敵と味方の心を縛るもの
一騎残ったオルファイナスと対したナイト。
何度も刃を交えた末に、二人は自然と腹を割って話せるほどの仲に至っていた。
「久方振りだな、オルファイナス。心配せずとも殺させはせん。これは以前の借りを返した上で、お前とゆっくり話したいだけだ」
「…………」
無言を貫くオルファイナスにナイトは続ける。
「なあ、もう充分だろう。お前は先代と先々代から受けた恩に武勇と忠節を持って応えた筈だ。これ以上意味のない暴戦を続けて何になる」
「……言いたい事は分かる。然し前にも言ったように、我はお前の仲間にはなれん。理由は――」
「鉄の誓いは一代目当主・重恵が稀代の名君であり、お前の祖サナトスの自己犠牲的忠義を制する為に用いた制度……いや交わりだ。よく考えろ、重横には他の当主の様な仁徳はない。その証に仁者として有名な息子の重戒は他国へ亡命している。この時点で重横に尽くすべき忠誠はないだろう」
「故に重横様を見限り、お前をファライズに迎えろと言うか」
「別に俺を主と仰げという訳ではない。重氏を絶やせという意味でもない。ただ民の命を悪君に握らせ、無駄な死人を出す事態こそ避けるべきだと思うぞ。例えばお前が率先して重横を追放し、重戒を国に招くとしよう。俺は全力でそれを支持する。当主を交代させるだけで民は安心し、俺達も兵を出す必要が無くなるからな」
「…………」
己の考えを包み隠さず語るナイトを前にして、オルファイナスは再び口を閉ざした。
ナイトの言うことは理に適い、彼の眼にも偽りを語る悪しき色は見られない。
仁君を二代に亘って見続けたオルファイナスにはそれが分かるのだ。
「お前が絶対の忠義者であることは皆が知り、お前自身が一族や騎士団の名に泥を塗ることを恐れているのも理解できる。だがな、今のままでは「国家の鬼」はいずれ悪逆島の鬼となるぞ。……それを忘れるな。お前が一時でも民を虐げる鬼となれば、俺は一切容赦せぬ」
未だ過去の主君の影を追い、鉄の枷に縛られているオルファイナスへの警告。
珍しく怒気含んだナイトの声は、自然的に発せられた威圧と共に沛国兵達の心臓を握りしめ、初めて感じた気迫にはカタイギさえも体を強張らせた。
有無を言わせぬナイトの言葉は、オルファイナスにとって良い薬でもあった。
重横を除けば彼はファライズにあって第一人者。立場もさる事ながら、その威厳に恐れて多くの者が真の諫言をしてくれない。
権力者は常に孤独とは言うが、偏にオルファイナスもその内の一人に当たる。
故に、互いに一目置く者同士、己の内面を味方以上に良く知るナイトの言葉が必要以上に響いたのだ。
オルファイナスは無言で頷いた。第三者から見れば、その姿がナイトに頭を下げたと思えるほどに深い頷きだった。
ナイトも黙って頷き返し、背を向けて味方の許へと戻ろうとするオルファイナスに助言を与える。
「オルファイナス! 俺の仲間になれないのであれば、お前を必要とし、お前も仕えるに値すると見た者が現れた時、お前はそいつを命懸けで守る騎士となれ! 古きを鎮守することも悪くはないが、お前には守るために進む方が似合っているぞ!」
その言葉を聞いたオルファイナスは馬の足を止め、ナイトへ振り返ると完全に一礼して見せた。
人を視る事に長けたナイトが言うならば、それは間違いなくオルファイナスの指標となる言葉だ。
「追撃せずとも宜しいのですか? 借りを返すといっても、今はまたとない好機の筈……」
オルファイナスの姿が見えなくなった頃にカタイギが進言する。
彼は恩義の何たるかを知り、その大切さを十二分に理解する人物だが、戦時中の今は私情を挟むことは慎むべきとも心得ている。
だからこそナイトの考えに従いきらず、追撃の指示を仰いだのだ。
「よい、戦は終わった。これ以上の流血は無用そのもの。それに周りを見てみろ、騎士団は甚大な被害を受けた。暫くは大人しくする他ないだろう」
ナイトは騎士団を討つべき敵とは見ていない。真に討つべきは重横の様な悪大将。
彼の考えに従ったカタイギは、部下達を消火活動にあたらせた。
騎士団が捨てていった莫大な物資は全てが灰燼に帰した訳ではなく、まだ半数近くが燃えずに残っている。これを戦利品として収集し、戦後処理などに利用する事で民や兵の意気を高めるのだ。
尤も、その仕事はオバインが全て受け持っており、カタイギはあくまで拾い集めるだけ。然し消火活動を疎かにして物資の多くが焼けたとなっては、オバインの小言がいつも以上に炸裂する。
「ナイト殿、それと今一つ言いたい事があります」
「おぅ、何だ?」
カタイギは黙したまま深々と頭を下げた。
無言の礼の意味を察したナイトは、カタイギの肩に手を置いて一言添える。
「無理に挑むことはない。お前が無ければ沛国に勝利はないのだから」
上国の大将としての貫録を無意識のうちにさらけ出すナイトは流石であった。
生まれ持った気品ではなく、血筋ゆえの驕りでもない。彼のみが持つ不思議な包容力が、その言動には感じられた。
そして、彼のみの雰囲気があるならば、彼独自のコミュニケーションだって当然のように存在する訳で、それは突然に起こる。
「それにしても間に合って良かった。ほれ、吉備団子ならあるんだが、如何せんこれだけでは力不足だからな」
戦袍の中から皿に乗った団子を取り出したナイトに、カタイギは面食らう。
然しながら、真面目で義理堅い彼はナイトの発言に対して必死に、そして紳士的に、そして必死に考えた。
カタイギは先ず、鬼相手に団子をどうするのか。抑々にして団子は仲間集めの為のアイテムの筈。それと先程、犬と碓と小槌と婆と言っていたが、犬と碓は仲間としては有りかもしれない。小槌もアイテムとしては何かしらの役には立つだろう。だが婆は何なのだ。戦闘に於いて婆は不要ではないのか。いや、ナイトが敢えて婆を加えた事からおそらくこの婆はただの婆ではない筈だ。少なくとも鬼婆か山姥の類であると推測できる。もしそうだとしたら大変な戦力として期待できるが、結局誰も居ないのであれば意味はなかった。それにしても団子はないだろう。あの状況で団子はない。鬼が酒好きなるぬ団子好きなら話は別だが。
……と思ったとさ。
そんなカタイギの心を読んだのか、ナイトは一つのアドバイスを与える。
「実はな……婆は一般的な善良な婆さんなんだ」
婆の正体が判明し、あまり期待のできる戦力ではないと、カタイギは肩を落とした。
「梅の月に繰り広げられた沛国攻防戦は、夜襲を敢行した沛国・剣合国連合軍の勝利に終わる。
律聖騎士団第四大隊々長のカイカンは殿を名乗り出て亜土兄弟の追撃から他の部隊を守るものの、剣合国軍主将・フォンガンに討ち取られた。
騎士団側の戦死者総数は一万八千に及び、その他四千余名が連合軍の捕虜となる。軍馬、武具、食糧等の軍需物資の被害は甚大であり、半数は諸々の理由によって消失。残った物は全て連合軍の戦利品として収奪されたが、その状況は放火や破損さえなければ夜逃げに等しい程であったという。
最後に連合軍の被害について、剣合国軍の戦死者は七千程、沛国軍は二千であった」




