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大戦乱記  作者: バッファローウォーズ
天命が定めし出会い
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交わった王の血


「王道‼」


 子供の攻撃に命の危険を感じたナイトは咄嗟に胸の位置にあるペンダントを握りしめ、大量の魔力を込めた。

するとペンダントは強烈な閃光を発し、一寸先に迫った魔弾や子供が放っている殺気を消し去る。


 眩い白光をまともに浴びた子供は視界の自由を奪われ、体を仰け反るとともに左手を両目の前に出して硬直した。


「おお! あれはジオ・ゼアイの……!」


 魔弾の射出から二、三秒が経過して閃光が治まった頃、槍丁が感銘の声を口にする。

彼等の視線先には、純白の光を放つ大型の魔法剣を握ったナイトが仁王立ちしていたのだ。

それこそがジオ・ゼアイ一族の末裔ということの大いなる証明。

王道武神 ジオ・ゼアイ・アールアが魔軍を退け、人界を統一した大戦争の折りに、彼の一番の武力となった聖剣を、ナイトが握っている。


「殿、今の内に!」


 然し、その勇壮たる姿を子供が視認するのは更に三秒ほど経った後。

この間にも将兵達はナイトに何かしらの攻撃を促したが、彼は一貫して堂々と構えるのみであった。


 漸くして視力が回復した子供は気怠そうに左手を退かし、か細く目を開けた。


「……!」


 その瞬間、ナイトは待ちに待った好機を手にする。

子供が初めて表情に色を付けたのだ。

僅かに口を広げ、生気を含んだ目を見開き、若干頬を緩める。

それは自分を殺そうとしないナイトに疑問を抱いたのか、神々しくも圧倒的な武力を放つ魔法剣に畏怖したのか、重苦しい負の威圧を払い除けてくれたことに感謝したのか、ただ純粋にナイトの聖騎士然とした佇まいが琴線に触れたのか、何の感情を示したのかは分からなかったが、それでもナイトは確かに見切った。


 ……この子供も、自分と同じであると。


「……」


 子供は一拍置いた後に、返ってほしくない我に返ってしまった。

さっと身を退くと魔力を込めた左手を大きく振り、甲板一帯に魔力で生成された黒い霧を漂わせ、子供はその中に隠れる様に前屈みの姿勢をとった。


(……この子は闇の魔力を扱うのか。それにしても、さっきより段違いに人間らしい動きをするようになったな)


 ナイトが恐れた子供の威圧はもうない。魔法剣の閃光が跡形なく消滅させたからだ。

それが影響してなのか、子供の方も動作の隅々に困惑の色が見られる。


「大将、お気をつけ下さい! その霧に呑まれては長時間の間、気を失います!」


 一人の兵士が場外から助言を投げる。


(成る程、外傷もなく突っ伏している兵がいるのはその為か)


 霧の効力を教えてくれた兵士の方角に親指を立てるナイト。

甲板に上がった際に多くの者から気配を感じなかったが、そういった理由かと安堵した。

同時に死傷者の数は意外と少ないことが分かり、それだけでもナイトには大きな援護となる。


「よし、一気に決めるぞ。そいっ!」


 方針が定まったナイトは純白の魔法剣・王道を振り切り、辺り一面の黒霧を払い除ける。


「むっ?」


 だが、その瞬間にナイト達の視界から子供の姿が消えてしまう。


「大殿! 後ろです!」


 気配を絶った子供の姿を最も早くに視認したのは槍丁だった。

流石は俺の背を守ることにも定評のある将だ。ナイトは心の中で感謝の言葉を浮かべると即座に反転する。


 然し、子供はナイトを上回る俊敏さを発揮して王道を握る右手に――


ガブリ‼


「イったーイわぁー‼」


 ……噛みついた。


 思わず声が裏返ったナイトは鍛え抜かれた筋肉の本筋、言わば動脈に牙が突き刺さったことを理解。恥も外聞もなく右手を振り乱し、暴れまくる。


「た……大変だ! 急いで大将からそのガキを引き剥がせ!」


 一瞬唖然とした兵達が我に返り、ナイトに噛みついて離れない子供の体を一斉に引っ張りだす。


「何で! 何で俺噛まれてんの⁉ 一騎討ちは⁉ っていうかめっちゃ痛いんだけど! めっちゃ血ィ吸われてんだけど! めっちゃ食い込んでんだけど‼ お前等もっと優しく引っ張って、お願いだから!」


 絶叫に似た情けない声が軍港内に轟く。

この出来事がモデルとなって、後に「ダイナミック輸血」という名の民話が語り継がれるのはとても有名な話である。


 子供は噛みつきながら、ナイトの血を大量に吸った。

血液とともに体内を駆け巡る魔力を奪い取り、魔法剣を自然消滅させる為であろう。

しかも、そんな前代未聞な行動に出るだけあって手慣れているらしく、ナイトはたった数十秒の間に一リットル半もの血液を吸引されてしまう。


「ちょっとタンマー‼ 本気で死ぬゥー‼」


 お前の口は原動機を搭載した巨大注射器か! 蚊でさえ吸うときは痛みを感じさせない配慮をするというのに、お前にはまるでそれがない! 如何に俺が頑丈であっても血には限りがあるんだぞ。……いやホントマジでそろそろ勘弁して下さい。……手の感覚無くなってきたんやでほんま……。


 心の声が子供に届く筈はなく、多量の魔力と血液を失ったナイトは魔法剣の維持どころか握ることすら難しくなった。

彼は仕方なく魔法剣を一度ペンダントに戻し、顕現用に放出していた魔力を体内に回すのだが、その最中に二つおかしな点に気付く。


 一点目は魔法剣の消滅を狙っていた子供が、ペンダントへ戻す数秒前に突如として吸血の勢いを弱めた事。もう一点は闇属性の魔力を持つこの子が、何故相対関係にある光属性の魔力、それもナイトの場合は上位種たる光閃の魔力であるにも拘わらず、大量に吸収して平然としていられるのかという事。普通であれば強烈な拒絶反応に基づく魔力暴走が起こり、肉体の維持ができない筈だった。


(本当に何者なんだ⁉)


 前代未聞に次ぐ前代未聞は、右腕の感覚に続いてナイトの思考をも麻痺させた。


「……」


 そこに追い打ちをかけるように、子供の様子にも大きな変化が起こる。

依然として食らいついたまま離れないが、しょぼしょぼとした双眸からは幻妖な赤光が消え失せており、黒目に戻った今は眠そうな気配しか感じられない。噛む力も非常に弱体化して甘噛み程度。長く鋭利な爪もごく普通の状態に治まり、最終的には手に持っていた片手銃も床に落としてしまう。


「力が弱まったぞ! 今だ、全力で引き剥がせ! せーの!」


 今こそ好機。兵達は一斉に子供を引っ張った。


「……ふわぁっ……」


「……あっ」


 そして勢い余った子供は宙を飛び、初めて見せた表情を再度作り可愛らしい第一声を上げながら――


ドボン‼


「あああぁぁー⁉」


 派手な水飛沫を上げて海に落下した。


「誰か今度は引き上げろ!」


「私にお任せ下さい!」


 ナイトの指示を受けるや否や、軍服を脱いだ槍秀が海に飛び込み、十数秒後には子供を抱えて水面に顔を出した。

気を失った子供を左手で抱き上げた彼は、もう片方の右手で救助用の縄を握る。


 確かな手応えを感じた兵達は掛け声とともに全力で槍秀を引き上げた。

そして――


「アホかー⁉」


「あああぁぁー⁉」


 怒号と絶叫を織り交ぜる槍秀を、今度は反対側の陸地へ向けて投げ飛ばしてしまう。


「うわぁっ⁉」


 然し幸運なことに槍秀は、船着き場に待機していたアフロ伍長以下四名のアフロ兵の頭上に落下。

脇に抱えられていた子供ごと、優しくふわふわとした羊毛の如き毛塊に包み込まれ、事なきを得た。

余談であるがこの功績によりアフロ伍長は百将へ昇格し、アフロ兵は百名に増兵される。


「槍秀様、お体が濡れておりますな。ささっ、我等の髪をお使い下され」


「……ありがとう。でも……気持ちだけで充分」


 無事に着地した槍秀をアフロ五人組が囲い込み、お辞儀をする形でその毛塊を押し出す。

どうやらそれをタオル代わりにしろという意味だろう。


 好青年な槍秀は、ひきつった笑顔を示して感謝の気持ちだけを伝えてやんわりと断った。


「いけません! 風邪をひきますぞ! かくなる上は……お前達、突撃だ!」


 だがアフロ伍長の迷惑な親切心がその拒絶を拒絶し、部下に指示を下したと同時に槍秀は問答無用でゴシゴシされた。

妙に温く、確かな肌触りで。


「いやだからいらないって……うぎゃぁぁぁー⁉」


 五毛一体となった巨大アフロに呑み込まれ姿すら視認できなくなった槍秀は、モッフンモッフンな天然タオルの中で壮絶な叫び声を上げる。


 その微笑ましい光景を見たナイト及び槍秀を地獄に落とした兵達は、和やかな笑みを浮かべて温かく見守ったという。


 アフロ式完全脱水法という地獄から生還した槍秀は、よろめく足並みで改めて旗艦へ搭乗し、父である槍丁に子供を託す。

その後、どっと疲れた槍秀はその場にへたり込み、歩み寄った亜土炎の役に立たない励ましにも力無い反応を見せる。


「……酷い目にあった。矢の雨の中に飛び込む方がまだましだ」


「……難儀でしたな。ですが、そのお陰で肌に艶が増し、酒の脂が抜けた様子。今ならば美女装コンテストで堂々の一位を狙えます」


「……全く嬉しくないです」

 

 一方で、他の諸将は槍丁の手の中で眠っている子供を凝視していた。

それもその筈、子供の容姿が先程までの化物とは似ても似つかなかったのだ。

全身隅々に至る汚れが完璧に落ちた為に、西洋人形が如く中性的かつ端正な顔つきと肉質の希薄さが目立っただけとも見れるが、それ以前に何かが全く違っていた。


 少なくともナイトに命の危機を感じさせた存在には、逆立ちしても見えない。

ここでナイトは実際に逆立ちしたが、重装具を付けた槍丁の足と子供の丸みを帯びた可愛らしいお尻が見えただけだった。


 亜土雷は左手だけで体を逆さに維持し続けるナイトに妙な尊敬を抱きつつ、気になった事を口にする。


「……この者、闇属性でありながら光閃属性の血を吸っていましたな」


 鋭い眼光を放って子供を睨む亜土雷。怒りではなく疑問色の睨みだ。


「俺もそれが気になった。幼い身で魔力を扱える事といい、化物じみた威圧といい……充分過ぎる程に只者じゃない」


 依然、逆立ちした状態のナイトは険しい表情を浮かべつつも、麻痺しているはずの右手で子供のお尻をおもむろに擦りだす。


 もう何が起きても驚かない心境だった安楽武はナイトのおふざけに突っ込むことなく、単純かつ重要な判断のみを仰いだ。


「殿、この子供をどうします?」


 尋ねられたナイトはさっと身を半回転させて体勢を戻し、豪快な笑顔とともに即答した。


「そうだな、面白そうだし養子にするか!」


「大殿⁉ 一体何を……」


 ナイトの考えに槍丁を筆頭とした多くの将兵が面食らう。

彼等は子供のおぞましい姿を踏まえた上で、目の前に眠る幼子が一級品の危険物であると反論しようとした。


「良き考えと存じます」


「軍師殿まで……一体何を考えておられる」


 その中にあって、安楽武のみがナイトの考えに賛同する。

それは一気に決定事項となる流れを生む力強いものであった。


「殿の目が、そう決めたのであれば間違いありません」


「目……ですと? 大殿の目が一体……」


「殿の人を視る目は天下に比類ありません。それは剣合国軍の主将の多くが他国人であることからも分かると思います。……そして、殿を逆に見抜いたというこの子供。思うに、我々に敵対する者ではないでしょう」


 軍師の意見にナイトは首肯する。

槍丁達は剣合国軍の要たる二人がそのように言うならばと、一応の了承をした。


「俺の怪我を治すついでだ。奥にこの子と魔具を見てもらおう。あいつはこういった事には殊更詳しいからな。それと軍師よ、すまんが一つ頼まれてほしい」


「マヤ家への使者ですね」


「そうだ。マヤ家の新当主・マヤケイに会ってだな……」


 突然振られた別件の内容にも安楽武は動じない。

彼は真にナイトの考えを理解できる者の一人であった。ただし、真面目な話に限る。


 二人のスムーズ過ぎるやり取りに他の者達が相変わらず驚く中、ナイトは安楽武の耳元まで近寄り、使者として相手側に要求する事を囁いた。


 安楽武はナイトと己の考えが概ね一致している事を把握した後、一つだけ捕捉する。


「承知いたしました。つきましては此の度の戦利物資の六割程をお預け下さい。それを材料にすれば交渉は確実と思われます」


「構わん。早速手配を頼む」


 相当量の物資を惜しみ無く放出するナイトに、安楽武は満足そうな笑みを浮かべた。

使命を帯びた彼は早速輸送艦に乗り移り、ナイト達と別れて一路マヤ家の本拠地・グラルガルナへ向かった。


「槍丁、出港だ。義士城へ帰還するぞ!」


「ははっ」


 安楽武を見送った後、ナイトも自らの本拠に向かって艦隊を動かす。

後世に広く知れ渡る、英雄の卵を伴って。


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