美しき最年少騎士隊長
如何にして重横の懐から善政資金を調達するかで盛り上がる最中、突如として匡支を除く他の隊長達が静まり返った。
匡支がその様子を不思議に思っていると、やがて厳かな足取りの歩行音が耳に入る。
(そうか、何者かの気配を察したから黙されたのだな)
武人ならではの鋭い知覚能力に感心する匡支。元が文官であった彼には真似できないことである。
「あっ……もしかして」
皆が一様に押し黙った事で歩行音がよく聞こえるようになり、それが二人分の音だと分かった時、モスクはある人物を特定して呟いた。
「やっぱり司福殿とダテ・イエン殿ね」
軍議の間に現れた少女と三十代の男性を笑顔で迎えるモスク。
鈍寧と馬延も表情を緩め、匡支は会釈をした。
「第六大隊々長、司福及び副長のダテ・イエン。軍議に遅れました事――」
「いいのいいの! 肉達磨ならさっき帰ったから!」
凛とした佇まいと一つに束ねた黒い長髪、切れ長の目が特徴的な少女隊長・司福が騎士然とした口調で謝罪するものの、モスクは重横への軽口と侮辱で制した。
普段から勝手が多い重横のこと。今日も変わらぬ悪態を示しただけであろうと解釈した司福は特に問いかける事もなく、言葉を途中で終わらせた。
「然し、司福殿が時間に遅れるとは珍しい事。今日はこれより大雨でも降るのであろうか」
「いいね馬延殿、そのついでに離宮に雷の一つでも落ちて欲しいってもんだ」
「いや、ここは金塊が落ちることを望む。金で死ぬのであればあの方も満足し、某らも資金の足しにする事ができる」
「えぇ~肉達磨を肉塊にした金を皆の足しにするのは……ちょっと嫌よ……」
「それはこの匡支にお任せください。曰く付きの金塊と分からぬように職人に加工させた後に、ビルド軍に献上して同盟を締結してみせます」
「お前達……意外と性格悪いな」
馬延の冗談に始まり、鈍寧、モスク、匡支の悪言に続く。
彼等の隠れた一面を見て、長老格のオルファイナスは呆れ半分、愉快半分の微妙な感情を抱いた。
だが、五人の隊長が顔を綻ばせる中に合って、司福の表情は硬いままであった。
彼女はオルファイナス達が嫌いという訳ではない。寧ろ自分のことを気遣い、多くを教えてくれる彼等を心から尊敬している。
では何が彼女の綺麗な顔を凍て付かせるのか。
それを語るには多少の時を要するものであった。
「少しふざけ過ぎたわね。司福殿、何かあったんでしょ。訊いていいかしら?」
司福の抱える問題を知り、彼女を一番気に掛けているモスクが話を戻す。
要らぬ発言権を得た司福は漸く隊長達に対して、ここへ来るまでに起きたことを報告するに至る。
「城下の巡察中に物盗りの一団と遭遇しました故、曲者どもの捕縛に時間を割かれた次第です。……大半の者を捕らえ、今は牢に収容しております」
彼女の表情には一切の変化がなく、淡々とした口ぶりは一見して無感情を思わせた。
然し、モスクだけは司福の暗然とした心情を感じ取り、その上で笑みを見せながら「お疲れ様」と「ありがとう」の二言を送る。
それが皮肉に該当しようとも、先ずは彼女を労うべきと判断したからだ。
当然、続く言葉で司福の心を癒す事も忘れない。
「司福殿、大丈夫よ。私の部下の数人が牢番勤務になっていて事情は説明してあるから、絶対に心配してる様なことは起こさせない! 私が保証する部下を信じて頂戴!」
司福の目をしっかりと見据えた状態で優しく、そして輝かしく語り掛けるモスクの姿は太陽そのものを連想させた。
司福も先輩隊長の明朗さに安心したのか、僅かではあるが眉の角度を緩めた。
十七歳という若さで隊長に任命させられた彼女には、モスクのような姉とも母とも思える存在がこの上ない支えとなっている事は間違いない。
因みにモスクも現在二十三歳と司福に次いで若く、司福が隊長に就任するまでは歴代最年少を記録していた。
「モスク様……ありがとうございます。このご恩は戦働きにて必ずや――」
「そんなに重く捉えなくで、肩の力を抜くの。貴女が焦っても事態が好転する訳じゃないんだから。ほら!」
両肩を揉みほぐされた司福は、こそばゆそうに頬を少しだけ緩める。
モスクの甲斐もあって、司福の心には若干の余裕が生じたようだった。
「……では、此方も報告致そうか。気を楽にした所に悪いかも知れぬが、残念な事にカイカン殿が戦死なされた」
司福の安らぎに水を差す役を買って出た馬延は、一呼吸置いたのちに今戦の報告を行う。
「……そうでしたか、カイカン様が。カイカン様にはもっと多くの事を学びたかっただけに……。……すみません、言葉が、見つかりません」
カイカンからは兵士への思い遣りの心と、他者への協調性の重要さを教わっていた。
一朝一夕には習得できない内容なだけに、彼から学び得るものはとても多く、そして大きかった。
司福は尊敬する師を失った感覚に近い悲哀を覚える。
「そしてカイカン殿の後任にはオネウス殿が就かれた」
司福の気持ちが落ち着かぬうちに馬延は続けた。
「……オネウスは半年前に重横様の側室となった女の兄の筈。……無礼を承知でお伺いしますが、彼は戦えるのですか? それ以前に人を切った試しはあるのでしょうか」
先の発言に意気衰えた司福だったが、次に出た人物の選出には一転して訝しむ様子を見せる。
彼女が言う通り、オネウスとは妹の美貌によって重役を任されただけの男。とても第一線に立てる人物ではなかった。
「軍事経験はおろか何も積んでおらんだろう。何せ半年前までは靴屋を営んでいた男だ。……自前の靴で逃げる事はできても、前に進むことは無理に違いない」
司福の問いに馬延は辛口で答えた。
彼女のように他の隊長達も、重横へ難色を示したかった筈だろう。
馬延の言葉には、そんな不満が充分に詰まっていた。
「国を治める力も無ければ人を視る目も無い。どっちかだけでもあれば助かるんだが……」
「ふふ、それを言ったらジオ・ゼアイ・ナイトはかなり優れた人物ってわけね。だって両方とも備えているんだから」
「そうだな。俺はあいつの父親が率いていた剣合国軍と戦った経験があるけど、全くの別もんだったぜ。悪い意味でな」
鈍寧とモスクはナイトについて語り始める。
馬延はそれに関しては興味が無いようで、匡支と今後の内政方針についての協議に移った。
「司福、ダテ・イエン殿。我は一時の謹慎処分となり、倅も負傷しておる為に、共に外へ出る事は叶わぬが、何かあれば我が宅邸に足を運んでくれ。可能な限り手を貸すぞ」
個人同士の話し合いとなったところで、オルファイナスは自らの状況を司福と彼女の副長を務めるダテ・イエンに伝える。
ここでも司福は理由を問わなかった。容易に想像がつくだけに、聞くだけ時間の無駄だと思えたからだ。
「ご配慮感謝いたします。オルファイナス様も私にお手伝いできる事がありましたら遠慮なく使いの者を送って下さい。必ずや期待に沿って見せます」
「心強い限りだ。礼を言うぞ」
オルファイナスは珍しく微笑んだ。
それは亡き盟友・司武の忘れ形見たる司福の成長を純粋に喜んだ為。
更に言うと彼女と会話する事で、若き頃の切磋琢磨した日々も自然と思い出され、ついつい過去を懐かしんでしまう。
司福はその頬笑みにも特に感じた様子はなかったが、司武の代から司家に仕えるダテ・イエンには、オルファイナスの気持ちを察することができた。
彼は早速オルファイナスに意見し、ナイトと似た趣旨の話をする。
「……僭越ながら、重横様の下らない指示に従う必要はないと存じます」
「……」
オルファイナスと司福は黙った。
絶対的忠誠心を誓う騎士然とした二人には、ダテ・イエンの言うことに賛同できないのだ。二人は逆に、堅物として知られる司武の下で叩き上げられたダテ・イエンが、よく反忠の精神を忘れないでいたなと感心する。
「重横様は剣を捧げるに値しません。あの方は贅を極め、口で人を殺させ合うしか能のない人。オルファイナス様が率先して重横様の従僕となれば、民も兵もこの世に生きる場所はありません」
「イエン殿、言葉が過ぎる」
「いえ、過ぎませぬ」
ダテ・イエンは上官である司福の制止を意にも介さず言葉を続けた。
普段の彼は二十近く年下の司福に対しても丁寧に接し、小娘と嘲ることも一切ない。
それは彼が司福の持つ天性の才能を充分に評価し、上官に値すると認めているからだ。
「現に、重横様の圧政に招かれた賊が司福殿を軍議に遅らせた。違いますか?」
「……」
「そして今度はオルファイナス様が素直に蟄居なされた場合、他国は兵を差し向けて参りましょう。出れぬ鬼に恐れなし……と」
「イエン殿!」
司福が声を荒げ、モスク達の視線が集まったところで漸くダテ・イエンは黙った。
彼の意見にオルファイナスは反論しなかった。その代わりに冷厳な態度を以て心の内の一部を皆に語る。
「我は今回の処置を利用して、今一度全てを考え直す。ただ、我は筋金入りの頑固者……結論は時を要すると思っていてほしい」
「……承知いたしました」
ダテ・イエンはそれ以上を口に出さず、モスク達も黙って頷くのみ。
今はオルファイナスに別の考えを浮かばせる事だけでも良しとする他なかった。




