見抜く者の動き
帰路についたナイトは恭紳城でフォンガンと別れた後、分配された戦利品を運びながら沛国軍の軍港へ向かった。
「見ていろ皆のもの! これが人界車引き大会、中枢大陸代表の真の実力よ‼」
腰に幾つもの縄を巻いたナイトが爆走を始め、馬が繋がれておらず物資のみを積んだ車二十台を物理的にしょっぴいていく。
ドドドドやガラガラガラといった効果音が当てはまるかと思うが、足をつける度に靴底面積分の地面が三寸程沈没する威力を伴った走りである。正直に言ってドスドスドス以上。少なくとも車輪の回転する音は掻き消されていた。
「また何か始めましたね! 車を壊さなければよいのですが!」
「軍師殿、大殿の身を案じるべきかと思うのだが!」
「心配は要りません槍丁殿! 殿の体は馬車五十台相当の頑丈さを誇ります! それよりも発狂した兵をどうにかして下さい!」
安楽武と槍丁の二人は馬を並べて大声で会話していた。
そこまでしてやっと声が聞き取れる程に、多くの兵士が車引きレースに熱狂していたのだ。
「我等が大将が一番走者! このまま軍港までまっしぐらかー!」
「大っ将! 大っ将! 大っ将!」
「ぬぅおー! 流石はジオ・ゼアイの血を継いでおられる御方! 拙者、涙で脱水症状まっしぐらでござる!」
戦帰りというのに無駄に元気な兵達の姿を見る限り、安楽武が事前準備を整えてまで兵の体力消耗に気を配った事は徒労に思えた。
もう次からは戦場までの行軍は、軍艦も飛空挺も運用せずのマラソン大会でいいんじゃないかな。体力強化にもなるし何より安価だし。
首を横に振る槍丁を見て、安楽武はそう思った。
「ふっはははは! 甘い! 甘いぞぉ! 黒糖饅頭専門店・白餡屋の甘納豆の如き甘さだ!」
ご贔屓にしている菓子屋の宣伝大使まで務めるナイトは伊達ではない。
甘味の何たるかを知らぬ者達に圧倒的実力の差を思い知らせ、彼等が悔しさを覚えた頃に菓子を与える。
飴と鞭ならぬ馬車と菓子。兵達が皆、ナイトの思惑に嵌まって甘党戦士になる時も近いだろう。
その後も剣合国軍……というよりナイトは、事ある毎に小休憩と称してアホな催しを開き続けた。
以下に主な発生原因と大会名称、優勝者を記す。
・壊れた車輪と車体が結構あったので開かれた「第二回 剣合国軍チキチキ一輪車猛レース」 優勝者ナイト
・夜中の軍事行動が影響してなのか、仙人の様な長い顎髭となってしまった兵が大勢いた為に急遽開かれた「第四十三回 髭抜きは優しくしてね大会」 優勝者ナイト
・抜かれた髭が勿体なかった為に連続開催となった「第一回 ミス? 髭鬘美女装コンテスト」 優勝者ナイト(権力行使によって強制優勝。実際の優勝者は槍秀)
・小腹が空いた為に開かれた「第百三十三回 カレーなしナーン大食い選手権」 優勝者ナイト
等々、とにかくアホな大会を繰り返した為に進軍が遅々として進まず、軍港を視野に入れたのは城を出てから六時間後の事であった。
「長い行軍もやっと一段落か。清々しい気持ちだな軍師」
ナイトが馬上にて背伸びをしながら、無理矢理に肩の骨を鳴らさせる。如何にも、頑張った事を主張したげな行為であった。
「……それはてめえだけだろ」
ナイトからの御言葉に対し、安楽武は羽扇で顔を隠しながら低く暗い声と乱暴な口調で返す。
「おう、久しぶりだな。返り血の曲刀士さんよ」
苛立ちを隠しきれず武人時代の気配を醸し出す安楽武に怯む事なく笑う。
ナイトが相当肝の据わった人物であることは今更語る必要もないが、安楽武もある意味では同種であった。
「……はぁ、本来要する時間の三倍もかかってしまった。殿、出港までは大人しくしてて下さい」
わんぱくな子供に言い聞かせる様に言い放つ安楽武。
まあ、釘を刺したぐらいで椅子に腰掛ける人物でないことは今更だが。
(どうせ返事は「おぅ」の一言だけでしょう)
目を細めて呆れた表情をつくった彼は、誰もが容易に想像できる返事を待った。
然し、この時ばかりは軍師の予想が外れたのである。ナイトは先程までの笑みを一掃し、神妙な顔付きで軍港を睨み付けていた。
「……殿、どうなさいました?」
「兵は外で待機させろ。主将軍は俺に続け」
突然雰囲気を変えたナイトは命令を発した途端に颯爽と駆け出す。
「全軍一時待機! 槍丁、槍秀、亜土雷、亜土炎の四将は護衛と共に殿を追って下さい!」
ナイトとの旅の最中、この様な体験は何度かあった。それは決まってナイトの尋常ならざる眼が何者かを捉えた時だ。
剣合国継承戦争後にナイトの仲間となった将が大半を占める今、過去の経験を活かした安楽武の迅速な差配は大きな効力をもたらす。
初めて見た大将の行動に動揺する全将兵を即座に沈静化させ、行動に移らせたのだ。
軍を指揮する将達は、この見事な用兵術に安楽武の実力が如何に優れているかを再認識した。
(この沛国では既に人材は登用され尽くした筈。その上で軍が管理する港に、殿が感じた程の逸材が現れたという事は……その者は敵であるに違いない)
そして当の安楽武も一つの懸念を抱き、得もいえぬ不安に駆られた為、主将達に続いてナイトの後を追った。
ナイト達が軍港の門を潜った時、内部は外に漏れ出ぬ程にしろ大きな混乱状態にあった。
「ナイト様、よき所に!」
数十名の沛国兵が出迎えに現れた。
元来の真面目者たる彼等全員が武器を手にして敬礼も忘れていることから、事態の深刻さが窺える。
「侵入者です! それも相当手練れの……魔力を扱える者です!」
「おぅ、その強敵は俺達に任せて、お前達は他の敵を相手してくれ」
「いえ、それが……敵は一人の幼子でして……」
「何っ⁉」
沛国兵の報告に並み居る将等が声を荒げた。
「今現在、ナイト様の旗艦にて戦闘中です!」
別の沛国兵が間髪いれずに報告すると、最早誰一人として理解ができなかった。
「待て、状況が読めん。……敵は子供でありながら魔力を扱い、単身で殿の直下兵が守る旗艦に攻め入って、今なお屈していないという事か?」
「はっ……はい!」
事態を確認する亜土雷の言葉と威圧に、沛国兵達は気圧されながらも大きく頷く。
「……にわかには信じられんが、とにかく向かおう」
ナイトは過去に類を見ない状況を前に若干の恐れを抱いた。
それは安楽武達も同じようで、彼等は無言の内にナイトの周囲を固め、万全を期して馬を走らせた。




