沛国の老君
沛国・剣合国連合軍は二日間戦場に留まった後に陣を払い、一路恭紳城へと帰還した。
民衆は連合軍を歓声で迎え、国主・王洋西も城下まで出迎えに現れる。
「王洋西殿、久方振りです!」
軍の先頭を進んでいたナイトは、群臣と護衛を伴い笑顔で待っていた老人の前で下馬。
他の将兵もそれに倣って馬を降り、歩を止めた。
「ナイト殿、それに仲間衆の方々。この国の危機を救っていただき感謝いたす。……見ての通り腰弱となった為に、座したままでの非礼は容赦願いたい」
車椅子に乗った状態の老君は、真申し訳なさそうに頭を下げる。
半年前にナイトがあった際は、まだ自分の足で立って歩いていたというのに、月日とは実に無情な老いを感じさせた。
「気に病む事はござらん! 体老いたりとは言っても、心まで老いる必要はないのですぞ」
ナイトは悲しみを隠すように笑顔を作り、自らが尊敬するこの老君に励ましの言葉を掛ける。
諭された王洋西は、はにかんだ笑みを見せながらも我が子のように想っているナイトの気遣いを純粋に喜んだ。
「そうだな……うむ、そうだろう。東方の一栗放牛殿とて九十二歳で戦場に立つほどの盛んぶりを示すのだ。それに比べれば私はまだまだ現役であるな」
「如何にもその通り。我が軍最年長の方元なんて子供同然。俺は孫同然!」
腰に両手を当てて高らかに笑うナイト。
彼から見れば高齢武将が今なお戦場に出て活躍する東方地域はご長寿大陸に違いない。
「孫か……そう言えば、ナイツの君は元気であろうか?」
ナイトの発言から連想した王洋西は、我が孫同然に想っているナイツについて尋ねる。
「昨年初陣を飾ったというのに早くもその勇名は近隣諸国に鳴り響いておる。故にそちらの気力に関しては心配ないのだが……あの若さで戦場に立つことが、彼の心に闇を生んでいないかが気掛かりでな」
「人を愛でる才能」の持ち主、王洋西はよく分かっていた。彼の言うことは正に、ナイトが一番危惧している不安要素である。
「……」
核心を突かれたナイトは笑みを曇らせ、下手な返答ができなくなった。
この老君に嘘はつきたくない。然し言ってしまえば必ず気を病ませるであろう。
だが、ナイト以上に顔を合わせていないナイツを王洋西が想っているのは確かな事実。
できる事なら彼に、昨今の息子の様子を語りたいが、果たしてそれが良い結果を生むかどうか。
「王洋西様、往来の場なれば今はそれほどで」
僅かに押し黙ったナイトを見て、軍師安楽武が助け船を差し向ける。
「おお、おお。そうであったな。引き留めてすまぬ。宴の用意が出来ておるから城へ向かおう」
ナイトはそのまま一礼し、王洋西の一団に続く形で本城へと歩を進めた。
その際に安楽武はナイトへ今の件についての助言を行う。
「殿、王洋西様を想うならば若君の事を相談なさいませ。殿があの方を想う様に、王洋西様も若君の身を案じておられます。必ずや力になって下さるでしょう」
安楽武は顔色を見て人の内情を察する事は可能でも、その者の根本を変える事は不可能。
彼ができる事はあくまでサポートのみ。そして、肉親を含む他人の心までも揺り動かせられるのはナイトのみだ。
「分かった。王洋西殿に話してみよう。……すまんな軍師、本来ならばこれは俺と奥が解決すべきこと。お前にまで気を遣わせてしまっては……父親失格だな」
先程までの元気はどこへやら。ナイトはしょげて似合わぬ作り笑顔を見せていた。
それを面倒と感じないのが安楽武の良いところ。
彼は白羽扇を一扇ぎして涼やかな表情で胸の内を語る。
「何を仰るかと思えば。我々にとって若君は次代の君主なれば、彼を支える事に今も先も、父も臣下も関係のない事かと」
息子を次の主君と認めている安楽武の言葉に素直な喜びを感じるナイト。
だが安楽武の言うように、彼等からすればナイツは一人の君主となる。対するナイツも安楽武達を臣下と見る筈。
仲間色の強い今の剣合国軍が、ナイツに代替わりした際どうなるのか。ナイトは期待と憂慮を半分ずつ抱いた。
本城内に招かれたナイトは昼間から酒を飲む。……だけで今のところは終わっていた。
フォンガン以外の者が真面目であることと、他国の城内であることが彼の独壇場を抑えているのだ。
「惜しいかなバスナ、この場に居らず後で付き合わされる」
義士城に帰還した後が想像できた槍丁は、心の中でバスナを哀れんだという。
場が程々に賑わい、王洋西も顔を赤くさせた頃、ナイトは息子の話題を振る。
王洋西は穏やかな表情のまま聞き始めたが、ナイトの苦心とナイツの年頃故の精神不安を聞くと一唸りして笑みを消した。
然し、ナイトの予想に反して王洋西はそれほど気落ちした様子もなく、いつも以上の真摯さを以て相談に乗ってくれた。
「ふむ、思春期であれば実に難しい事。だが、それは同時にも今が一番傍に居てやらねばならない時とも思える。私に実子がない為、理解しきる事はできぬが、第三者として見るならばナイツの君は己に自信がなく、周りの将軍の偉大さに劣等感を抱いておろう」
王洋西は更に続け、皆が彼の言葉を一心に聞く。
「彼の傍に、彼を必要として良い意味で依存する者が居れば、ナイツの君は落ち着くのではないか」
「依存する者……か」
「うむ、支える者ではなく、ナイツの君の後ろをちょこちょこと付いて歩くような……そうよのう、下の子といった存在であろうか」
王洋西の言葉を反復して考え込むナイト。彼を含め全ての年長者たちの頭に、老君の言った考えは無かった。
思えばナイツの傍には彼を支える者しか配されておらず、その者ら一人一人がナイツの助け無しでも一角の働きを示す者ばかり。
皆が当然の如くナイツを必要とはするが、それは次期大将としてである。
「帰って早速子作りだな!」
「何故私を見るのですか?」
しなくてよい宣言をしたナイトに冷めた目付きで返す安楽武。酒の席とはいえ、もう少し品のある発言をしてくれといった雰囲気を放っていた。
「ナイツの君は優しく勇敢で、意志の強い子だ。戦場に立ち、動じる心が無ければそこは既に一人前であろう。だが己の存在に迷う様であれば、それはきっと守るものを見定めていないが故。……人は何かを守る為に存在すると聞く。皆がそうであるようにな」
王洋西はそこで話を締めた。
実子を持たない老君と、尊敬するに値しない父祖を持ったナイトの切実な話し合いであった。
そこから先は談笑交ざった普段通りの宴となる。
体力馬鹿のナイトとそれに付き合える将軍達は夜にさしあたるまで飲み続けた。




