置いてから尋ね返す。
従属国として命令には逆らえず、言われるがままに従う他ないとはいえ、大勢の命を預かる将として無謀な指示には抗議せざるを得なかった。
價久雷と比べて人生経験に大きく劣り、性格も勝ち気な蝶歌であれば尚更だ。
「剣合国軍が出撃してきたら、戦う事になりますな。然れど、奴等は拠点造りに専念しておりますので、此方から仕掛けない限り、心配は無用でしょう」
「……では、前線を守るだけで良いのですね?」
「はい。守るだけで結構でございます。……今の内は」
「……分かりました。早速出陣します」
下手に発言して、更なる注文を受けるのは好ましくない。
蝶歌は了解の返事以上に何も言わず、指示された事のみを了承した。
「……オグルス殿、兵糧は戦場に着き次第、早急に届けてくれるのだな?」
次は價久雷が問い質した。オグルスは二つ返事で答える。
「兵糧に関しては、覇梁様とガトレイ侯の到着、及びお二方が率いる本軍の前進に合わせて送ります。ですので数日分の兵糧は、楡函砦の杜唔から供給してもらって下さい。……この手形を渡せば、杜唔も承諾しましょう」
「では、その手形を使わせてもらう。……蝶歌殿、早速行くとしましょう」
「はい、價久雷将軍。宜しくお願いします」
價久雷と蝶歌、それに両軍の将校達は、颯爽と踵を返す。
その堂々とした佇まいには、大国の将軍に負けず劣らぬ威風が宿っていた。
二人を見送ったオグルスも、上国の将軍としては稀有な感情に該当する心強さを覚え、念入りな本軍受け入れと兵糧運輸の準備に取りかかった。
「蝶華国軍、出陣!! 前線の砦へ向かう!!」
「護増国の強者達よ、今すぐ出陣だ!! 前線砦の加勢に向かうぞ!!」
『…………ははっ……!』
二将の号令のもと、蝶華国と旧護増国の連合軍一万八千は直ちに出陣。
休む間もない進軍再開となった事に兵士達は不満を抱きつつも、場所が場所だけに誰一人としてぼやく者は居なかった。
だが、それも外に出てしまえば一転する。
進軍の途上……聞き耳を注意する必要がなくなった所まで来たと分かるや、将たる價久雷が早くも覇攻軍批判を始めてしまうのだ。
「……ふん、今回の軍監が、話の分かるオグルスでまだ助かった。奴は少なくとも、我等の事を戦力として見ているからな。……先の紀州征伐で黒染を討ち取ったジオ・ゼアイ・ナイツには、感謝すべきか」
その呟きに対し、價久雷と馬を並べて進む蝶華が強く反応する。
「ほんと、黒染は最悪だった死ね。なまじ知恵があるから指揮官ぶって殺りたい放題の理解不能・自己中心的。……ウォンデも同じくらいに最悪だけど、あいつは馬鹿だから指揮とれなくて副将頼み。あたしらにすれば、その点に関しては助かるわ。
――まぁそれでも、あたしは剣合国に感謝したいとは思えない」
「彼の国に蹂躙された過去を思えば、蝶歌殿の思いは当然の事。……心中を察しますぞ」
「護増国だって、似たようなものじゃない?」
「確かにそうだが、我が国は剣合国と境を成していなかったのでな」
護増国の東は海、北はトーチュー、西は蝶華国、南はナルマザラス(覇攻軍本拠地)。
この位置関係により、護増国は旧剣合国の侵攻による被害が比較的少なかった。
言わば、蝶華国やトーチュー騎軍が盾になっていたのだ。
「それでも護増国は、うちらが侵攻に曝される度に援軍を派遣してくれた。……そして多くの将兵が犠牲になった事で、覇攻軍に…………いや、この話は止めましょう。面白くないわ」
「……だな。確かに面白くない」
右手で髪を擦り、視線を逸らす蝶歌。
腕を組みながら前を見据える價久雷も、彼女に同意して話を中断する。
それ以降、口を重くした二人は進軍だけに専念し、無用な士気の低下を招く「ぼやき」もしなくなった。
二人の話を補足して語るならば、以下のように続く。
『直接的な侵攻に曝される事が少なかった護増国だが、蝶華国やトーチュー騎軍に援軍を派遣し続けた結果、先述の二勢力同様に兵力を失っていった。
そこにきて、ガトレイの支援を受けた覇梁がナルマザラスで挙兵。同地を治めていた勢力をいとも簡単に滅ぼして覇攻軍を立ち上げた後、疲弊していた護増国へ真っ先に侵略する。
護増国軍は徹底抗戦したものの、新興勢力に抗う力すら残っておらず、蝶華国やトーチュー騎軍も援軍を派遣するどころか兵士や武器を集める事すら難しい状態であった為に、援護を受けられなかった護増国は瞬く間に陥落させられたのだ。
そして同国は、侵略の見せしめとして徹底的に討ち滅ぼされ、数人の王族だけが助命される形で現在に至る』
故に價久雷は、剣合国軍か覇攻軍のどちらが嫌いかと尋ねられれば、印象的には覇攻軍の方が嫌いと答える。勿論、剣合国軍も嫌いな上での話だが。
「…………見えたぞ蝶歌殿。覇攻軍の前線砦・楡函だ」
兵達の疲労から進軍の足取りも重くなり始めた頃、蝶華国・旧護増国連合軍は、前線拠点の楡函砦を視野に入れた。
「よし、あたしらは西に構える! 日が暮れる前に陣を築くよ!!」
「我ら護増国軍は東だ! 東側に布陣する!!」
予め配備されている覇攻軍一万が砦に籠り、連合軍は外に布陣した。
砦を中央にして、蝶華国軍は西側、護増国軍は東側へと。
そして南方の背後にはウォンデの軍勢二万六千が控え、剣合国軍の出方次第で何時でも何処へでも向かえる様に備える。
一先ず、覇梁本軍が到着するまでの時間稼ぎもとい迎撃態勢は整った。
否!! 整いそうだった。厳密に言えば、布陣を始めた連合軍を密かに捉える者達が、これから崩さんと狙っていたのだ!!
「…………ファーリム、バスナ、メイセイ。見てみろよ、蝶華国と護増国の軍勢だ。軽く見ても二万近くは居る。あれを相手するのは骨が折れるぞぉ?」
「はっはっはぁ! それは「軍」で攻めればの話だろ? 御大将!」
「あぁ、ファーリムの言う通りだ。大勢で大勢に当たるには分が悪い……というだけだな」
「ふんっ、多勢も無勢も関係ない。ただ覇攻軍を討つのみだ」
「おぅ、正しくメイセイ大通り! 覇攻軍にだけ、ちょいと痛い目みてもらうのだ!!」
人知れず敵地に潜入した剣豪が四人。
何を隠そう隠しきれない存在感と図体を誇る漢達。ナイト、ファーリム、バスナ、メイセイだ。大甘党パパ、大剣豪パパ、たこ焼き兄ちゃん、ドジっ子眼帯の四人だ。
「…………それはそうとお前ら、そんな所に突っ立ってると見付かるぞ。早く伏せろ」
そしてバスナ以外の三人は、岩場の陰に収まろうとする気が全く無いようで、岩場の上で堂々と仁王立ちしていた。
恰好は付くが、よく見付からないものだ…………とはバスナの心中談である。




