重氏と律聖騎士団
ファライズ ラシアシン城
律聖騎士団が守る重氏の本拠地ラシアシン城では、オルファイナス、モスク、馬延が重横に謁見し、残る隊長の鈍寧と匡支を交えた軍議を開いていた。
玉座には肥満体の重横が傲然たる態度で君臨しているが、その姿と雰囲気はいつもと変わりなく、別段激しい怒りを抱いている節は感じられなかった。
聞くところには、敵前逃亡してラシアシン城に一番乗りを果たした馬順が、就寝中の重横を叩き起こして敗戦を報告した為に、オルファイナス達が受ける筈だったお叱り以上の罵詈雑言を彼が肩代わりする形となったとか。
もしそれが本当ならば、多少は胸がすく気持ちになれる。馬延以外の者に限るが。
「オルファイナス、此度の敗戦には失望したぞ」
肉しゃがれた声で叱責する重横。
誰がお前の期待など欲しいものかと言いたくなる所である。
「面目次第もございません。かくなる上は如何なる処罰も甘んじて受ける所存」
オルファイナスを筆頭に片膝をついて頭を垂れるモスクと馬延。
絶対的忠臣の鑑と言えるオルファイナスとは違い、二人は顔を床に向けている事を幸いとばかりに渋面を作った。
沛国との戦に大義はなく、その上で剣合国軍との戦いは不利であると進言したのに拘らず出兵を強要され、予期した結果に終わった今、彼女等の不満は内面に隠せられる程ではなかった。
「聞けば敗北の決定打となったのは沛国軍の攻撃らしいな。羊が如き奴等に打ち負かされるとは、訓練が足らんのではないか」
豚ちゃんが偉そうに何を言うのよ、とはモスクの心中談。
この男に戦の駆け引きや戦意の優劣を語った所で詮無きこと。
政戦共に騎士団任せで金の管理ばかりしている重横には、国営も戦争も金を成すための自善事業に過ぎないのだから。
ここで一つ、重横の才能について語る。
彼が人に誇れるもの、それはずばり金の死守精神が常人を逸している事だ。
自分の財布の中と捉えている国庫に於いては常に目を光らせ、必要支出以外の無駄金は頑なに出し渋り、政務報告は焼き捨てる一方で出納報告だけは何度も目を通すという徹底ぶり。それに加えて群臣や民衆には極端な倹約命令を敷いておきながら、彼本人の私生活は別物にあたり、豪遊無双、暴君上等な様を示す。
矛盾甚だしい限りの常人離れした財産管理能力、これは天性の才能と言って然るべきものに他ならない。
(本城から出た事すらないお前に、言える口があるのかって話よ)
人を貶すことは自分であろうが他人であろうが嫌いな行為と思っているモスクでさえ、重横の愚鈍さには呆れ尽くす。
先代当主・重円の代までの騎士団の存在理由は自衛そのものであり、剣合国の継承戦争にナイトが勝利し、彼の国と和睦した後もその形態は変わらなかった。
それを侵略軍に変えたのは、重円の徳政によって回復した国土から生産又は蓄積された富を重横が贅沢三昧に使い果たし、国と言い換えて自らの生活を維持できなくなった故。
言うなればオルファイナス達は、重横の絢爛豪華な暮らしを生み出し、保障する為の道具と言った存在だろう。
これに満足する者は居ないばかりか、逆に馬順のような重横に取り入る低劣騎士が増えている。
重円の英断により、二十歳に届かない若さの女の身でありながら隊長に任命され、二年後の彼の最期には民を想う様に遺言されたモスクには、これが堪らなく不愉快であった。
重円から受けた多大な恩義が無ければ、重横などとっくに見限っている程に。
「とは言え、お主達を処罰したところで儂に得があるとは思えぬ。よい、今回の事は大目に見てやる故、軍備を整え直して次の指示を待て」
気怠そうな仕草で戦後処理を終了させる重横。
その言動から分かる様に、彼は無益な事には一切の興味を持たない。
だが、総指揮を執ったオルファイナスには、ここで終わらせる訳にはいかなかった。
主の気に障る内容であると分かっていても、続けなければならない理由があるのだ。
「寛大なる御配慮、感謝いたします。その上で差し出がましいとは存じますが、殿の任を果たし、見事な戦死を遂げたカイカン殿を称えた国葬を――」
「ならぬ」
オルファイナスの眉が微かに寄る。
無関心な話題であることは重々承知。それでも敢えて続けるのは、重氏と騎士団の関係上極めて重要かつ伝統的な内容である為。
重横はそれを聞き終える前に、真っ向から切り捨てた。
「使えぬ奴に金をかける必要はない。カイカンの妻子には奴が戦死した事だけを告げ、俸給は停止させろ。それとは別に徴兵を行い、民衆の中から体躯の良い者を五千選出して訓練を課せるのだ。新兵五千とカイカン隊の残兵を結合させ、新第四大隊の隊長にはオネウスを任命する」
重横の中には今回の敗戦にめげない次の一手ができている模様。その姿勢自体は乱世を歩む国主として評価できる点ではある。
然し、伝統ある弔いを即刻拒否した精神、慈悲なき仕打ち、民忠を無視した政策には、流石のオルファイナスも不従順にならざるを得なかった。
彼は顔を上げて重横に面を向ける。
「御言葉を返すようですが、我等が命を擲ってまで貴方様をお守り申し上げるのは、貴方様が主であるからではござらん」
「では何だ。お主達も金の為にたたか――」
「我等が身命を賭して戦うは偏に、先代様たちの御恩に報いんが為。逆を言えば恩を返し終えたと感じるや、我らが貴方様を守る理由はござらぬ」
重横が言い終えるより先にオルファイナスは語る。諫言に似た誹謗を。
「オルファイナス、お主は今、自分が何を言っているのかが分か――」
「貴方様は先代様たちのような仁愛の情を持っておりませぬが、代わりに歴代当主を合算しても優に超える富をお持ちの筈。……我等からの変わらぬ忠誠を欲するならば、散財する他ございませんぞ」
怒りの色に満ちた重横に物怖じ一つ見せないオルファイナスの堂々ぶりは、騎士団の第一人者に相応しい姿であった。
「……カイカンの国葬を行い、遺族を優遇せよと申すか」
「賢察賜る」
オルファイナスは今まで幾度もの諫言をしてきたが、今日ほど激しい物言いは例がない。
他の隊長達はそれだけに胸がすく思いであったが、同時に良からぬ事態が頭を過った。
「下らん。手厚く弔ったところで死人が蘇るわけでも金になるわけでもなし。それよりも葬儀資金を今後の軍事費に当てた方がよっぽど有意義だ。抑々、儂が俸給を払っているのだから、お主等が儂に忠誠を誓うのは当然の事! 死んだ者の俸給を止めるのも然り、お主等は黙って儂に従えばよいのだ!」
所詮、重横にとって騎士団の将兵など替えの利く道具、消耗品に他ならない。
人の命を物と見て、将が死ねば代えの者を任命し、兵が減れば徴兵を繰り返すだけ。
国主でなくとも、人として悲しい考えの持ち主なのだ。
人の上に立つ者としてやり切れない想いを感じるべきところで、一切の感情も湧かせない重横は、本当に重円の血を継いだ息子なのかと疑いたくなる。
寧ろ、あの仁君の息子と意識しては重円が哀れ極まりない存在と思えてしまう程だった。




