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大戦乱記  作者: バッファローウォーズ
南攻北守
372/448

質疑応闘

 怒気を含む大男の発言に、「死神」と「シラウメの姫」という単語が出た。


 「死神」に関しては、どうやら涼周の事を指している様だが、淡咲には「シラウメの姫」が皆目見当もつかなかった。

大男曰く「梅朝より出でし存在」であり、梅朝守将の淡咲なら理解に易いとの事。


(……それでも、分かりませんね。「周」の刻印を宿した「シラウメの姫」とは、間違いなく周氏の姫を指すのでしょうが、既に彼の一族は滅亡し、最後の王である周史殿にも子供は居なかった筈。それが弟君とどう関係するのか……)


 周氏。その歴史はとても古く、人界を武力統一したジオ・ゼアイ・アールア以前の時代に、仁徳を用いて人界を治めていたとされる勢力であり、実在した一族を指す。(第190話「王洋西の仮説」参照)

その末裔に当たる人物が、淡咲の述べた周虎王・周史(シュウシ)。ナイトと共闘した過去を持ち、没落した勢力挽回の為に奮戦する英傑として知られていたが、十数年前の張軍侵攻によって戦死したとされる。


 そして、彼はナイト同様に一途な愛妻家で知られるものの、妻との間に子供はなく、彼の戦死に伴って周氏は途絶えたというのが一般的な解釈であった。


 故に、大男が尋ねた「シラウメの姫」なる人物……強いて言えば周氏の姫君に該当する人物は、この世に存在しない筈なのだ。

尚、周氏が掲げていた旗印は、永劫に白い花を咲かすと言われる「オクネンウメ」。これは梅朝にも咲いており、その点に関して言えば、「シラウメの姫」と梅朝を関連付ける事は可能と言えた。


 然し、だからといって淡咲の知るところではない。

彼女は睨みを利かす大男に対し、毅然とした態度で返答する。


「……申し訳ありませんが、それだけでは何とも分かりかねます。故にお引き取りを」


 だが大男の方も、そう言われて「はいそうですか」で引き下がる事はしない。

大体にして、その程度の答えで引き返すぐらいなら、敵意丸出しで標的の本拠地まで侵入はしないだろう。


 大男は淡咲を睨み付けたまま、僅かに肩を吊り上げた。


「…………女、もう一度だけ聞いてやるぞ。ここは死神の住み家にして、シラウメの小娘が出でし地。忌々しき二人を、何処に隠した」


「先程から申しておりますが、全く身に覚えがありませんねぇ。仮に知っていたとしても、人の名前を知っていながら女々と連呼するような非常識な人には教えたくありませんから……何卒お引き取り下さい」


「…………そうか、分かった。ならば仕方ないな」


「えぇ、私も分かりました。仕方ないですね」


 大男は睨みを緩め、淡咲は首を傾げて妖艶な笑みを浮かべ――


「貴様は必要ないっ……!!」

「貴方は要りません……!!」


 ほぼ同時に互いの存在を全否定し、大男に乗る形で淡咲も切り掛かった!!


「オオォォォッ!!」


「っ!? シャゥッ!」


 風を纏い水を切る速さで、互いの得物が激突。銀色の衝撃波が発生して周辺の風雨を弾き飛ばし、壮大なる威圧が衛兵達の腰を抜けさせる。


 そして、正面から交えた一合目は大男に分があり、弾かれた淡咲は宙を舞う。猫の様にクルクルと回りながら衝撃を逃がし、猫の着地とは逆の要領で館の屋根に足を付ける。


「キィエョッ!!」


 言葉にならない猿叫を以て、大男は大剣を横薙ぎに切り上げた。

魔力によって顕現した漆黒の巨大真空刃が、屋根上に着地したばかりの淡咲を追撃する。


「ぅふっ……!!」


「!? ――ヌゥッ!?」


 闇色に近い灰色の眼差で目を光らせた魔力猫が、大男の脇腹に絶大な蹴りを入れる。


 大男は咄嗟の判断で魔障壁を顕現するも、魔力猫の一撃はそれを容易く砕き、大気に穴を開けたかと思える程に非自然的な轟音を唸らせ、大男をシュマーユ宅へ吹き飛ばす。


(私の家がァァァーーー!!?)


 大男の真空刃が涼周軍本部の屋根に綺麗な横線を入れたのと、切られたと思われた淡咲の残像が消え、かの魔力猫によって蹴散らされた大男がシュマーユ宅の玄関廻りを豪快に破壊するのは、全て同時の出来事であった。


 因みに今更だが、シュマーユの館は、とある理由(第257話「関心を得るもの」参照)で本部の北隣に位置する。彼女と涼周合作の「アサガオ門」が目印だ……った。仕方ないとは言え、今しがた破壊されてしまったので、“だった” である。


「…………ふんっ! ……女、貴様もどうやら、俺と似た力を持つようだな」


 然し、大男は何事もなかったかの様に、平然と瓦礫の中から身を起こした。

ゆとりある言動から見るに、先程の一撃がまるで効いていないばかりか、小手調べとでも言う様な余裕が感じられる。


 だがそれは、淡咲にも同じ事が言えた。

寧ろ観戦しているシュマーユ達は、淡咲の方が大男以上の余裕を持っているのではないか、といった根拠に欠ける思念を抱いていた。


 何故なら当の淡咲本人が、素人目でも分かる程に、危ない笑みを浮かべていたから。

様々な感情と多彩な色が入り交じった、得も言えない魔性的な睨み笑いを。


「ぅふっ! ふふ……ふふふふ……! だからお聞きしましたよね? 何処の『神職』の方ですかって? 姿形を霞ませるどころか認識そのものをずらせる貴方なら、この意味が分かるでしょう? 何処の方ですか、ねぇ? 私に教えて下さいよ。性懲りもなく是々非々を真逆に邁進する愚かな集団が未だに存在するのなら撲滅しないとですから教えて下さいよお願いします」


 ニコニコ、ニヤニヤ、ニヨニヨ……と、それはもう様々な色の笑顔を見せる淡咲。

妙に可憐で、何処か儚く、いやに危険的で、限りなくサイコパスに……笑う。

水を吸ってピッタリと体に張り付いた襦袢を片手間に絞りつつ…………それに飽きたのか途中で止めて、張り勃った乳首ギリギリのところでまで捲っていたそれを戻しながら。


「…………予定外の事だ。同類との戦いで、徒に消耗する訳にはいかぬか」


 大男が、そんな淡咲に手強さを感じたのは確かな事。

彼は色に惑わされる事なく、終始変わらぬ気配で淡咲と相対する。


「……死神と、シラウメの小娘に伝えておけ。俺は一族の責務を果たすべく、ここに存在する。世に出してしまった悪しき神は必ず討ち果たし、邪魔立てする者も残らず討つ」


「大言を吐くのは私を往なせる様になってからにしましょうね? 抑々貴方の様な危険分子を見逃すとお思いで? マーユ殿の館だって壊した貴方を?」


「逆に、何の備えもなく乗り込んだとでも思うのか?」


 徐々に間合いを詰めんとする淡咲に反し、大男は闘争心を緩めていく。


「極技・亡者海」


 そして、大男は何気なく大剣を振り上げた。

殺気も敵意も闘争心も、何一つ込もっていない日常的な素振りを以て。


「女……貴様の胸に眠りし過去の忌人どもと、げに懐かしき邂逅を果たさせてやる。貴様にとって、良き可能性ならんとした忌人どもだ」


 大剣を天に掲げた状態で言い放つ彼の周辺に、曇天色をした影が音もなく立ち上ぼり、瞬く間に無数の人影が生み出された。


「……っ!? …………これはまた、面倒な存在を出してくれますですね……!」


 影が生まれて数秒後。一つ一つが生者の姿と色を形成し、見る者すべての「認識」を、影から人に変えた。死して故人となった筈の、人間のそれに。


「…………胸の中に眠りし過去の存在……ですか。胸糞悪い事この上ないですね。よっぽど私の胸に悪戯したいのでしょうね、この助平男は……!」


 紺色の神官着を纏う盲目の女官達、刀を携える血塗れの剣士集団、金の冠を被った士族連中などを前に、淡咲は一転して余裕をなくし、背を屈めて後退った。

呼吸も甚だ不安定な様で、たわわな胸が荒い呼吸に伴って何度も伸縮し、大男へ向けた彼女の発言は半ば正論とも言えた。


(何、あの集団は? 淡咲将軍が過去に関わった故人達を、彼女の記憶から呼び出した……とでも言うの? 幾ら魔人とは言え、そんな事ができる訳?)


 半ば硬直する淡咲に反して、シュマーユは逆に冷静を取り戻した。

他人の過去ゆえに他人事でいられたという事が、彼女の場合は殊更大きかったのだ。


「……衛兵、集まったね。此方も淡咲将軍の周囲を固めて」


「ははっ! お任せを!!」


 大男には既に、戦意はない。淡咲の記憶を元に生み出した幻影集団も、実像からは大した者達ではなさそうに見える。

故にシュマーユは、少しずつ集まった衛兵全員に号令を下し、魔人同士の一騎討ちから集団戦に切り換える事で、この場の収束を狙った。


 淡咲も口出しはせず、自身と幻影集団の間に入る衛兵達に甘える。


「…………今回だけ見逃してやる。次は……ない……!!」


「っ!? 待ちなさい! 貴方はいったい何者です! 何処の――」


 大剣を収めるや、背を向けてフッとシュマーユ宅の屋根上に飛び乗った大男。

そんな彼に、淡咲は強く問い質す。


「我が名は「貴幽」。貴様等にとっては、死神の、そのまた死神だ」


 返答の為に向けた横顔は、赤く刻まれた痣のある左側だった。


 大男は言い終えると、静かに雨の中に消える。

それに伴って幻影は跡形なく消え去り、淡咲に至っても緊張の糸が解けた。


「貴幽…………「貴」…………さぁて、分かりませんねぇ」


 淡咲もそうとだけ言い終えると、静かにその場を後にした。

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