奇襲第二波
騎士団の陣に火を放ったのは亜土雷に続いて北より現れたカタイギ率いる沛国兵二千五百の部隊であった。
彼等はカイカン、馬延の二隊が陣地南へ消えた頃合いを見計らって急襲を開始。
敵に三手目があるとは思わなかった騎士団の諸将は皆が陣外に出払っており、留守を任されていたのは馬延の息子の馬順と三千余の兵のみ。
馬順は将としての才覚に乏しく、金と権力にだらしのない俗物。当然ながら叩き上げのカタイギと渡り合える人物ではなく、沛国軍の襲撃を受けるとすぐさま数頭の名馬に護衛を伴って陣外へ脱出。
彼が残る兵達に与えた唯一の指示は「敵を押し返せ」の一言であったという。
将が不在の状況でどのように防げというのか、残された兵達が口々に罵ったことは想像に難くない。
真に余談ながら馬順唯一の才能と言えば、馬の目利きに長ける事。
野に埋もれていた駿馬達を一目で見抜き、自らが保有又は重横に献上した話は有名である。
それだけに彼の愛馬は、駿馬を飼っている列国の錝将軍でさえ羨む俊足を誇り、小物にありがちな逃げ足の速さを根拠付けていた。
きっと馬順はファライズのラシアシン城へ帰還した際、両手で左右後方の馬の手綱を引きながら「馬順一番乗り!」と言って格好つけたであろう。全く格好良くないし、勇ましくもないし、大手柄でもない。
そして指揮する者が居なくなった兵達は哀れにもカタイギ隊の猛襲を前に蹴散らされ、沛国兵達は鋭籍の虚報通り兵糧に火をつけた。
予期せぬ敵の急襲から始まり、指揮官の逃亡に続く混乱は燃え広がる炎と共に一気に悪化。それが原因として陣外で戦う隊長達への報告に、大きな遅れが生じてしまった。
「急げ、まずは守将と合流するぞ!」
千名程の兵を率いて帰陣したオルカレットは、指揮官が腰を据える本幕舎まで戻る。
「守将は誰だ。状況を説明してほしい」
幕舎に入り次第、開口一番に言い放つ。
然し、中には指揮官どころか幕僚の姿すらなく、慌ただしく逃げ出した痕跡のみが堂々と鎮守していた。
「何者かは知らんが……実に不甲斐ない!」
敵前逃亡した指揮官を馬順と知らずに貶す。
正に騎士団の面汚しであり、自ら殿として残った亜土雷の爪の垢を飲ましてやりたいと思うほどに彼は怒りの感情を抱いた。
だが、何時までも愚痴っている訳にはいかない。
オルカレットは幕舎を出ると個々で抵抗を続けている兵達の鎮静と戦力化にあたる。
「皆の者、よく聞け! 俺の兵は敵に挑み、守備兵は周囲の者と隊伍を組み直して塊を成せ! 今一時を耐えれば必ずや外の部隊が救援に駆け付けてくれる。今が堪え時だ!」
既に崩壊している状況でもオルカレットは諦めなかった。
持てる力を尽くし、何としても踏みとどまる姿勢を示すことで兵達を勇気付けようとする。
「無駄な抵抗だ! お前達に勝ち目はない!」
「何っ……」
そんな彼の想いをカタイギの声が阻んだ。
オバインから入れ知恵されていたカタイギは幕舎を囲うように兵を配置して、のこのこと舞い戻ったオルカレットを包囲に近い状況に追いやっていた。
四方八方から上がる喚声を耳にしたオルカレットは、自身が罠に嵌められたことを悟る。
「貴殿はカタイギ将軍か。ならば、その首を貰って流れを取り返すまで!」
長剣を構え直し、カタイギに向かって突撃するオルカレット。若さゆえに血気に逸る彼は再び術中に嵌ってしまう。
「撃て!」
カタイギによる短い号令が飛び、物陰に伏していた数十人の銃兵がオルカレット向けて一斉射撃を繰り出した。
「ぐぅっ⁉」
銃弾は馬体に四発、オルカレットの右肩、左腹部、右太腿に一発ずつ命中。
馬は甲高い悲鳴を上げて絶命し、オルカレットを地に落とす。その際にオルカレットは長剣を手放してしまい、丸腰と重傷の二重苦に陥った。
「本当なら俺とて武人らしい戦い方で討ち取りたい。だが、俺達には確実な勝利が必要だ。悪く思うな」
隊長を助けようとするオルファイナス兵には部下達を当たらせ、カタイギ本人は申し訳ない表情を浮かべてオルカレットに近寄る。
そして左手に持っていた槍を、地面に突っ伏した状態の若武者に突き出した。
「ガアアア‼」
だが、オルカレットの命運尽きようとしたその時、大熊の咆哮に似た怒号が陣内に響き渡った。
それはカタイギを含む全ての者の身を竦めさせてしまう程に、凄味の利いた一声であった。
「なんだ今のは!」
直感的にオルカレットを討ち取っては不味いと感じたカタイギは槍を手元に戻す。
戦闘自体が一時停止となった瞬間、先程までは気にならなかった馬蹄の轟きが盛大に聞こえるようになった。
「……まさか」
耳を凝らすカタイギ。馬蹄の鳴る方角にある、火達磨状態の幕舎群を睨みつける。
「ガアアア‼」
「鬼が来やがった!」
燃え盛る幕舎どもを木端微塵豪速球の如く吹き飛ばし、炎の渦に道を作って現れるオルファイナスとその部下達。
三十騎程度の少数ではあるが、全員の目が血走り、手には血塗れの武器が握られ、沛国兵達を文字通りひき逃げしていく。
更には恐怖又は炎による錯覚だろうが、オルファイナス達の兜を貫く角まで見える。
カタイギが率直すぎる発言をしたのも無理はなかった。
鬼の部隊はカタイギの心臓を捕捉し、一心不乱に突進する。
こんな奴等を相手にしてはカタイギであっても無傷では済まされない。
とは言っても部下達の手前である以上、ここで彼が下れば沛国軍の武を担う将軍としての存在に汚点が付き、以後の戦に大きな負の影響を残してしまう。
カタイギは意を決して朴刀のみに構え直すと、先頭を進む鬼の親玉に狙いを定めた。
「……ん、あれは?」
そこであることに気付く。鬼部隊から少し離れた奥の方に見知った顔があるのだ。
無精髭と無造作な総髪に、白の戦袍が特徴的な偉丈夫。ナイトその人であった。
「カタイギ殿、退け! 犬も碓も小槌も婆もいない状態で鬼退治は無理だ!」
鬼の咆哮に負けじと叫ぶナイトの声が、沛国軍の将兵には確かに聞こえた。
その内容は、もうテンパり過ぎて色々まざっちゃった感が否めないものの、要はオルファイナスと戦うなという事である。
一国の将として戦わずに道を開ける事は恥になるが、大恩あるナイトの気遣いに逆らって身を滅ぼすことも得策とは思えず、カタイギはオルカレットから距離をとり鬼共に道を譲った。
「オルカレット様、ご無事ですか!」
辛うじて致命傷を免れたオルカレットであるが、立ち上がる事さえ困難な状態に部下達の手を借りる必要があった。
オルファイナスは救助活動の最中、馬首を返して最後尾に回り、カタイギと合流したナイトに備える。
そして息子の無事を確認した彼は部下ともども平静を取り戻し、皆を先に退かせて自分は唯一騎で殿の役を受け持つ。
「ナイト殿、今なれば……」
相手は一人。先程の様な憤怒による力の爆発も見られない。
カタイギはナイトに耳打ちし、兵を連れぬ彼に代わって自らの兵をオルファイナスの周りに配した。今こそ討ち取る好機だと。
然し、堂々たるオルファイナスを見て満足そうな笑みを浮かべるナイトはカタイギ達を制する。
そして護衛もなしに鬼の前にゆっくりと駆け寄った。
「ナイト殿、俺も――」
臨戦態勢を整えるオルファイナスに対して剣すら抜いていないナイトの盾を申し出たカタイギだが、ナイトはそれすらも手で制して鬼の間合いに入った所で馬の足を止める。
オルファイナスはナイトに敵意がないことを知りつつも、二丁斧を収めなかった。
それは彼の周囲の沛国兵が睨みを利かせている事に関係なく、彼の用心深さの顕れであった。




